第3話

「ボクの名前はR.B.ブッコロー! 『クチが悪くても見た目が可愛ければイケメン無罪的に許されるだろ』という友隣堂のルッキズム上等マーケティングが生んだ、ミミズク姿の友隣堂の精霊だよ! よろしくね!」


 どこかのマスコットキャラみたいな口調で、しかし普通のマスコットなら絶対言わない自社ディス台詞で、ミミズクのぬいぐるみは唐突な自己紹介をした。


 ヒロコは相変わらず訳が分からない状況に、口をポカーンと開いている。そんなヒロコをしり目に、ブッコローは打って変わってビジネスライクに話を進めた。


「それじゃあこれ、労働条件通知書兼雇用契約書。ココとー、ココとー、ココに自筆のサインお願いしまーす。あ、フリクションはだめですから、普通のボールペンでね。ハンコはなければ拇印でオッケーでーす」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 どこから取り出したのか採用書類を片翼に、何の説明もないまま押し売り業者みたいに畳み掛ける正体不明の生き物に、ヒロコは大きな声で抗議した。


 対するブッコロー、きょとんとした素振りの後、すぐさま「あ、やっぱり『R.B.ってなんだよ!』ってツッコミ入りますよね。ミドルネーム入りって、欧米か! いやこれはですね、『リアルブック』を意味していて……」などと意味不明の供述を始める。


「そうじゃなくて! あのッ……!」


 取っ散らかった話の要点をまとめようとしたヒロコは、しかし何をどうまとめればいいのかさっぱり分からない。とはいえ黙っているわけにもいかず、「あの……、ココはどこ、ですか……?」と恐る恐る訊ねてみた。


「あー、ここはなんというか、異次元空間、的な? ボクが精霊パワーを使って現実世界と行き来できる特別な場所とでもいおうか」


「異次元、空間……」


「あ、詳しいこと聞かないでくださいね。実はボクもよくわかってないんで。まあエエじゃないですか別に」


 ブッコローは超然たる友隣堂の精霊らしく、理論物理学上かなり重大なはずのヒロコの疑問を豪快にほっぽり投げた。しかしヒロコもめげてはいられない。


「えと、じゃあ……。っていうか! な、なんなんですかいきなり! ワタシをこんな、い、異次元? に連れてきて……」


「あれ、言ってませんでしたっけ?」


 ブッコローは小首を傾げる、というか首のない上半身をぐにゃっと曲げると、場面転換のつもりか、空中でくるっと回ってから「では、説明しよう!」とヒーローショーのナレーションみたいなノリで叫んだ。


「友隣堂の精霊となって以来、ブッコローはずっと特別な能力の持ち主を探していた……。目的はただ一つ、伊勢佐木町の、ザキの文化を担う友隣堂を守るため!」


「友隣堂を、守る……?」


「明治の創業からどっこい生き残った友隣堂。ところが最近じゃあのっぴきならねぇ大ピンチ! 出版不況でテンテコ舞いだってのに、ここに来ての物価高! 信じられます? たまご一パックが三〇〇円とかですよ? レモンサワー一杯八八〇円とかかすフザケた店も出てくるし」


 また話が迷走しそうになり、ヒロコは「あの……、守るっていうのは……」と軌道修正を図る。


「あ、だから要するに、ザキの友隣堂ちゃんってば絶賛大ピンチなもんで、店を救う特別な力を持った人材を探してたわけですよ、ボクは。そしたら今日、ついに現れた待望のヒロイン! それがザキの友隣堂にふさわしい、オカヒロコことザキさん、あなたなのです!」


 もちろんヒロコは、話を聞きながら「なんだかSNSに来る当選詐欺みたい」と猛烈なうさん臭さを感じてはいた。だがしかし。いかんせん彼女は、ついさっき「社会人失格」とまで言われ面接を落とされた、十六歳の少女である。自己肯定感が著しく低下中のヒロコにとって、「特別な力を持った人」というフレーズは、禁断の果実みたいに甘美だった。


