第6話 驚キュべき魔術士 と 三角魔竜マニケラトプス

夜明けが近い。


長い夜の逃亡劇。最後に立ちはだかる、皿洗いの男・マニタ。


「ブッコローさんを行かせるわけにはいきません。どうか我々に協力して下さい」


相変わらず素っ頓狂な声だが、有無を言わせない圧を感じる。


「嫌だと言ったら?」


だって牢とか鞭とか物騒なこと言ってたもん、あの女の人。


「力づくでも、村に残ってもらいます」


「オッサンに、このイケメン魔術師を止められるのかよ」


「魔術師は、ブッコローさんだけじゃないんですよ――」


マニタの身体が、突然奇妙にうねり出し、ボコボコと膨らんでいく。衣服を破り、身体は瞬く間に象のサイズに。四つん這いになり、こちらに巨大な三本の角を突き出すその姿は、まるで古代の竜、トリケラトプス――。


「食えねえオッサンだぜ……」


ただし、顔はラクガキのようにマヌケだ。マヌケラトプス。否、マニタだからマニケラトプスだ。イケメン魔術師はオレだけだ。


雄叫びと地響きとともにマニケラトプスが突進してくる。


それを紙一重で交わすと、マニタは大木に突っ込み、そのまま5、6本なぎ倒してようやく止まった。


――あれ? 殺す気で来てない?


血の気が引いたところに再び、古代竜の殺人タックル。神回避。


「あっっっぶねぇ!」


三本の角にえぐられ、バキャボキュベキボキ!と紙くずのように千切れていく木々。


死ぬ死ぬ! 殺らなきゃ、殺られる!


――チクショウ、やってやんよ! 悪く思うなよオッサン!


三度こちらに突進してくるマニケラトプスに対峙して、オレは腰を落として拳を構えた。


迫りくる暴走特急マニタ。


やつの角が届くよりも早く――、全力の――、


――穿孔魔拳〈クラフトパンチ〉を叩き込むッ!


その時、オレの脳裏に浮かんだのは、黙々と皿洗いをするマニタの背中。


オレを助けて、介抱してくれた、愚直な男の――。


――チィッ! オレもお人好しだぜッ!!!


ダメージを最小限に抑えつつ――、脳を揺らして失神させる魔術――、イメージはそう――、昭和のバラエティで見た――、岡持ち――。


「くらえ! マニタぁああああああああああああ!!」


――特注特大!鉄匣魔撲〈オカモッティ〉ーーー!!!


それは魔術で生成した巨大なアルミニウム板の空箱。


グワァシャーン!と、それを全力で脳天に叩き込むと、マニタはふらふらと膝をつき、みるみるうちに人間に戻ってその場に倒れた。


マニタに息があることを確認して、オレは立ち上がる。


分かっている。こいつらには、多分、オレが――、イケメン魔術師が必要なんだ――。


でもオレは――、もとの世界に帰りたい。早く帰らないと、異世界に迷い込んだことさえも、今にも忘れてしまいそうだから――。


「……世話になったな。オッサン」


裸で寝息をたてるマニタを背にして、オレは歩き出し、ついに、夜の森を抜けた。


そこでオレの目に飛び込んできたのは、美しい朝焼けと、見覚えのあるシロツメクサの丘。


そして、薄汚れたドレスの、美しい少女だった。

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