第3話 自称「先生」タイプを救いたい

 今日も適職診断で「吟遊詩人タイプ」と診断された愚か者たちが、安泰な未来を夢見てやってくる。


「吟遊詩人タイプ課はこちらですか」


 受付に現れたのは、身なりのいい若い少女だった。学校帰りなのか、重そうなショルダーバッグを提げている。

 眼鏡におさげ。真面目でおとなしそうな雰囲気がある。内向的な人間は「吟遊詩人タイプ」と診断されやすい傾向にあるが、彼女もまたその一人だろうか。


「ようこそお越しくださいました。私は就職支援ギルド吟遊詩人タイプ課のヴェロニカと申します。本日は就職活動のご相談ですか?」


「はい。ヴェロニカさん、今日はよろしくお願いします」


 やや声が小さいのが気になるが、受け答えもはっきりしているし行儀も良い。ようやくまともな求職者が来たかもしれない。

 

「では、お名前と年齢をお願いします」


「ドク・マギステル 、17歳です」


「ドクさんですね。少々お待ちを」


 私は魔法陣に彼女の情報を書き入れ、中から麻紙を取り出した。


【ドク・マギステル (17歳)

 王立女子家政育成校 家政科 在学

 SJT模試:750点

 適職診断:吟遊詩人タイプ】


 ふむふむ。悪くない。

 王立女子家政育成校は、国内の女学校の中でも最難関の部類に入る。「女性らしさの育成」を主眼に置いた厳しい教育方針は旧式すぎると批判されることもあるが、ただの花嫁修業学校とは異なり、生徒の教養も重視する。

 卒業生は王侯貴族のもとに嫁ぐ者からバリバリのキャリアウーマンになる者まで多岐にわたる。


 SJT模試の結果も悪くない。1000点満点で、平均が550点くらいなので、7割5分もあれば最大手を目指すのでもない限りは十分だ。


 私の勤める就職支援ギルドの吟遊詩人課には、吟遊詩人になりたい求職者が訪れることもあれば、適職診断で「吟遊詩人タイプ」と出たのでとりあえず来たという人もいる。彼女の場合は後者だろう。


「それではドクさん、希望職種をお伺いしてもよろしいですか」


「はい。あの、私、どうしても吟遊詩人になりたくて」


 私は頭を抱えた。前者だったか。

 なんだか非常にまずい予感がする。


「そうですか……その他に希望職種はございますか?」


「その他? 吟遊詩人以外は考えていません。両親には結婚しろとかせめて就職しろって言われたんですけど、どうしても吟遊詩人になりたくて、私、家を出てきたんです。勘当されたのでもう後戻りはできません。ヴェロニカさん、どうかよろしくお願いします」


 ドクが深く頭を下げた。

 かなりやっかいなタイプが来てしまった。ここは「吟遊詩人タイプ課」を謳ってはいるが、本当に吟遊詩人になれるのなんてごく一握り。食べて行けるのはその中でもさらにごく一握り。

 だが、たまに来るのだ。本当に吟遊詩人を夢見て来ちゃうタイプの求職者が。


「承知しました。他にもいくつかお伺いしたいことがあるのですが、詩や歌で受賞された経験などはありますか」


「はい、あります」


 おっ。これは意外だ。

 受賞歴があるなら話は別だ。吟遊詩人になるのも無謀な夢ではない。


 だが有名な詩のコンクールの多くは、吟遊詩人デビューを保証しているものが多い。なぜ彼女は受賞したときに、そのまま吟遊詩人にならなかったのだろう?


「10歳のときに小学生向けの全国青少年ポエムコンクールで入選しました」


「……はい?」


「あ、全国青少年ポエムコンクールっていうのは歴史あるコンクールで……」


 知っている。というか、私も小学生のとき出したことあるし。


 この国の小学校では情操教育の一環として、1年に1回以上国王賛美の詩を子供に書かせることが法律で定められている。

 あんな行事かったるくて私は毎年適当に書いていたが、どのクラスにも必ず一人か二人は、本気で取り組んでいる子がいた。普段はおとなしいのに、詩の授業ともなると目を血走らせながら何百回も推敲し、長大な作品を書き上げる子。あまり目立つようなタイプではないのに、そのときばかりは異様な存在感を放っていたのを覚えている。


 作品はすべて「青少年ポエムコンクール」に提出されて集計され、街や村の教育担当官などによって選別された後、最終的に国王陛下がみずから100作品ほどを優秀作品に選ぶ。入選したところでもらえるのは賞状の紙っぺら1枚だけだし、あまり頑張ってもうまみのないことだとは思うのだが、確かに毎年あのコンクールに命をかけている子は私の周囲にもいた。


