魚目すてるの弁当

つばきとよたろう

第1話 魚目すてるの弁当

魚目すてるはこの教室に初めて登校してきた頃から、顔中に包帯を巻き付けていた。それはエジプトにある巨大なピラミッドにひっそりと眠るミイラようだった。なぜそんな格好でいるのか、教室中を探しても説明できる生徒はいなかった。彼は人一倍無口だったし、発言する時もぼそぼそと雑音くらいに話した。それに反して体は特別大きかったから、存在感はあった。魚目すてるは休み時間に入っても、彼が他の生徒と同じように机に伏せてだらしない格好をしたり、他の生徒の所に行っておしゃべりしたりすることはなかった。それだから彼に特別親しい友達はいなかった。いつもぽつんと一人でいて、誰も近寄る者はいなかった。包帯が巻かれ、顔の分からない彼を薄気味悪く思う生徒もいた。もちろん彼の方から率先して、包帯の秘密を打ち明けはしなかった。だから彼の秘密は、秘密のままだった。

 もう一つ彼には謎があった。それは昼休みにたまたま彼の席の近くの生徒が見つけた。彼の弁当が満員電車に揺られてきたように、ぐちゃぐちゃだったのだ。生徒はその事実を大声で公表した。と同時に後悔もした。その弁当の有様が、包帯に隠れた顔の有様を連想させたからだ。彼はその弁当を文句も言わずに黙々と食べていた。しかし、それには理由があった。彼が学校に来る前に弁当を激しく振るのを目にした生徒がいた。その子は思い切って、魚目すてるに聞いてみた。どうしてそんな事するんだと。彼は何の躊躇も無く、弁当箱を開けて見せた。弁当の中には、小さい子供なら喜ぶキャラ弁が詰まっていた。彼は、こんなの恥ずかしくて学校で開いて食べられないと言った。

「でも折角、作ってくれたのに勿体無いじゃん」

「そうかな」

「そうだよ」

 それから魚目すてるは、弁当をぐちゃぐちゃにするのを止めた。みんな彼の弁当がどんなだか毎日楽しみになった。昼休みに彼の周りに自然と輪が出来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魚目すてるの弁当 つばきとよたろう @tubaki10

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