「吟遊詩人タイプ」を救いたい

ぬるま湯労働組合

第1話 落ちこぼれ高学歴タイプを救いたい

 ここは王都のはずれにある就職支援ギルド。

 建物の北側、最も日当たりの悪い場所に、私の勤務する「吟遊詩人タイプ課」の窓口がある。

 今日も適職診断で「吟遊詩人タイプ」と診断された愚か者たちが、安泰な未来を夢見てやってくる。


「あの、すみません。吟遊詩人になりたいんですけど」


 ここに務めているだけで、1日に最低でも5回はこのように声をかけられる。ひきつる頬を強引に笑顔の形にゆがめて、私は男性求職者を窓口の奥のテーブルに案内した。

 ギルドのロゴがプリントされたマグカップを課の事務員が運んできた。


 私は求職者の正面に座り、努めて笑顔を保ちながら彼に話しかけた。


「初めまして、就職支援ギルドのヴェロニカと申します。お名前と年齢をどうぞ」


「ノーズ・スキエンティア、18歳です」


 ノーズと名乗った求職者は落ち着きなく指を動かしながらマグカップを触ったり離したりした。


 私は手早くテーブルにまじないを展開した。テーブルに現れた紫の魔法陣に求職者の名前と年齢を書き込むと、幾何学模様の中心から麻紙が1枚ぺらりと出てくる。

 麻紙には細かな筆記体でノーズの経歴が書かれていた。


【ノーズ・スキエンティア(18歳)

 王立K魔法学校 魔法史学科 在学

 SJT模試:――

 適職診断:吟遊詩人タイプ】


 王立K魔法学校。名門中の名門だ。

 政府の高官や有名な冒険者パーティーの魔導士、大賢者に名医まで、立派な肩書を持つ人間を多数輩出している学校。


 しかし、「魔法史学科」というのが少し引っかかる。魔法史学科は王立K魔法学校の中でも比較的入りやすい学科だ。魔法史学科の出身者は、歴史学者や教師になる人が大半で、卒業後はキャリアのために師範学校などへ入り直す場合が多いので就職支援ギルドへ流れつく者はあまりいない。

 それに、高学歴にしては表情が幼い気もするが……。


 ちらりとノーズの顔を見ると、彼は私のまじないを見て目を丸くしていた。無詠唱で魔法陣を出したことに驚いているようだ。


「ノーズさん、なぜ吟遊詩人になりたいのか理由をお伺いしてもいいですか?」


 私が尋ねると、ノーズが緊張したように首を縮こめた。

 彼の貧乏ゆすりでテーブルが小刻みに振動する。


「は、はい、えっと、ええっと」


「面接ではなくただの質問なので気軽にお答えいただいて大丈夫ですよ」


 どもるノーズにリラックスするように促すと、彼は琥珀色の瞳を左右にきょろきょろさせながら早口で答えた。


「えっと、魔法学校の同期がどんどん就職を決めていくのでちょっと焦ってて、自分も一応魔法省とか大手魔法財団の選考受けてみたんですけど書類で落ちて、そんなときこちらのギルドの適職診断を見つけて受けてみたら吟遊詩人タイプって出て、やっぱり僕、組織とかよりも吟遊詩人に向いてるのかなと思って……」


「なるほど。詩を作られた経験などはありますか?」


「あ、小学校の卒業文集で書きました」


「では詩で受賞された経験などはないのですね」


「あ、コンクールとかは出したことないですね」


 このギルドに来たばかりの頃の私なら、なんだこの求職者、と頭を抱えていたことだろう。しかし、私はここ「就職支援ギルド 吟遊詩人タイプ課」の課長だ。こういう事例には慣れている。


「あの、ヴェロニカさん」


 ノーズが上目遣いで私を見上げた。


「指定校推薦って不利になりますか?」


「は?」


「僕、K魔法学校に指定校推薦で入ったんです。実技入試よりも指定校は就職に不利になるって噂を聞いたんですけど、本当ですか」


 私は確信した。こいつ、頭はいいかもしれないが相当な愚者だ。

 学歴にあぐらをかいてろくに勉強してこなかったタイプ。先ほどは私の魔法陣を見て驚いていたし、魔法の訓練すらまともにしていないと見た。


 そもそも、こいつは「仕事」や「就職」というものが何なのかまるでわかっていない。ちょっと調べたらわかるようなことすら理解していない。


「就職先にもよりますがあなた程度のランクならほとんど関係ないですね」


「はい?」


「おっと失礼しました。あのですねノーズさん、確かに世の中には指定校推薦を批判しているギルドもごくごくわずかには存在しますが、基本的に最終学歴の入試形態で選考が左右されることはまずありません。そもそも、吟遊詩人は個人事業主が多いのであまり関係はないかと」


 ノーズは眉根を寄せた。おそらく、「いままで自分がうまくいかなかったのは指定校だからだ」と言い訳して生きてきたのだろう。不平不満が顔に出るタイプ。社会生活には向いていない。


「でも、吟遊詩人にもギルド所属の人がいると聞きました。僕はそれを希望しているんですけど」


「吟遊詩人秘書官のことですね。こちらの職に就くには基本的に『秘書検定2級以上・詩のコンクール受賞歴・職歴3年以上』が求められる場合が多いので、新卒ですとまず無理ですね。それに、今年の吟遊詩人秘書官の選考はどのギルドも先月で終了しています」


