第6話 現実に戻される
夜行バスは予定では5時前後に大阪梅田に着く。一度家に戻って、身支度を整えてから仕事に行くだけの余裕がある。バスの中ではあれこれ考えていたので、ほとんど眠ってない。
ぼんやりした頭で時計を見ると、5時13分である。地図アプリで現在地を確認すると、どうやら京都を出て大阪に入ったところらしい。Kは不安になってきた。
乗り換えアプリを起動して、梅田着の限界の時刻を調べると、7時30分であった。あと2時間17分で梅田に着かないと遅刻してしまう。窓から外を見ると、バスは渋滞に巻き込まれてゆっくり進んでいる。
仕事を休むという考えも浮かんだが、有給休暇はすでに使い果たしており、そもそも年度末の忙しいときに休んだら、事務主任に何を言われるやら。想像しただけでぞっとする。
Kに今できることは、バスが一刻も早く梅田につくことを祈ることだった。しかも、バスの窓を雨粒がたたいている。さっきまでのセンチメンタルな気分は吹き飛び、遅刻しないことだけで頭がいっぱいになった。
そんな祈りが通じたのか、バスは意外にも早く進み、7時20分に梅田に着いた。途中、Kはものすごい形相で座席にうずくまりながら「早く着け!」と力んでいた。隣りの、座席のおじさんが、「具合が悪いのか?」と心配するほどだった。
なにはともあれ、無事梅田に着いたので、Kは急いで地下鉄のホームに向かった。もう家に戻っている暇はない。無精ひげも剃らず、大きな旅行用カバンを手に通勤ラッシュの地下鉄に飛び乗った。
勤務地の最寄り駅に着いたのは8時20分頃で、歩いていたら15分はかかるので遅刻は確実だ。Kは大きなカバンを手に、雨の中を猛ダッシュした。
「おはようございます!」
職員室に飛び込んだのは8時29分、始業の1分前だった。無精ひげに全身ずぶ濡れ、手には旅行カバン、とてもこれから仕事という身なりではない。
幸い、先生達はすでに自分の教室に向かっているので、職員室にいるのは事務主任と教頭だけだった。事務主任は軽蔑したようにKを見て、ぼそりとあいさつをしただけだった。
50歳の紳士的な教頭は
「ギリギリセーフだね。旅行にでも行ってきたのかな?」
と笑っていた。
自分も苦笑いをして、早速仕事に取り掛かった。学年末はとにかく事務仕事が多い。給食の時間以外は休む暇もなく、家に着いたのは夜9時を過ぎた頃だった。風呂と夕食を終えると、疲れがどっと出て、そのまま眠ってしまった。
あれだけ悩んだテレポートのことも、この日は考えることができずに終わってしまった。
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