ぐちゃぐちゃの生地から出来たもの

嶋月聖夏

第1話 ぐちゃぐちゃの生地から出来たもの

「あー!なんでぐちゃぐちゃになったのよー!?」

 ポリ袋の中の、全然まとまっていないスコーンの生地を見て、冬美は頭を抱えた。


 冬美がスコーンを作ろうとしたのは、食べたくなったからだ。

 残業続きで、ネットで紹介されていたスコーンが売っている店に行くことができず、ようやく取れた休みの日は臨時休業だった、という状態に朝から落ち込んでいた。

 仕方なく、アパートの自室で朝ご飯を食べた後に暇を持て余してスマホで動画を見ていたら、スコーンを作る動画を偶然見つけたので、それを見て「こんなに簡単なら作ってみよう!」と決めた。

 だが、その動画で紹介されていた『ポリ袋の中に材料を混ぜ合わせて作る』方法をやってみたら、何回も混ぜ合わせているのに生地が固くならない。ポリ袋の中でバ

ラバラになってあちこちに引っ付いて、ぐちゃぐちゃになってしまったのだ。

「何で!?ちゃんと材料の分量を量ったのに!?」

 手に触れたとたん、生地が指の先にべたべたに引っ付いたので、やる気を無くした冬美は、そのポリ袋を流しの近くに置いたまな板の上に放置したのだ。

「最近こんなんばっか…」

 手を洗った後、冬美はうまくいかなかった状況に嘆き始める。

 仕事で何度もミスしてしまい、婚活もうまく行かない。

 親から「妹はもう子供が生まれたのに」と言われ、多くない給料からお祝い金を送ったので、今月はもう貯金をする余裕はない。

 ベッドの上で横になり、向こう側に置かれた生地を見つめる。ぐしゃぐしゃになったままの生地は、まるで今の自分を見ているようだった。

「………」

 見つめているうちに、意識はそのまま目と共に閉じられた。


 目が覚めると、お昼までまだ時間があった。

 ふと生地を見て「このまま捨てるのはもったいない」と思い、冬美はスプーンでポリ袋の中の生地をかき集める。

 それをポリ袋から出し、手で混ぜ合わせる。何とかまとまった生地を八つに分け、オーブンレンジで焼いた。

「出来たあ…!」

 フォークで差し、生地が付かないと確認したら、レンジから火傷をしないように取り出す。表面が焦げてなかったのが、何だか嬉しかった。

「いただきます」

 少し冷めたところを、まずそのまま一口食べた。

「…まあままかな」

 ホットケーキミックスを使ったので、味はそんなに悪くない。

 気が付くと、四つ食べてしまった。朝ご飯はちゃんと食べたのに。

「残りは、おやつにしよう」

 残った四つは、お皿に載せたままラップをかける。

「…みんなに比べて何も出来ない、と思っていたけど、こんな事でも、出来るんだなあ…」 

 ぐちゃぐちゃになった生地を、何とか食べられるスコーンにした。

 その小さな成功は、人生を悲観しかかっていた冬美に少し自信を与えたのだった。



終わり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぐちゃぐちゃの生地から出来たもの 嶋月聖夏 @simazuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