 そもそも吟遊詩人秘書官には高いマネジメント力や社会性、詩才などが必要だ。適職診断で「吟遊詩人タイプ」などと出るような社会不適合者にまず務まるような職ではないが、ノーズには黙っておく。


「じゃあ、とりあえず吟遊詩人以外の仕事にします」


「それをおすすめします。ところでノーズさん、SJTの欄が空欄になっていましたが、弊社のSJT模試は受験されましたか?」


 SJT(総合適性ジョブ検査)。

 「まじない・歴史・読み書き・算数・性格」の五項目から職業適性を診断する筆記テストで、グローバルギルドなら「外国語」の項目が追加されることもある。

 大手ギルドや官庁の選考では基本的に、履歴書や面接のほかにこのSJTを課す場合が多い。


 求職者は1回10ゴールドでSJTの模試を受験することができる。


「あ、受験しようとは思ったんですけど」


「けど?」


「なんか最初に魔法の問題とか数学の問題とかが出てきて、途中で面倒になったのでやめちゃいました」


 私は顔に手を当てた。

 ノーズは「魔法」「数学」と言っていたが、SJTの問題は中等教育レベルの「まじない」や「算数」だ。Fランク学校の生徒ならともかく、仮にも王立K魔法学校の一般的な学生が手こずるような類のものではない。


 つまり、このノーズという男は「一般的な学生」ではないということだ。

 落ちこぼれ。本人は自覚していないようだが、こいつは立派な落ちこぼれ学生だ。


「あの、僕、またなんかやっちゃいました?」


「いえ……。それでは、『魔法水晶』にあなたの就活力を占ってもらいましょう。ご自身が求職者の中でどのくらいの位置にいるのか知っておくのは重要ですからね」


 私はワゴンの引き出しから「魔法水晶」を取り出した。水晶と呼んではいるが、大きめの石英の塊の中に小さな未来予知デーモンを閉じ込めただけの代物だ。精度はそこそこ。


「水晶に手をかざしてください」


「は、はい」


「それでは、魔力を込めて」


 ノーズの右手から水晶に魔力が流れ込んでいく。魔法学校の学生なだけあって、魔力量は人並み以上にあるらしい。

 

 ノーズの手の甲に紫の文字が浮かび上がった。

 【D】


「これは?」


「ノーズさんの就活力です。Dと判定されたようですね」


「ええと、それはZまである中のDですか?」


「いえ、上限がAで下限がFになります。ノーズさんは下から三番目ですね」


 ノーズは再び顔をしかめた。

 曲がりなりにも高学歴。今まで「天才」だの「賢い」だの言われてちやほやされてきたことだろう。いきなり「D」と言われて叩きのめされる気持ちもわかる。


 私の目から見れば、Dでも上振れしたくらいだ。学校名なども加味してのD判定なのだろう。


 ノーズの手から紫の線が消えていく。

 「ノーズさん」と私は両手を組んで彼の顔を見た。


「あなたの就活力はお世辞にも高いとは言えません。しかし……」


 しかし、こんな人間にも長所がある。

 圧倒的学歴。それから、もともとの地頭や魔力量などのポテンシャルもまあまあ高い。


「どのランク帯の方でも就職成功に導く、それが私たちキャリアエージェントの仕事です」


 ノーズははっとした顔をして私を見つめ返した。


「学歴フィルターは存在します」


 私は言葉を選びながらそう告げた。実際は一部を除いて学校名が考慮されることなどほとんどないのだが、高学歴にそう言うとやる気を出してもらいやすい。


「つまり、書類選考で落ちることはまずないんです。『とりあえず高学歴だから面接してみよう』となるからですね。それでも、あなたが書類で落ちているのはちゃんと書類を書けていない証拠です。逆に言えば、書類さえ書ければ簡単に面接まで行けるのです」


 この求職者に足りないのは知識とやる気だ。欠点を補わせるには、自尊心をくすぐってやればいい。


「ノーズさん、あなたは非常に頭がいい。学習速度は人一倍早いはずです。まずは弊ギルドの『中級者向け! 就活書類の書き方ガイド』という本を購入してください」


 ノーズのレベルなら初心者向けの書籍の方が適しているが、あえて中級者向けを推す。こういう変に学歴があってプライドの高い人間に初心者向けのものを薦めても買うのに抵抗感を持たれやすいからだ。


「そして、本の内容通りにまずは書類を書いてみてください。そして、弊ギルドの求人に応募してみてください。きっと書類選考を通過できるでしょう」


「ヴェロニカさん!」


 ノーズは立ち上がって目を輝かせながら私の手を取った。


「僕、なんだかやれる気がしてきました! 本も買ってみます。ありがとうございました!」



        ◇        ◇        ◇



 5日後。部下を全員帰宅させて私も帰り支度をしていると、ギルドマスターがにこやかな笑みを浮かべながら声をかけてきた。


「ヴェロニカ課長」


「マスター、お疲れ様です」


「ああ、お疲れ。君の担当していたノーズ・スキエンティアという求職者だが、無事ダークネス社の書類選考を通過したようだ」


 そうですか、と答えて私は目を逸らした。


 ノーズの場合、書類はなんとかなった。しかし、今度は面接でつまずくだろう。もし仮にまぐれで入社できたとしても、ああいう人間はすぐに立ち行かなくなって、またこの就職支援ギルドに戻ってくる。


 しかし、それでいいのだ。

 求職者が多ければ多いほど、ギルドは潤うのだから。


 「これからもよろしく頼むよ」と私の肩を軽く叩いて、ギルドマスターは立ち去った。

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