第2話 Fラン楽観主義タイプを救いたい

 ここは胡散臭いギルドマスターの経営する就職支援ギルド。

 私はギルドの「吟遊詩人タイプ課」課長、ヴェロニカだ。

 今日も適職診断で「吟遊詩人タイプ」と診断された愚か者たちが、安泰な未来を夢見てやってくる。


「おねーさん、俺吟遊詩人になりてえんだけど」


 やけにちゃらちゃらしたのが来たな。私はその背の高い求職者をちらりと見上げた。

 顔がずいぶんと整っていて、パンクな雰囲気の服装とじゃらじゃらした装飾は、この就職支援ギルドではかなり目立っている。目が合うと、彼は青い目をにこっと崩した。こいつ、女慣れしてやがる。


 テーブルに案内すると、「どーも」と言って求職者はどかっと椅子に腰かけた。


「それで、どうやったら吟遊詩人になれるんだ?」


「まずはお名前と年齢を教えてください」


 前のめりの求職者に私は言った。


「俺か? 名前はエフラン。年齢は19だ」


「エフランさんですね。姓はなしということでよろしいですか」


「おう」


 姓なし、ということは下級庶民か農民の出自だろう。

 魔法陣から麻紙を取り出すと、意外にも学校には通っているようだった。


【エフラン(20歳)

 私立F職業訓練校 人文学科 在学

 SJT模試:――

 適職診断:吟遊詩人タイプ】 


 F職か。私は心の中で渋い顔をした。

 私立F職業訓練校はいわゆるバカでも入れる高等教育機関で、入試も名前さえ書ければ合格すると聞く。


 それよりも気になるのは年齢の方だ。


「19歳とおっしゃいましたね。登録情報では20歳となっていますが、本当に19歳ですか?」


「あ! そうだった。先月で俺、ハタチになったんだったよ」


 私は確信した。こいつ、容姿はいいかもしれないが相当な愚者だ。


 もちろん、すべての私立F職業訓練校の学生が愚者なわけではない。中には自立していて向上心のある人間も多い。


 しかしこのエフランという男、彼にはまともな社会性があるかもあやしい。なれなれしい喋り方だが、敬語を使えないのだろうか?

 だいたい、自分の年齢を自信満々に数え間違えるなどありえない。


 出自が「姓なし」なのでちゃんとした教育を受けられなかった可能性もなくはない。だが、私立F職業訓練校は学費が高いことで有名だ。20歳まで学校に通えているということは、少なくとも貧乏人ではない。衣服や装飾品も割と高価なものに見える。


 そもそも、本物のパリピなら適職診断で「吟遊詩人タイプ」なんて出る筈がない。お調子者の人間であれば、普通は「道化師タイプ」とか「バーサーカータイプ」、もしくは「ギルド経営者タイプ」とかになるはずだ。


 吟遊詩人タイプになる条件は、コミュニケーションに自信がなく、自主性がなく、協調性もなく、内向的で、変にこだわりが強いこと。つまりは社会不適合者。このエフランという男も、ちゃらちゃらした衣装をはぎ取ればそういう人間だということだ。


「いやー、まさか俺が吟遊詩人に向いているなんてなあ。文学とか歌の才能がある選ばれし者ってことだろ? なあお姉さん、早く吟遊詩人になる方法を教えてくれよ」


 「エフランさん」と私は冷静な口調をこころがけながら言った。


「適職診断の結果はあくまで目安ですので、100%正しいとは言えないのです」


「そうなのか?」


「はい。ですので、今ここで少しいくつか質問をさせてください。面接の練習の一環としてご回答いただければと思います」


「質問か。女ってすぐ俺のことを知りたがるよなあ。いいぞ、俺の何を聞きたいんだ?」


 私がきっとエフランの目を睨みつけると、彼の青い瞳がうごめいた。少し動揺したようだ。


「では1問目。まず初めに、なぜ吟遊詩人を目指されているのか教えてください」


「えっ」


 エフランの眉間にしわが寄った。想定外の質問だったようだ。


「なんでそんなことを聞くんだ?」


「面接ですので敬語でお答えください」


「は、はい。あの、俺って吟遊詩人の才能があるじゃないですか。それに、吟遊詩人ってモテそうだし、だから目指しました」


 普通の面接なら、ここでツッコミを入れるだろう。「才能があるとおっしゃいましたが、具体的にどのようなご実績があるのですか?」とか。

 だが、まだだ。折るにはまだ早い。


「では2問目です。仲間と何かを成し遂げた経験を教えてください」


「仲間? うーん」


 エフランはちらちら私の方を見ながら黙り込んだ。

 20秒ほどの沈黙が流れる。


「答えにくい質問でしたね。別の質問に移りましょうか。3問目。あなたの長所を教えてください」


「長所、長所、ええっと……明るくて優しいくて元気があります」


「そうですか、質問は以上です。ありがとうございました」


 いよいよ化けの皮がはがれてきた。

 こいつはパリピなんかじゃない。派手な服に着られているだけのただの愚か者だ。


 1問目と3問目は王道の質問だった。

 だが、エフランの答えは小学生以下のレベル。まともな社会生活を送っていれば、多少ごまかしや嘘を交えてでもなんとか答えようとするものだ。


 2問目は、単純に友達がいるのか知りたかった。

 周囲に人がいれば、自然と何かに巻き込まれたり巻き込んだりすることが多い。「地元のパーティーメンバーと近所のダンジョンを攻略しました」とか、「仲間と協力してミノタウロスの丸焼きを作りました」とか、なんでも答えようがあったはずだ。