「あの……ワタシ、そんなすごい力、あるんですか……?」


 おずおずと訊ねるヒロコに、ブッコローの黒目が怪しく光る。


「もちろん! そうでなきゃボクの声が聞こえるはずがないよ。ボクの声は特別な能力、『偏愛力』を持った人にしか聞こえないものだからね」


「へんあい、りょく?」


「偏愛力とは、ある特定のモノ・コトを偏って愛する力のことさ。偏っているからこそ、集約された愛の力は、まるで巨大な重力のように大きい。だからこそ偏愛力は、他人を惹きこむ力も持っているんだ!」


「惹きこむ、力……」


「ザキさんは文房具を偏愛しているよね? そのザキさんの熱量が、『そこまで言うなら、この文房具って、本当にステキなのかも』と、多くの人を惹きつけるんだ。これは、広告代理店が何百万、何千万と予算をかけて作る、上っ面だけの中身スカスカな広告にはできないことだよ」


 突然「何千万」とかいう女子高生にとっては夢のような金額が出てきて、しかもそれよりすごいといわれたもんだから、ヒロコは「そう、なんだ……」とまんざらでもなくなる。


「今の友隣堂に必要なのは、ぎっしり詰まった偏愛で、お客様に『友隣堂に行けば、いい商品に出会える』と思わせることができる人なんだ。ザキさん、まさに君のように特別な力を持った人のことだよ!」


 達者すぎる話しぶりに圧倒されっぱなしのヒロコは、ともあれ再び強調された「特別な人」という殺し文句に、普通だったら身の危険を感じるべき「異次元空間」なる場所で、すっかりいい気分になってしまった。


「ワタシに、そんな力が……。信じられないけど、でも、ブッコローさんは、ずっと探してて、ようやく見つかったのが、ワタシなんですよね?」


 嬉し恥ずかしそうに「えへへ」とモジモジするヒロコに、「ブッコローって呼んでいいよ!」とブッコローはわざとらしいほど親し気に答える。


「そう。特別な力をもったザキさんを、今日ようやく見つけたんだ! それにボクは、すごく運命的なものを感じているよ。だって、ザキの友隣堂を救う力を持つのが、ザキさんなんだよ? ザキさんの力は、まさに『ザキりょく』だ!」


「ザキ……力?」と怪訝そうな顔するヒロコなどお構いなしに、ブッコローは「キミのザキ力で、『ユーリンチー』と呼ばれる友隣堂のファンを増やしてほしいんだ!」と声を上げた。


 ザキ力だのユーリンチーだの、そのネーミングセンスには首をひねるしかないヒロコは、「あれ、でも友隣堂って書店ですよね? 文房具は……」と我に返る。


「心配しないで! 友隣堂は文房具や雑貨にもすごく力を入れてるから、ザキさんにピッタリだよ。今はガラスペンフェアもやってるよ!」


 途端にヒロコは「ガラスペン!」と鼻息を荒げる。それは今、ヒロコがもっとも熱望する文房具である。その思いは履歴書にもギッシリ書いていたので、当然ブッコローも知っていた。ヒロコの理性のタガは瞬く間に、ゴムの伸びきったパンツみたいに弛む。こうなっては悪徳スカウトの思うつぼだ。


「さあザキさん、ボクと契約して、友隣堂の社員(※非正規)になってよ! キミのザキ力で、この世界にユーリンチーを増やすんだ!」


「……はい! ワタシ、友隣堂で働きます! お店を守るため、ワタシのザキ力でユーリンチーを増やします!」


 すると突然、ヒロコの頭上がぱーっと明るくなったと思うと、綺麗に畳まれた黒い布が上からゆっくりとヒロコの手元に落ちてきた。「YURINDO」というロゴの入った、友隣堂の作業用エプロンだった。


「さあ、そのエプロンを身に着けて! それでキミは、ザキの友隣堂を守る書店少女に生まれ変わる!」


 こうしてヒロコは、「だから異次元空間ってなんなのよ」とか、「労働条件は?」とか、「本当に友隣堂でガラスペンフェアやってるんでしょうね?」など、もろもろ確認すべきことをすっ飛ばして、友隣堂のアルバイト店員となったのだった。


「それじゃあボクについてきて!」


 異次元空間に突如、ホログラムのようにモヤモヤ輝くトンネル状の空間が現れると、ブッコローは躊躇なくそこに飛び込む。


「あ、ちょっと待って!」


 ヒロコは黒エプロンを着けると、慌ててブッコローの後を追った。

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