第4話

「あれ、ココって……」


 ヒロコは真っ暗な友隣堂本店一階に立っていた。


 入口はシャッターが下ろされ、フロア灯も全て落ちている。慌ててヒロコは肩に提げたトートバッグからスマホを取り出し時間を確認すると、すでに夜の十一時を過ぎていた。


「ザキさん、こっちだよ!」


 フロアの奥から、避難口誘導灯に照らされぽっかりと浮かんだブッコローが呼びかける。ヒロコは『月刊Newton』の横に『月刊ムー』が堂々と陳列された、融通無碍というよりほとんど支離滅裂な「科学・美術誌」の棚(※驚くなかれ、実話である)を横切り、ブッコローのもとへ向かった。


 狭いバックヤードに入ると、ヒロコの目の前に、鈍色したステンレス製の、縦長の古い片引扉が現れる。横の柱にはボタンが付いている。


「……これは?」


 ヒロコが訊ねると、ブッコローは「これは、日本でもわずかしか現存しない、手動扉式エレベーターだよ。これに乗って地下にいこう」と答え、ヒロコに扉を開くよう促す。


 いわれるままに手動扉式エレベーターの扉に手をかけたヒロコが、「ゴゴゴゴ……」と地獄の門を解き放つような音を立てて開くと、サビが浮かぶ正方格子の蛇腹式アルミゲートの先に、大人二人が精いっぱいという大きさのカゴが、暗がりの中ぽっかりと浮かんでいた。アルミゲートは、まるで立ち入り禁止のバリケードみたいだった。


「これ……、大丈夫なの……?」


「心配しないで! さあ早く乗ろう」


 ヒロコは恐る恐るゲートを開いてカゴに乗ると、二重扉を閉めて、地下へのボタンを押す。「ゴウンゴウン」という不吉な駆動音とともに、カゴはゆっくり地下に降りていった。



   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 ブッコローの先導で、ヒロコは搬入台車や山積みの段ボールなどが大量に置かれた真っ暗な友隣堂の最深フロアを、スマホのライトで周囲を照らしながら歩いていく。


「ねえ。どこに……、行くの?」


「このすぐ先だよ。ついてきて!」


 そういったブッコローはピューッとスピードを上げて、ヒロコの身長より高く積まれた段ボールの山を越えていく。


「あ、ちょっと待って!」


 置いていかれたヒロコは小走りでブッコローの後を追う。と、視界が開けたところでヒロコは「ひっ!」と悲鳴を上げて立ち止まった。


 暗闇の中、ヒロコの視線の先にある大きな三段三列棚には、何百個もの「小さいブッコロー」が、こちらを凝視するようにずらりと並んでいた。


「……なんだ、ブッコローの、小さなぬいぐるみかぁ」


 スマホのライトで探るように、棚に並んだ体長二十センチくらいのブッコローのぬいぐるみを照らすと、ヒロコは「ふーっ」と大きく息を吐いた。


「すごいたくさんあるね?」


「これは、ユーリンチーを増やそうとボクが夜なべして作ったぬいぐるみなんだ!」


 ヒロコは「へぇー、すごいねブッコロー」と感心しながら棚に近づくと、ぬいぐるみを一つ手に取り、モコモコとした手触りを楽しむ。


「ザキさんは、『伊勢佐木町の七不思議』って知ってるかな? そのうちの一つの、友隣堂の地下には、可愛らしいミミズクのお化けが出るっていう噂」


 ヒロコは、自分の記憶が正しければ「のお化けが出る」という噂だったはずだと思ったが、ともかく「うん、聞いたことある」と振り返りながら答え、「本当だったんだね、あれって」とくすくす笑う。


「実はあれ、友隣堂のファンを増やすために、ボクがわざと流した噂なんだ。友隣堂を若者のしんスポにして、そのマスコットキャラとしてボクのミニチュアぬいぐるみ販売しようってね」


「心スポ……、ああ、心霊スポット。でも、そんなの上手くいかないんじゃないかな?」


「うん。残念ながらね。でもザキさんのザキ力を使えば、きっと多くの人にこのぬいぐるみを買ってもらって、ユーリンチーを増やすことができると思うんだ!」


 ヒロコは「でも、ぬいぐるみを買ったって、そのあとも定期的に友隣堂に来てくれるユーリンチーにはなってくれないでしょ?」と、苦笑しながら手にしたぬいぐるみを棚に戻した。


 するとブッコローは突然、中二病を拗らせた男の子みたいに「クックック」と態度を豹変させた。まるで「今回の有隣堂コラボコンテストの規定文字数の都合上、もう強引にでも終わらせるしかないんだよ!」と言わんばかりに。


「何を言っているんだいザキさん。このぬいぐるみにはね、ボクの精霊パワーを詰め込んでいるんだよ!」


「精霊、パワー……?」


「そう! このぬいぐるみには夫婦円満商売繁盛、恋愛成就に学業成就、さらには美肌効果といった霊験あらたかなご利益のほかに、夜になると毎晩購入者の夢枕に立って、『友隣堂に来ないと、あなたは不幸になります』と囁く力を持っているんだ!」


「な……、なんですって⁉」


「しかも一度買ってしまえば、ぬいぐるみを捨ててももう手遅れ。何度でも購入者の夢枕に立つのさ。そして『友隣堂に行かなければならない』という潜在意識を植え付け、強制的にお肌スベスベのユーリンチーに仕立て上げてしまうのだ!」


 あまりにも唐突に明らかとなったブッコローの狙いに、ヒロコは「そ……、そんな!」と大根役者みたいに愕然と膝をついてうなだれた。


「キミのザキ力を使えば、このブッコローぬいぐるみ(初回限定版:税込二八〇〇円 / 通常版:税込九八〇円)を売りつけることも容易いだろう……。さあザキさんよ、契約通り、君にはユーリンチーを日本、いや世界に広めてもらうよ!」


 バサバサと翼をはためかせ天井近くまで上昇したブッコローが、「ハーッハッハ!」と高笑いする。加工された甲高い機械音声のせいで本当に犯罪者みたいだ。


 ヒロコはキッと顔を上げブッコローを睨みつける。


「そ……、そんなの『偽りのユーリンチー』じゃない! ダメ、そんなことはさせない! ワタシのザキ力で、『真のユーリンチー』を生み出して見せるわ!」


「……面白い。このボクに歯向かおうっていうのかい? クックック、ザキ力を持った書店少女とはいえ、所詮小娘。ザキさん、ボクに勝てるかな?」


「ワタシは負けない! ワタシの文房具愛を、ザキ力を侮らないでよね!」


 余裕綽々のブッコローに、ヒロコは立ち上がって力強く宣言した。


 果たしてヒロコはブッコローに勝つことはできるのか? ってえか二人はどうやって勝負するんだこれ? がんばれヒロコ。負けるなヒロコ。ヒロコの戦いは、これからだ!


                            完(打ち切りエンド)


     ※ゴカンジョ先生の次回作にご期待ください!










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書店少女ザキ力☆マギカ ゴカンジョ @katai_unko

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