第3話 黒革のイク と 穿孔魔拳クラフトパンチ

女の革靴。そのかかとが、オレの太ももにめり込んでいる。


後ろ手に正座させられたオレを見下ろす、黒革づくめの女。


周囲の壁には薄汚れた屈強な男たちが立ち並び、オレとこの女を包囲していた。


村外れの、今は使われていない家畜小屋である。


この女がリーダーだろうか。 いかにも「村を裏で牛耳ってます」っていう高飛車顔だ。


「で、あなた。何者なの?」


「元ミミズクのイケボです」


かかとがぐりぐりと太ももに沈む。


「ああ〜! ほんとなんですってばぁ〜〜!!!」


本当にそれしか分からないのにぃ!


「その頬の痣は何?」


「アザ? 痣って?」


首を傾げる私の顔前に、女は手鏡を突き出す。


「えっ――、何これ……」


この時、オレは人間になった自分の顔を初めて見た。


「めっっっちゃイケメンじゃんッ!!!」


かかとぐりぐり。


「ああ〜〜っ、やめてぇ〜〜!!!」


「その痣は、魔術の発動と共に現れましたよ」


一歩下がって暗がりに潜んでいたマニタが口を挟む。


「ふうん、伝説の魔術師の証ってことなのかしら」


こいつらが話しているのは、オレの右頬にあった奇妙な図形のことだろう。


3つの小さな逆三角形が集まって、ひとつの大きな逆三角形を形作っている。妙に懐かしさを感じる図形だが、よく思い出せない。気のせいかもしれない。


そんなことよりも、オレは今、すっっっごいイケメンなのだ。こっちの方が重要だろう。今なら確実に合コンで勝てる。


「とにかく素性と目的がわかるまで――」


――合コンしたい。


「自由にするわけにはいかないわね――」


――合コン行きたい。


「念のため魔術が使えないように――」


――合コン合コン合コン合コン合コン合コン合コン。


「手錠をかけて牢へ――」


――もたもたしてたら、合コンが何なのかも忘れちゃううううう!!!


「もし抵抗するようなら鞭で――」


――出よう。そして、元の世界に帰って、合コンしようッ!


「イクさん! 離れて!」


マニタが叫ぶ。だが遅い!


――清拭魔術〈キムワーイプ〉!!!


周囲の男たちが身構えるより早く、オレの両手から飛び出した光の波が、全方位に襲いかかる。恐怖に顔を歪ませ、情けない叫び声をあげる男たち。そして――、


男たちの身体が、風呂上がりのようにツヤツヤピカピカになった。


――クッッソの役にも立たねえな!!!


「彼はまだその魔術しか使えません! 捕まえて!」


見透かしたようにマニタが指揮をとる。


「そう思ったのがテメーらの敗因だ!!!」


――この、まさに八方塞がりの状況に、風穴をぶち開けるッ!


そんなオレの望みが、新たな記憶のカケラを呼び起こし、拳に莫大な魔力を装填した。


――穿孔魔拳〈クラフトパンチ〉!!!


それは、すべて穿つ魔術の弩。


背後の壁に、ズバコーーーーンッ!!!と特大級の穴を開け、オレは夜の森へと駆け出した。


「バーカ! マニタバーカ! 黒革女バーカ! 二度と来るかこんな弱小集落!!!」


最大限の侮蔑を言葉と表情筋で伝え、森の奥、さらに奥深くへ。


「追わなくていい! 森の中はシスターに任せろ!」


マニタの負け惜しみが、月夜に響いた。


ざまあみろ。合コンのためなら、オレは何だってやってやるぞ。


……あれ? ゴウコンって何だっけ?

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