第15話:上下関係

メストン王国暦385年5月27日:王都闘技場


「マリーニ王国第1王女、エレナ殿下御入場」


「「「「「ウォオオオオオ」」」」」


 私が姿を現すと、闘技場一杯に集まった人々が大歓声をあげます。

 昨日の勇姿を見た者や、噂を聞いた人々でしょう。


「アンゼルモ王国第1王子、エンツォ殿下御入場」

 

「「「「「…‥」」」」」


 第1王子に成ったエンツォが入城してきたのに、闘技場内に歓声がありません。

 アンゼルモ王家のお膝元なのに、人気がなさ過ぎます。

 代々の王が培ってきた民の信頼を、ダンテ1人が台無しにしてしまいました。


「これからのメストン連合王国のためにも、実力差をはっきりさせておきましょう」


「私がエレナ嬢に勝てるとは毛頭も思っていませんが、民や家臣達の中には現実が分からない愚か者がいます。

 全力を振り絞って戦わせていただき、彼らに現実を直視させます」


 年下ですが、悪い男ではありません。

 美醜だけで言えば、かなりの美丈夫でしょう。


 本人はダンテを支える武人として生きる心算だったようですが、こうなっては彼がアンゼルモ王家の中心になるしかありません。


「始め!」


 互いの顔がよく見えるように、兜は被りません。

 王侯貴族はとても卑怯で、正式ない代理人を立てるだけでなく、影武者を立てて自分の評判をあげようとする事を、民はよく知っているのです。


 フルプレートアーマーを装備して兜まで被ってしまうと、誰が中に入っているのか観客には分からなくなります。

 ですので、今回は兜を被りませんし、急所以外は防具も装備しません。


「ウォオオオオオ!」


 エンツォが雄叫びをあげながら突進してきます。

 私は軽く避け続けます。

 昨日のルイージと同じ扱いです。


 エンツォの方がルイージよりも強いです。

 この年代の3年差はとても大きいいのに、逆転するのは努力の賜物です。

 それでも、私には及びません。


 魔力と魔術は、人の努力を嘲笑ってしまう所があります。

 ですが、罪悪感などありません。

 魔力や魔術を、非道には使っていないと胸を張れるからです。


 父上や王都家宰は、エンツォを私の新しい婿に考えています。

 アンゼルモ王家も内心で期待しているようです。


 私とエンツォが結婚する事になると、西部地域は私の持参金、化粧領となりますが、その代わり、私が手に入れた西部地域がアンゼルモ王家に加わります。


 アンゼルモ王家は、約束していた通り、長年治めてきた穀倉地帯の半分を我が家に割譲します。


 この形で収まれば、メストン連合王国はマリーニ王家とアンゼルモ王家が治め、フェラーリ家とフェレスタ家は侯爵家に留まるでしょう。


 ただ、私の個人的な好みを優先させてもらえるのなら、私よりも弱い男とは結婚したくないのです。

 できる事なら、私よりも強い男性に護られたいのです。


 男性には負けたくないと言う思いも強いのですが、努力を重ねた私が勝てないくらいの、とても強い漢の方の出会いたいのです。


 年下の男性に慕われるのも悪くないのですが、やはり強い殿方に憧れるのです。

 とても失礼なのですが、エンツォはじゃれついてくる犬に見えてしまうのです。

 私は、まだもう少し夢を見ていたいのです。


「もうこれでお終いですか?

 ルイージよりは強いですが、全く相手になっていませんわよ」


「ぜい、ぜい、ぜい、ぜい、ぜい、ウォオオオオオ!」


 自分が使える技を全て使っても、私の服にすら触れられません。

 全力で放った一撃を躱されると著しく体力を失うのです。

 討ち合って防がれたらそれほどでもないのですけれどね。


「ここがなっていません。

 全身全霊を込めて斬りかかる事が悪いとは言いませんが、躱されたら隙だらけになる事を忘れてはいけません」


 倒れ込みそうになるエンツォを、防具の上から攻撃します。

 気合を入れて倒れられないようにしてあげます。

 ここで踏ん張って戦う事で、体力と根性、技も身につくのです。


 何より、私とエンツォの力量差が際立ちます。

 エンツォの攻撃を避けるだけでは、私の力を見抜けない馬鹿がいるのです。

 攻撃して相手を圧倒する姿を見せないと、何も理解できない馬鹿がいるのです。


 その犠牲になる可哀想な男がエンツォです。

 メストン王国でも有数の騎士なのに、恥ずかしい姿を民にさらす事になります。

 

 やはりエンツォと結婚するのは気乗りしません。

 エンツォを婿に迎えないのなら、私の治める西部地方も独立して王国を名乗る事になるでしょう。


 直轄領が半分になったアンゼルモ王国とほぼ同じ国力になります。

 これはフェラーリ家とフェレスタ家も同じですから、両家も独立して王家を名乗る事になるでしょう。


 突出した力を持つマリーニ王家が連合王国を主導する事になります。

 分家ともいえる私の王国も含めて、4カ国は属国となるでしょう。

 いえ、フェラーリ家とフェレスタ家は大公、公国に止めておく方法もあります。


 全ては私の婿選び、決断にかかっているのですね。

 困りました、本気で困ってしまいます。


 私より弱い男の子供を生む気にはなれないのです。

 歴史上の女王のように、名目だけの王配を迎えて、子供の親は愛した男。

 そのような破廉恥な真似はしたくないのです。


「何を勝手に倒れているのですか?

 男ならもう少し根性を見せなさい!

 女に負けて悔しくないのですか?!

 立たなければ脚の骨を砕きますよ!」


 私に罵られて、エンツォが何とか立ち上がりました。

 フラフラで今にもまた倒れそうですが、立ち上がった根性は褒めてあげます。


 ……2年、2年だけ好きにさせてもらいましょう。

 その間に、兄上達によい漢を探してもらいます。

 南北両大陸中を探せば、私よりも強い漢がいるかもしれません。


 その2年の間に、エンツォを徹底的に鍛えてあげましょう。

 エンツォは16歳ですから、王立魔術学園の卒業までは自分を鍛えられます。

 2年程度なら私もまだ20歳、行き遅れとまでは言われないでしょう。

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