 エフランが2問目に回答できなかった理由はただひとつ。そもそも友達がいないのだ。


 パンクなファッションも、周囲の仲間に影響されたものではなく、協調性のない人間にありがちな「こだわりの強さ」から来るものなのだろう。顔がいいので女性にはモテているかもしれないが、恋愛目的で近づいてくる人間と交流したところでコミュニケーション能力は育たない。


「なあなあ、おねーさん、俺の面接どうだった?」


「いい線いっていましたね」


 私が嘘をつくと、エフランがほっとした表情を浮かべる。何度も言うが、愚者というのは感情がすぐ顔に出るものだ。

 

「ですが、吟遊詩人には少し向いていないかもしれませんね」


「そうなのか」


「2問目を回答できなかったでしょう。吟遊詩人は喋るお仕事ですから、無理にでも沈黙を避ける能力のある方に向いています」


 そうか、とエフランが肩を落とす。


「じゃあ俺には何が向いているんだ?」


「『魔法水晶』に占ってもらうのが早いかもしれません。手を出してください」


 私は「魔法水晶」を取り出して、エフランの前に置いた。

 エフランは神妙な顔をして水晶に手をかざした。


「そのまま魔力を流し込んでください」


「魔法なんて使えねえぞ」


「念じるだけでも大丈夫ですので」


 エフランは目を閉じた。長い金色のまつげが彼の白い頬を撫でた。顔だけはいいんだよな、こいつ。


 手の甲に「E」の文字が浮かび上がる。

 私が「もう結構ですよ」と言うと、エフランは目を開けて自分の手をまじまじと眺めた。


「このEってどういう意味だ?」


「Fの上ということですよ」


「そうか! 俺、今までずっとFランクって言われてきたんだよ。Eなら超進歩だな!」


 超進歩。冗談じゃない。Eが出るなんて、底辺もいいところだ。


 しかし、こんな人間にも長所がある。

 圧倒的なルックスの良さ。それになぜかポジティブだ。 


「どのランク帯の方でも就職成功に導く、それが私たちキャリアエージェントの仕事です。個人的な所感にはなりますが、エフランさんは営業のお仕事に向いていると思います」


「えーぎょー? えーぎょーってモテるのか?」


「ええ、モテモテですよ」


「そうか! なら、えーぎょーの仕事を俺に紹介してくれ!」


 顔の良さとは就職活動において案外重要な要素だったりする。つまりは第一印象だ。採用においても商談においても、顔のいい人間の方がそうでない人間より成功しやすいというデータすらある。

 顔とスタイルさえよければ、何を身にまとっていても様になる。ちゃんとした服装をして話し方さえ矯正すれば、皆ルックスに騙されて、多少面接したくらいでは彼が愚者だと見抜けなくなる。


 顔採用採用は批判されがちだが、彼らは何かを誤解している。

 ルックスの良さもまた、才能の一つなのだから。


 さらには、彼の前向きな性格もうまく利用したい。

 戦略としては、短期決戦だ。就職活動はその性質上、自信の欠点や短所が浮き彫りになる。長引けば長引くほど自信を失い、失速する可能性がある。

 今の勢いがあるうちに、なんとか内定をもぎとりたい。

 

「営業職のご紹介ですね。弊ギルドには1週間の超短期で内定を獲得できる派遣型営業職の求人がございますので、そちらへの応募をおすすめします。また、弊ギルドの有料マナー講座を受けていただくことで、さらに就職活動を有利に進めることが可能です。マナー講座は毎日開催されているので、今日早速受講されてはどうですか」


「ああ、受けてみるよ! おねーさん、ありがとな。おかげで助かったぜ」


「ええ、また何かあったらお気軽にいらしてください」


 私は笑顔を浮かべてエフランと握手した。



        ◇        ◇        ◇



 1週間後、求職者エフランがブラッド派遣から内定をもらったとの通知があった。

 ブラッド派遣とはダークネス社傘下の派遣ギルドだ。


 正直、エフランが本当に内定するとは思っていなかった。話し方の矯正やマナーの勉強など、本人の努力あってのことだろう。


 だが。

 エフランの試練はこれからだ。


 偶然採用選考でうまくいったとしても、働き始めたらすぐぼろが出るだろう。

 エフランは知らなかったのだろうが、ブラッド派遣は有名なブラックギルドだ。そもそも、1週間で採用内定を出すようなギルドにまともなところはほとんどないと言っていい。給与はおそろしく低く、激務の長時間労働が続く。ギルドはメンバーを都合のいい使い捨ての駒としか思っていないし、パワハラも横行していると聞く。3年目以内の離職率はほぼ100%に近い。もし私だったらそんなところになど就職したくない。


 仮にエフランが3年耐えたとしても、態度不良やギルドの業績悪化などの理由をつけてクビになる可能性だって大いにある。派遣は正規の労働者ではないので、クビを切るのはたやすい。


 だが、すべてはエフランの自業自得だ。彼は勉強や努力の積み重ねをしてこなかった。自主的に就職活動に取り組まず、他人に言われるがままに動くだけ。自分で就活先の噂を調べることすらしなかった。


 断言する。彼はいずれ社会の荒波にのまれて自信を失い、またこの就職支援ギルドに戻ってくることだろう。

 そのときまで、私はここで働いていられるだろうか。

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