 つまりは、ドクもそういうタイプだということだ。


「他のコンクールで受賞された経験は? デビュー保証の大手コンクールとか」


「そういうのはまだないですね。でも、小さいコンテストにはなるんですけど、ダークネス社さん主催の第2回ショートポエムアワードで一応最終選考に残ったことがあります」


 なんだそのコンテスト。聞いたことないぞ。


「……他には?」


「詩ではないんですが、私今の学校で合唱クラブに入っていまして、合唱コンクールで銀賞を取ったことがあるので声には自信があります。ほら、吟遊詩人って歌の能力も必要でしょう?」


 面倒くさい。非常に面倒くさいのが来た。


 毎年100人以上選ばれるガバガバ審査の全国青少年ポエムコンテストなど履歴書にも書けない。

 ダークネス社のショートポエムアワードとやらが何なのかは知らないが、最近乱立している小規模コンテストの類だろう。大手ギルドが知名度アップのためだけに開催している場合が多く、仮に大賞を取ったところで吟遊詩人デビューもできなければたいした名声も得られない。

 そもそも最終選考で落選なら、入賞すらしていないじゃないか。


「私、同級生の子たちからすごく期待されてて。『将来ドク先生が吟遊詩人になったときのためにサイン書いて』なんて言われたんです」


「もしかして、ドクさんの学校でのあだ名が『先生』なんですか?」


「そうなんです! まだ吟遊詩人にはなっていないので恥ずかしいですけど」


 いたいた、うちのクラスにも「先生」ってあだ名だった男の子。


 教師・医者・吟遊詩人などは「先生」という敬称で呼ばれるタイプの職業だが、人間は「先生」と呼ばれ続けるとどこかおかしくなる生き物らしい。

 昔、うちのクラスのちょっと詩の上手い男の子を、みんなで冗談半分で「先生」と呼んでいたら、彼は何を勘違いしたのか本当に吟遊詩人を目指して学校を自主退学し、その後思うように成功できずに失踪したと聞く。


「お別れ会でもみんなにサインを頼まれて、手がつかれるまでサインを書いたんです。ふふっ」


「ちょっと待ってください、ドクさん、お別れ会というのは」


「ああ、私今日学校を辞めたんです。だって実家から勘当されましたからね。学費が払えませんから」


 私は確信した。こいつ、自信はあるかもしれないが相当な愚者だ。


 過去の栄光にすがることも夢を追うのも否定はしないが、貴重な新卒カードを捨てて自らハードモードを選択するのはない。ありえない。


 「同級生の子たち」もきっとドクのことを冷ややかな目で見ていたはずだ。だが、本人はそれに気づきすらしない。そんな彼女をかわいそうに思って、お別れ会を開いてあげて、最後くらいはちやほやしてあげたのだろう。泣ける話だ。


 この求職者はもう手遅れだ。他に道はいくらでもあったはずだ。いいギルドに就職しながら、あるいは貴族と結婚した後にでも吟遊詩人は目指せたはずなのに、もう大手コンクールで大賞を取ってデビューする以外に道はない。背水の陣どころの話ではない。もう背後は崖っぷちだ。


 しかし、先入観を持って接するのはよくない。もしかしたらドクにも稀有な詩才があって、まだ世間に見つかっていないだけかもしれないじゃないか?


「ちなみになんですが、ドクさんの作品をどこかで拝見することは?」


「はい、念のため今日持ってきました。10万字あるんですけど――」


「あ、やっぱり結構です」


 ドクが不満そうな顔で分厚い紙束をショルダーバッグの中に押し戻した。

 冗談じゃない。そんな分量の詩なんて読めないし、仮に読んだとしても気の利いたコメントなんてできずに微妙な空気になるのが目に見えている。


「あのですね、少し厳しい話になってしまうかもしれませんが、吟遊詩人という仕事には誰だって就けるわけではありません。一部の吟遊詩人は確かに若いうちから活躍されていますが、たいていの方は長い下積み時代を乗り越えてデビューされています。あなたが吟遊詩人になるために、今一番必要なのはなにかわかりますか?」


「ええと、才能?」


「お金です。死者は詩を書くことも歌うこともできませんからね。お金を稼ぎながら詩の勉強をしなければなりません」


「就職するということですか?」


「残念ですが、家政育成校中退で正規で働けるところはありませんので、アルバイトをすることになると思います。住み込みの小間使いとか、路上清掃のお仕事とか、あとは病院で負傷冒険者の介護のお仕事をするとかですね」


 ドクはあからさまに顔をしかめてみせた。


「まさか、私そんな汚いお仕事できません。働くにしても、もっと詩の才能を活かしたお仕事がしたいです」


 「汚いお仕事」って言ったぞこいつ。私の母親も路上清掃員なんだが。

 育ちのいいドクからすれば、小間使いも清掃員も介護職も、底辺層のする汚れ仕事に見えるのだろう。


 ほんと、どれだけ頭の中がお花畑なんだ。


「そうですか。では、ご希望のお仕事を探すためにも、まずは『魔法水晶』にあなたの就活力を占ってもらいましょう」


 ワゴンから取り出した「魔法水晶」に手をかざすように促す。

 ドクが右手を置くと、水晶に閉じ込められた未来予知デーモンがちらりと私を見た。普段ならデーモンがさっさと判定を出すのだが、今回はなぜか予知を始めずに私の方を何か言いたげに見てくる。


