第4話 集いの場

「ここが食堂です。普段、皆さんはここで食事をとっています」


「へぇ……ここが」


 天子と別れた後、俺は比津地に連れられ、施設の案内を受けていた。廃校をそのまま再使用しているということもあり、校内はかなり広い。これだけの空間ならば、軽く数百人は収容することが可能だろう。

 信者たちの生活時間の大半は農作業だ。主食が周囲の敷地で栽培された野菜や穀物ということもあり、それらの収穫や耕作に大部分を使っている。また、毎日二時間の瞑想が義務づけられているらしく、合間の休憩時間には専用の教室で座禅を組んでいるとか。

 まあ──健全と言えば健全な生活だ。老後の趣味としては悪くない。ここにいる者全員が、あの天子に全財産を寄付したという事実さえなければ、今の情報化した社会を見つめ直す場としては悪くないとさえ思える。


「あとは……あぁ、そうそう。“集いの場”が残ってましたね」


「集いの場、ですか?」


「えぇ。そこで毎朝、天子様がありがたいお言葉をいただけるんですよ。だから、ここで暮らす者は起床後、まず集いの場に行って天子様の言葉を聞いて、仕事を始めるんですよ」


 全校集会みたいなものか。いよいよ、学校と変わらなくなってきたな。

 しかし、毎日よくそんな集会続けられるな。普通なら一か月程度で話のネタが尽きると思うんだが、それも天子の能力が成せる技か。

 ふと、そんなことを考えていた時──通りかかった教室の前で足が止まる。


「……ん?」


「どうしました? 藤木さん」


「いえ、あれ……」


 俺は扉越しに、それを指差す。

 そこには数十人程度の子供たちが、授業を受けているような光景が広がっていた。黒板の前には教師のような大人が立っており、まるで普通の小学校の授業風景と見間違えるほどだ。


「あの子たちは何をしているんですか?」


「あぁ“学びの場”ですね。ここにいる子どもたちはああやって、勉強を大人から教わっているんですよ」


「……そう、ですか。あれが」


 話には聞いていたが、本当にこの教団の信者の子は学校には通ってないらしい。そんな状態では校区内の学校や児童相談所が黙っているとは思えないが、まあ信教の自由やらなんやらを盾にしてうまくやり過ごしているのだろう。


 個人的な感想だが、この国の公的機関というものは「信教の自由」という言葉にとても弱いと感じる。確かに、この信教の自由というものは人権と同様に憲法で守られており、過去に迫害した経験からも、決して蔑ろにしてはいけないものだろう。だが、今はその自由という概念が無関心へと変貌しているのではないかとさえ思う。

 最近の調査では特定の宗教を信仰していないと答えた日本人は実に六割近くいたそうだ。自分は無神論者だから、宗教に関することには極力触れない。このような人間は決して少なくないはずだ。ある意味、理解をするという行為すら放棄した思考。学校や試験でも歴史として宗教に関することを教えることはあるが、それらの宗教がどのような思想を持っているかはあまり触れられない。果たして、神道と仏教の差異を答えられる日本人は何割いるのだろうか。


 元を辿れば、一週間という概念も、食前の「いただきます」という挨拶も、すべては宗教からきている。ハロウィンやクリスマスも、宗教のイベントだ。宗教ほど、我々の生活にかかわっているものはないだろうに、それらの信仰については学ぼうとも、学ばせようともしない。まったく──日本の国際化が遅れているのも、これが要因になっている気がするな。つくづく、この国には島国根性が根強く残っていると感じる。


「藤木さん?」


「……あぁ。すみません。行きましょうか」


 おっと、少し思考が脱線しすぎたか。悪い癖が出てしまった。学びの場で楽しそうに授業を受ける子どもたちを見送りながら、俺は比津地の背中を追う。

 信教の自由、か。昔、とある弁護士がこんなこと言っていたな。「信教の自由は許されても、人を不幸にする自由は許されない」と。果たして、あの子たちにとって──この生活は不幸なのだろうか。その答えは部外者の俺にはまだ分からない。



「ここが集いの場です」


 比津地に案内されて到着した集いの場と呼ばれる集会場は──学校の体育館にあたる場所だった。まあ薄々そんな予感はしていたが、やっていることが学生時代にあった朝の会と変わらんな。


「……ん?」


 その時、また妙なものを体育館内で発見した。


「比津地さん、あれはなんですか?」


 俺は体育館の壇上を指差す。

 壇上自体は多少宗教感の漂う装飾がある程度で、何の変哲もないのだが、その下の部分、ちょうど段差の辺りに扉のようなものが設置されていたのだ。


「あぁ。あれは“祭壇”ですね」


「祭……壇……?」


「えぇ。実はあの扉の先は地下に繋がっていて、有事の際に使用する祭壇が中にあるんですよ」


「有事の際って、どんな時です?」


「それは……ちょっと私の口からは」


 基本的に聞けば何でも答える比津地が、この時に初めて自ら口を閉ざした。直感した。あの祭壇と呼ばれる地下室には──何かある。

 しかし、だ。無断で侵入するわけにもいかない。扉の前には錠前がいくつもあり、厳重に守られていた。恐らく、あの警備を破るのは不可能だろう。中に何があるのは気になるが、今は引くしかない。


「さて、大体は終わりましたね。では、これから藤木さんの宿泊される場所に行きますか」

 

どうやら、主要な施設の紹介が終わったようだ。残すは俺の部屋のみ。

 そうか。これから三泊四日、ここで寝泊まりするんだったな。そりゃ、部屋が用意されてるか。この時に初めて、俺はこの天使の故郷で生活するという実感を得た。

 ここで暮らしている信者たちは家庭によって、それぞれ生活スペースとして空き教室が割り当てられているらしい。とは言っても、専用の場というわけではない。何グループかに振り分けられ、一教室辺りに大体十人前後が共同生活しているんだとか。

 まさか──俺もそんな感じでどっかのグループに入ることになるんだろうか。それはちょっと勘弁願いたいな。取材記録を整理する場がなくなってしまう。

 さすがに、信者たちの目の前で堂々と記者の仕事をするわけにはいかない。さて、どうしたものかと悩みながら、俺は比津地の背中を追った。

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