第4話 修道女マサヨ と 封印魔蝋シーリングワックス

不穏な雲が月を覆い、夜の帳をより濃く染めていく。


闇深き森を走るイケメンことオレは、何かに足をとられ転倒した。


――いったぁ~~~いッ!!


振り返ってもひと目では分からない。手探りでようやくつかんだソレは、木炭で黒く塗られた荒縄だった。木陰に潜むようにピンと張られた、手のこんだ引っ掛け罠だ。


森はどんどん深くなる。これが、この先いたるところに仕掛けられているのだとしたら、明かりもなしに走り抜けるのは難しい。


だが、今のオレには突破できる気がする。


――ふうん、伝説の魔術師の証ってことなのかしら。


やつらの会話。オレのことを、伝説のイケメン魔術師だと話していた。


それが本当なら、こんな状況楽勝なはずだ。


少しずつコツをつかんで、分かってきたこともある。


今必要な力、それを具現化するためのスペル、キーワードが、元の世界の記憶に潜んでいる。


そこから取り出した記憶のカケラを――、硝子のプリズムと通して魔力の光に変換し――、指先から放出するイメージ――。


――蓄光魔燐〈チッコウパウダー〉!!


輝く燐粉が、蝶のように舞い、全てのトラップに燐光のマーキングを施していく。


夜の森に浮かぶ、見渡す限りの無数の光の直線。全ての引っ掛け縄があらわになった。


――これは天才イケメン魔術師!!


オレは意気揚々と、淡く光る荒縄を飛び越えた。そして――、


落とし穴に落ちた。


――いででででで!! は? は!?


縄を飛び越えることを想定して、着地ポイントに落とし穴の二重トラップ。


眼の前が真っ白になったが、何とかその落とし穴から這い出す。


「いい落ちっぷりだねぇ。ワクワクするよ」


荒縄をくぐりながら、歩いてくる人影。左手のランプが照らす姿は、どうやら修道女〈シスター〉である。しかし、その右手に握っているのはロザリオではなく、漆黒の投げ縄だった。


「私はシスター・マサヨ。よろしくね、魔術師さん」


ヒュッとそのひと振りで、投げ縄が空を切り、寸分の狂いもなく正確に、こちらに飛んでくる。


――危ねえ! 捕まる!!


飛び退き、身をよじり、迫りくる縄を、避けて、避けて、避けて、避ける。


「いい逃げっぷりだねぇ! ワクワクするねぇ!!」


「やめろテメエ! こっちはヒヤヒヤしてんだよ!!」


おかしい。この暗闇で、シスターはオレの位置を正確に把握している。


そして、オレは自分の身体が淡く発光していることに気づいた。


――なんじゃこりゃあ!?


蓄光魔燐〈チッコウパウダー〉が自分の身体にも付着したのか? 否――、さては、あのシスター、さっきの落とし穴に蛍光塗料しかけてやがったな!!


「見える! 見える! 丸見えだよ、ブッコロー!」


絶え間なく正確に飛んでくる投げ縄。とても逃げられない。守りに入ってもジリ貧だ。


こちらも攻めるしかない。まずはシスターの足を止める!


集中して――、足に絡みつき、固まり、獲物を封印する粘体のイメージ――。生き物のように、自由自在に――。


――封印魔蝋〈シーリングワックス〉!!


ドロドロに溶けた魔法の蝋が大蛇のように地平を走り、シスターの足に絡みつき、ガチガチに固まる。


「チィ! やるじゃないか!」


身動きがとれなくなったシスターを置き去りに、張られた荒縄をくぐり、落とし穴を避けて、森の更に奥に逃げる。


シスターはランプを持っていた。ランプの熱で蝋を溶かし、またすぐに追ってくるだろう。


しかし、この罠もどこまでも続いてはいないはず。現に、徐々に、包囲網に隙間ができ始めている。もうすぐシスターのテリトリーを抜けられるはずだ。


罠の隙間を通り、安全なルートを見極め、森の最深部へ。


そして、オレは気づいた。


オレは、逃げていたのではなく、追い詰められていたのだ。


そこは荒縄で作られた鳥籠。人が通れないほど小さく編み込まれた黒縄の檻。


罠の隙間は、ワザと開けられていた。オレは巧みに誘導されて、袋小路に自ら飛び込んでしまったのだ。


――穿孔魔拳〈クラフトパーンチ〉!!!


渾身の魔力の鉄拳は、荒縄の網目を通って夜の彼方に消えていく。柔よく剛を制す。この鳥籠は、穿孔魔拳〈クラフトパンチ〉と相性が悪い。


唯一の出口、後方からはシスターが迫っている。


「ワクワクしてきたかい、ブッコロー? もっとシスターと遊んでおくれよ」


チックショー……。やるしかねえなら、やってやるよおおお!!


オレは頭の中で手札を確認する。


今使える魔術は4つ。清拭魔術〈キムワイプ〉、穿孔魔拳〈クラフトパンチ〉、蓄光魔燐〈チッコウパウダー〉、封印魔蝋〈シーリングワックス〉。


清拭魔術〈キムワイプ〉は役に立たねえし、穿孔魔拳〈クラフトパンチ〉はさすがに人に向けるわけにはいかない。


しかし、そこは稀代のイケメン魔術師。天才的な発想を閃く――。


――右手から、蓄光魔燐〈チッコウパウダー〉。


――左手から、封印魔蝋〈シーリングワックス〉。


これはきっと、伝説のイケメンにしかできない高等魔術――。


両手をバチン!と勢いよく合わせ――、ふたつの魔術をぶつけて、こねる――。


――合成魔術、蓄光魔蝋〈チッコウワーックス〉!!


とっておきの新魔術で、準備は整った。


さあ、来やがれ! ブッコローとシスターのワクワクトラップ対決だッ!!

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