綺麗なあなたと醜い私

 この世界には様々な国があり、どの国も魔法で成り立っている。

 私が生まれたこの国は緑が多く、実り豊かで魔力も豊富、みんなが才能に溢れ、裕福で幸せな国。

 全てのものが汚れなき美しさをもつ。

 そう、称された国。

 世間的には、という言葉が末尾まつびにつくけれど。

 この国はきれいなだけではない。

 この国は才能あるものばかりではない。

 綺麗で美しく、才能あるもの、豊かさばかりを並べて、その他のものを淘汰とうたしてきただけ。

 汚いものがないのではなく、醜いものが生まれないわけでもない。

 ただ、この国にそぐわないものを捨ててきただけ。


――そして私は捨てられた。


 由緒正しい家柄の私。

 美しい顔と才能をもった両親から生まれた私。

 強い魔力を所持し、他者を助ける善人な私。

 他者よりも恵まれていたはずの私は、そのまま幸せに生きていけるはずだった。


――あの事故にさえ遭わなければ。


 そして、私は捨てられた。

 あの日、私は事故に遭い、美しい体には消えない傷を負い、事故の衝撃で魔力を失うという後遺症が残った。

 美貌も魔力も才能も何もかも失った私は、今まで持っていたものすら全て妹に奪われた。

 そして、私は奪われた。

 私の家は妹が跡継ぎとなり、いつかこの国のきさきになると聞いた。

 事故さえなければ全て私のものだったもの。

 未練、なんて簡単なものじゃない。

 ただ、憎しみだけが私の中でとぐろを巻いている。

 妹に、というわけでもない。

 私が事故にあったとき、あのこはまだ幼かったもの。

 今となっては私の存在を知っているかさえ、わからない。

 私は死んだことになっていたから。

 あの事故で本当に死んでいたのならば、どれだけよかっただろう。

 そう思ったことも、言い捨てられたこともあった。

 あの日から私は、存在さえあやふやな、ただうとましいだけの、ひどくまわしいものになった。


 私は、私の全てを持っていった妹にも恨みは本来あると思うのだけど、それを自信ではあまり感じない。

 それ以上に許せない者たちがいるからかしら。

 私を捨てた両親。

 命令に従い私をおとしめた従者。

 鬼の首を取ったように嘲笑わらった周りの全ての貴族たち。

 今まであんなにも尽くしてやったというのに、私を守ることなく、ゴミのようにいとも簡単に捨てたこの国の全て。

 何もかもが、憎らしい。

 誰一人、許さない。

 この国は、こんなにも醜く、汚らしい。

 美しく取り繕ったその皮も、豪奢ごうしゃに着飾られたりぼても、ぎ取って、引きちぎってやる。

 本当に醜く、薄汚いものが誰なのか。

 本当に無能で、使えないものが誰なのか。

 全て教えてあげる。

 全て奪ってあげる。

 全てに、しらしめてやる。


 あの日、捨てられた私は簡素な檻の中に入れられた。

 まるで人間じゃないみたい。

 まるで人間のやることではないみたい。

 私は、泣いて、すがって、懇願こんがんした。

 何でもやると訴えた。

 けれど、魔法も使えなくなった無能なおまえに何ができる、となじられた。

 何一つ悪いことをしていないのに、何度も何度も謝った。

 けれどそんな私を見た、目の前の奴らは、鼻を鳴らして嘲笑あざわらい、罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせた。

 私は死ぬこともできず、屈辱に顔を歪めて、絶望していた。


――今、思えば、私が壊れていなかったのは、その日が最後だった。


 わかってしまったんだもの。

 私の世界は、ひっくり返ってもう戻らない。

 私の見ているものは全て、どす黒い何かでおおわれてしまった。

 私の心は、ドロドロとしたものに塗り潰されていった。


 その次の日、いつものように私を見下しながら、食事を持ってきた使用人の髪の毛を掴んで、檻の柵にぶつけてやった。

 立場をわからせてやった。

 手ずからしてやったのだから。

 優しいでしょう?

 馬鹿みたいに能天気に着飾った髪を、手加減なく引きちぎるように掴んで何度も、何度もね。

 傷ひとつない美しい顔が、ひしゃげるように歪められた。

 白く柔らかい肌が、赤く染め上がっていく。

 その姿を見て私は微笑わらった。

 まるで、お花が咲いたようでとても綺麗だと微笑った。

 そんな私を見た使用人は、まるで恐ろしい化け物を見たみたいに怯えて、恐怖で情けない声をあげる。


――あぁ、なんて心地よいものなのしら。


 心が歓喜で満ち溢れている。

 恐怖に歪められた表情、なんて素敵なものなのかしら。


 醜く、ドロドロで、汚く、ぐちゃぐちゃになったこの世界。

 醜く、ドロドロで、汚く、ぐちゃぐちゃになってしまった私。


 その日から、人は私を魔女だと忌み嫌った。

 魔力もない能無しの魔女だと。

 私は捨てられた。

 恐れからか、忌まわしさからかはわからないけれど。

 私は、捨てられた。

 私は最後まで微笑っていた。

 簡素なドレスの裾を軽く摘んでお辞儀をしてみせた。

 門番は顔をしかめていた。

 この世界が私を捨てたなら、私からこの世界を捨ててあげる。

 真っ白なものは塗り潰して、飾り立てられたものは引きちぎって、整えられたものは引っ掻き回して、澄みきったものは踏み荒らして、綺麗なものなど醜く歪めて私は生きてきた。

 憎んだものに憎まれながら、忌々しいものに忌み嫌われながら、私を捨てた者たちを私が捨てながらあの日まで生きてきた。


――あの日、あなたに出逢うまで。


 なんて綺麗なの?

 なんて汚れなき美しさなの?

 なんて清らかな優しい人なの?

 初めて見た。

 こんなにも傷ひとつない美麗なものを。

 こんなにも完璧なまでに優美なものを。


 あぁ、そんなあなたをけがしたら、どれだけ心が満たされる?

 あぁ、こんな私があなたをぐちゃぐちゃにしたらどれほどの快楽に浸れるの?

 あぁ、こんな私を見たら、あなたはどんな歪んだ感情を私におぼえるのでしょうね。

 あぁ、そんなあなたを見られたら、私はどんな恍惚な表情で溺れるかしら。


 あなたはどれだけ私が詰っても、ののしっても、もてあそんでも、いじめても、痛めつけても、美しいまま。

 だから、だからこそ私の心を掻き乱し、掻き抱く。


 あぁ、あなたをぐちゃぐちゃに壊したい。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る