第8話 大阪最後の夜と追憶

仕事最終日は送別会があり、帰宅したのは翌日、つまり木曜日の朝6時だった。午後6時に開始して、2次会、3次会と続き、気がつけば夜明けを迎えて車で送ってもらった。すでに1次会で酔いつぶれたので、ほとんど記憶がないが、もしかしたら下ネタを連発したかもしれない・・・


二日酔いの重い頭では何もできないので、その日はゴロゴロしていた。引っ越しは日曜日なので、それまでの金曜、土曜は京都や和歌山の世界遺産を見て回った。もともと歴史が好きで、関西に住んだ記念になるだろう。


そして日曜日がやってきた。引っ越し業者が来る前に衣類をダンボールに詰め込み、家電をプチプチの緩衝材でくるんで準備万端だ。


荷物はほとんどないので、荷物の積み込みはすぐに終わり、明日の朝10時に東京の新居で荷降ろしということになった。

 

衣類を整頓していたとき、鉛筆の拙い字で「ベス」と書かれたアルバムが出てきた。それは、幼稚園入園から小学校の卒業時頃まで飼っていた、愛犬ベスのアルバムだった。


ベスはベージュのミックス犬で、とても人懐っこく愛嬌があった。小学校低学年の頃は学校が終わると、近所の公園に散歩に行くのが日課だった。ベスと公園を一緒に走るのが楽しみで、Kは自分の足が速いのはベスのおかげだと思っている。


高学年になると、塾で忙しくなってあまり散歩に行けなかったのが心残りだった。小学生の頃は何事にも誠実に一生懸命に取り組んでいたが、ベスが今の自分を見たらどう思うだろうか。


正直、ベスに合わせる顔がない。新生活ではベスに恥じないよう毎日を一途に生きようと思った。夕陽がさす大阪のマンションの一室で、Kは新たな場所での決意を固めた。


そういえば、次のアパートではペットの飼育が可能だったはずだ。できればまた犬と一緒に生活したい。新生活への期待は高まっていく。


空っぽになったマンションの部屋に「1年間ありがとうございました」と礼をして、鍵を管理人に渡した。これでもう大阪での生活は終わりになった。


翌朝10時に東京のアパートに着けばいいので、新大阪を21時発の最終の新幹線に乗ることにした。まだ4時間程あるので、地下鉄に乗って通天閣まで行った。


最初に大阪に来たときも通天閣に登り、「てっぺんとったんで!」と大阪のアイドルの曲名を心の中で叫んだものだ。そして今、夜の灯りに照らされた大阪の街を一望して、「お世話になりました」と心の中でつぶやいた。


これで大阪も見納めかと思うと感慨深くなり、新世界やジャンジャン横丁で串カツ屋をハシゴした。隣の席の知らないおじさんと大盛りあがりして楽しめるのも、大阪のいいところだ。


3月なので夜はまだ寒く、酔い醒ましに歩いていると、21時を回っていた。


しまった、最終の新幹線に乗り遅れた!

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