第13話 降誕祭

「おかえりなさい。藤木さん」


「…………っ」


 門の前には──天子と数人の屈強な男性信者が待ち構えていた。


「さて、少しお話があります。一体、どこに行っていたんですか?」


「…………」


「黙秘、ですか。ふふっ、まあそれでも構いませんよ。今更、止められませんから」


 まるで、俺の行動を全て見透かしているような口振りで、天子は笑みを浮かべる。そして、隣の信者にアイコンタクトで何かの合図を送った。

 瞬間、信者たちが襲い掛かってきた。その動作に迎撃の姿勢を取るが、相手は四人もいる。抵抗虚しく、俺は取り押さえられてしまった。


「クソッ! 離せ!」


「少々、予定は狂ってしまいましたが……藤木さん、あなたにはまだ役目が残っています。その命を最後まで私たちのために使ってくださいね」


 そう言うと、天子は俺の鼻と口を覆うように布を被せる。

 その布の匂いを嗅いだ瞬間──俺の意識は全身麻酔に当てられたように、闇の中へと落ちていった。



「…………っ」


 なんだ。何が起きた。

 目を覚ますと、俺は殺風景な教室の中で寝転んでいた。


「うっ……なっ……」


 何とか立ち上がるが、足元がおぼつかない。記憶が混濁している。

 確か──俺は──高橋と連絡を取るために抜け出して──そこでメモの内容が集団自殺の年月だということを知って──っ。思い出した。その後、教団に戻ったところを天子に襲われたんだ。

 クソッ。ついに本性を見せやがったな。綺麗ごとを並べていたが、結局のところ、あいつらは異常な信仰を持っているカルトだ。しかも、他人に危害を加えることに一切の抵抗を持っていない。このまま野放しにしていい集団じゃない。急いで警察に行かなくては。

 教室から出ようとした瞬間、俺はある違和感に気付く。

 ちょっと待て。なんで俺以外に誰もいないんだ。普通、見張り役がいるべきじゃないのか。

 室内どころか、教室の外にも人の気配はなかった。妙だ。襲われたことを考えると、俺は監禁に近い状態にあるはず。それなのに、なぜ誰もいない。


「……今、何時だ」


 ふと、現在の時刻が気になり、腕時計を確認する。針は午後六時を指していた。ということは──半日以上も意識を失っていたのか。つまり、現在の日付は十二月二十四日午後六時。


「……降誕祭はもう、始まっている?」


 まさか、その祭りが始まったから、信者は消えたのか。いや、さすがにそれはあり得ない。いくら何でも、都合が良すぎる解釈だ。やつらもそこまで間抜けではないはず。ではどこに消えた。


「どちらにしても……ここで悩んでいる暇はないか」


 ひとまずはこの施設からの脱走が先決だろう。祭りに夢中になってくれているなら、願ったり叶ったりだ。教室を抜け出し、出口を探す。


「ここは……三階か?」


 廊下の窓を覗くと、その風景から俺が眠っていたのは本校舎の三階だということを察する。

 ここから一階まで降りて、正面玄関を抜けて外に出る。それも、誰とも遭遇することなく──か。かなり骨が折れる作業だな。時と場合によっては手荒な手段を使う必要がある。

 だが、もう色々と俺も振り切れた。向こうがその気なら、容赦はしない。徹底的にやってやるぞ。階段を一段ずつゆっくりと降りて、警戒をしながら拳に力を入れる。だが、そんな俺の覚悟は意外な形で空回りすることになる。

 二階へ到達した瞬間に、妙なものが廊下に転がっていることに気付く。


「……なんだ、あれ」


 距離は十メートルほど離れていたが、それは遠目から見てもかなりの大きさだった。そう、例えるなら──成人ほどの人間が寝転がっているような──


「──ッ⁉」


 俺は慌てて、その物体に駆け寄った。

 距離が狭まるにつれて、疑惑が確信へと変わる。


「ひ、比津地……?」


 そこに転がっていたのは──天国の扉で最初に知り合った信者である比津地だった。

 しかし、どこか様子がおかしい。彼は廊下で横になったまま、うんともすんとも言わない。まるで──既に事切れているかのようだった。


「お、おい!」


 うつ伏せになっている彼の肩を持ち上げる。


「なっ……⁉」


 彼の顔を確認した俺は──言葉を失ってしまった。

 その表情からは既に生気が消えており、白目を剝いている。素人でも一目で分かる。比津地は──死んでいる。ここにあるのは命が宿っていない、ただの亡骸だ。


「う、嘘だろ……なんで……」


 長年、オカルト業界に勤めてはいるが、間近で家族以外の死体を見たのは初めての経験だった。まだ死んでそこまで時間が経っていないのか、死後硬直は始まっておらず、僅かにだが人肌の温もりは残っている。しかし、それはただの残滓に過ぎない。間違いなく比津地は死んでいた。

 なぜ、彼がここで死んでいる。心臓発作、脳卒中、不整脈──様々な突然死の症例が思い浮かぶが、それにしては不自然な点がある。彼が倒れていた床には血溜まりが発生しており、口元から流血していた。


「毒、か?」


 自ら服毒自殺を実行した。そう考えると、合点がいく。

 服毒自殺──その言葉で、俺は先日の高橋との会話を思い出す。


「……お、おいおい。まさか」


 まさか、あり得るわけがない。そんなことが起きるわけがない。

 脳内では目の前の現実を否定する言葉が溢れかえる。考えすぎだ。現代日本で、あのような惨劇が発生するなんてことは決してない。その時、ふと、目の前の教室の扉が不自然に半開きになっていることに気付く。


「…………っ」


 なぜだろうか。目の前の死体を無視して、俺はその教室に誘われるように、足を運ぶ。そして、扉を開いた。

 そこには──比津地と同様に、白目を剥きながら数十人の信者が教室内で倒れていた。

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