(ほら、早くしなさい)


 急かすようにデーモンを睨むと、デーモンは諦めたように予知を始めた。

 ドクの右手にぼんやりと浮かび上がったのは、「F」の文字。


 ジーザス。

 Fなんて初めて見たぞ。


 魔法水晶は本人の「就職したい」という意欲に敏感だ。どれほどポテンシャルのある人間でも、就職意欲がなければ判定は低くなる。


 つまり、ドクは現状まったく働く気がないということだ。


「なんですか、これ」


 ドクは不思議そうに右手を見つめる。


「ああ、ただの占いなので忘れていただいて結構ですよ。ドクさん、あなたのどうしても吟遊詩人になりたいという思いは伝わりました。今の時点で、あなたが吟遊詩人になる道は2つです」


 私は言葉を選びながらゆっくり伝えた。


「1つ目の選択肢は、ご両親と学校に頭を下げて、退学を取り下げてもらうことです」


 ドクが眉をひそめた。


 さっき魔法陣から出てきた麻紙には「王立女子家政育成校 家政科 在学」と書いてあったので、まだ学校に退学届けは受理されていない。今ならまだなんとかなるかもしれない。


 「でも」と言いかけるドクを制して、私は言葉を続ける。


「おっしゃりたいことはよくわかります。ですが、家出や退学は将来を大きく狭めてしまいます。今なら謝ればまだ間に合うと思いますよ。それがどうしても嫌なら、2つ目の選択肢。先ほども申し上げたように、必死に働きながら日当をもらって吟遊詩人を目指すことです。仕事に追われて詩を書く余裕なんてないかもしれませんが、それでも時間を見つけてなんとかする。それしかありません」


 ドクは黙った。

 不満が表情にありありと表れている。


 不満を持たれたままでは提案を飲んではもらえない。うまく誘導しなければ。


「こう考えられてはいかがでしょう。吟遊詩人は人の心をつかむのがお仕事。社会のことを知らなければ、人の心も動かせない。ご両親に謝った経験も、社会経験も、創作のための踏み台だと思えばいい。どうですか?」


「踏み台……?」


「嫌なことも、苦しいことも、いつか詩を書くときに使えるのでプラスになる。そう考えて過ごすのです」


 ドクが目を丸くした。

 さらに私はドクの自尊心をくすぐってやる。


「あなたほどの才能があるならきっとできるでしょう。だって、全国青少年ポエムコンクールで入賞されたほどの実力がおありなのですから」


「私……」


 ドクは立ち上がった。完全に感極まっている。


「私、頑張ります! 絶対に吟遊詩人になります! だから、パパとママに謝りに行きます!」


「はい、頑張ってくださいね。また心配事があったらここにいらしてください。どのランク帯の方でも就職成功に導く、それが私たちキャリアエージェントの仕事ですから」



        ◇        ◇        ◇



 しかし、本当にめちゃくちゃな求職者だった。Fランクが出るなんて。一見しっかりしていそうに見えただけにがっかりだ。そもそも職を求めていないのに就職支援ギルドに来ないでほしい。


「ヴェロニカ、ちょっといいかな」


 ギルドマスターが吟遊詩人課に現れた。

 この人は神出鬼没だ。急に現れるとぎょっとするのでやめてほしい。


「マスター。ご用件はなんでしょうか」


「さっき帰ったドク・マギステルという求職者だが、フリーターを勧めたそうだね」


「はい。正確には、フリーターか親御さんの下に戻られるかの両方をお勧めしました。吟遊詩人を目指していらっしゃったので、最適な手段を――」


「私が言いたいのはそういうことじゃない。わかるだろう?」


 私は蛇に睨まれた蛙のように固まってしまった。

 ギルドマスターのにこやかな目が、私の顔を射抜いて離さない。


「……申し訳ありませんでした。次からは気をつけます」


 就職支援ギルドは登録ギルドから手数料をもらって求職者を紹介している。書類選考を通れば何ゴールド、内定が決まれば何ゴールドというように、紹介料が加算されていくしくみだ。

 つまり、求職者に登録ギルド以外の道を紹介したところで、就職支援ギルドは1ゴールドも潤わない。


「わかればいいんだ。君には期待しているからね、ヴェロニカ」


「はい……」


 私は唇を噛んだ。

 「どのランク帯の方でも就職成功に導く」のがキャリアエージェントの「仕事」であるならば、吟遊詩人志望者だろうがなんだろうが、登録ギルドに案内する。それがキャリアエージェントに背負わされた「責務」なのだ。

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