第5話 センチメンタルジャーニー
占いの予言書を手にしたその日の夕方には、東京西部の小田急線沿線のアパートを見学していた。東京都だが自然が多く、スーパーとコンビニが数軒、あとは自動車教習所があるだけだ。
今まではにぎやかなところが好きで、繁華街の近くに住んでいたが、新しい生活を始めるのには今までとは違う環境がいいと思い、ここを選んだ。
最寄り駅から徒歩20分、築50年以上の2階建てアパートの一室をぐるりと見回す。玄関のドアが傾いていて、管理人さんも開けるのに苦労していた。壁も変色している。窓ガラスも所々ひびが入っている。しかし、なぜだかここに魅力を感じた。
自分でも不思議だが、ここなら新しい自分になれる、そんな気力が体の奥からわいてくるような気がしてきた。
すぐに契約をして、引っ越しは10日後に決めた。今までなら物件を3件以上は見て、熟考していたのだからあまりにも早い決断だ。それだけここに引力があるのだろう。
その後は近所を見て回り、その日のうちに現住所の大阪に戻るため、夜行バスに揺られていた。バスの中で眠りそうになりながらも、色々なことが頭をよぎった。
実家は東京の東端で、この前テレビで「治安が悪い」と散々に言われていた所だった。大学は横浜だったから大学入学とともに横浜市民となった。中華街、スタジアム、マリンタワー、海の見える公園・・・どれも新鮮で毎日のように散歩していた。
大学には教員になるために入学したが、バイト先で知り合った他大生から「うまい話がある」と言われて、会社の設立に携わった。それが転落の始まりだった。
何の会社かもよく分からず、ただ会社設立のための資金集めに奔走してしまい、大学へは3年生からほとんど行かなくなった。もちろん留年が確定した。激怒した実家の父に呼び出され、理由を説明することになった。
「会社ができれば僕は副社長になります。年収は数千万円貰えます。」
こう力説したが、
「そんなうまい話があるか!」
そう一蹴されてしまい、その後は実家とはほぼ絶縁している。
しかもその会社は架空で、言い出した奴は金だけ集めてどこかへ逃亡した。残された自分はすでに5年生の終わり頃で、もはや卒業は不可能だった。やむなく中途退学して、バイトを掛け持ちしながら生活し、今に至る。
住む場所も今まで実家を出てから、横浜、福岡、徳島、神戸、大阪と知り合いのツテを頼りに転々としてきた。しかし、何をやっても夢中になれず、逃げるように去ってきた。
そんなことを思い出しながらも、新しい生活に期待しているのが不思議だ。何をやっても中途半端だったが、今度は何かが起こる、根拠はないがそう信じていた。
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