第13話:最敬礼

メストン王国暦385年5月25日:王都王城大謁見場


「エレナ嬢、マリーニ侯爵、全て余が悪かった。

 ダンテのような愚か者を育てた事も、日頃の行動を見抜けられず、王に器にない者を婚約者に押し付けた事も、全て王である余の失態である」


 王国中の貴族家当主か跡継ぎが集まる前で、王が家臣に深々と頭を下げる。

 これでは、王家を潰すほどの報復ができなくなります。


 これまでのように、相手の失態を突いて大きな利を得る、貴族の常套手段が使えなくなってしまいます。


「謝っていただいてもエレナと私が受けた恥は注げない。

 殺されかけた事も、なくなりはしない。

 自分が不利になったから形だけ詫びて、罰も与えず賠償もしない。

 そのような卑怯な詫びなら受け入れならない」


「マリーニ侯爵の怒りは当然だ。

 イラーリオとジェイムスはまだ捕らえられないので引き渡せないが、ダンテ、ヴィオラ、ルイージは引き渡させてもらう。

 ダンテは王族の地位を剥奪して平民に落としてある。

 ヴィオラ、ルイージも平民に落としてある

 煮るなり焼くなり好きにしてくれ」


「平民に落として煮るなり焼くなり好きにしていいのなら、王侯貴族としての名誉ある死ではなく、犯罪者として斬首にする。

 それでもいいのですか?」


「構わない、あのような悪事を働く者に名誉ある死など与えられない」


「ならば遠慮する事なく、斬首さらし首にする。

 だがその程度でエレナと俺の怒りは収まらん。

 率直に言う、マリーニ侯爵家はパオロ王には仕えられん。

 マリーニ侯爵家を頼りにする者達を率いて分離独立する」


「分かっている、余のような非才に仕えられないというのは当然の事だ。

 ただ、メストンに住む民は見捨てないでくれないか?

 対等の軍事同盟を結んでくれないだろうか?」


「対等の軍事同盟だと?

 今の王家にどれだけの貴族が付き従うと思っているのだ?

 直轄領だけの王家と我が家が同盟するというのか?

 西部は我が家に臣従を求めて来ているが、北部と東部はどうする気だ?」


「フェラーリ侯爵家とフェレスタ侯爵家が王国に残ってくれるのなら、そのまま侯爵家として遇する。

 マリーニ家に臣従するというのなら、それを認める。

 独立するというのなら、ディーノ殿の考え次第だが、対等の軍事同盟を結びたい」


 パオロ王はよく決断しましたね。

 これで父上も私も、これ以上王と王家を追及できなくなりました。

 4カ国同盟の案も、当初は5カ国同盟で考えていましたから、文句はありません。


 ですが、そのまま受け入れては、私がやり込められた事になります。

 王家を併呑する勢いだった流れを、パオロ王が防いだ事になります。

 これでは私が損をした事になります。


「1番の当事者である私も話させてもらいます。

 陛下の詫びを軽んじる気はありませんが、何故我が家が軍事同盟を結ばなければいけないのでしょうか?

 確かに王侯貴族には、民を護る事を誇りにする風潮があります。

 ですがそれは、あくまで自分の治める民です。

 王家の治める民のために、我が家が血を流す必要はありません」


「領地や寄子がこれまで通りなら、エレナ嬢の言われる通りだ。

 だが今のマリーニ家は、西部にあった王家王国の直轄領とアリギエーリ侯爵領を治め、西部貴族を寄子にしている。

 メストン王国に攻め込める場所は、西部の陸路と南部の海路だけだ。

 嫌でも戦う事になるだろう?」


「西部で手に入れた領地など放り出せばいいのです。

 西部貴族は寄子にしなければいいのです。

 そんなモノのために、400年以上忠誠を尽くしてくれて来た、直臣や南部貴族を死なせる訳にはいきません。

 カーショウ山脈を盾にして籠城すれば、1人も死なせずにすみますから」


「分かっている、分かっていて頼んでいるのだ。

 王家直轄領の半分を割譲してもいい。

 王家の財宝も全て差し出そう。

 何とかそれで軍事同盟を結んでもらえないだろうか?

 いや、対等に納得できないというのなら、メストン王国は属国でもいい。

 マリーニ家がメストン王国の国王に就任して、アンゼルモ王家はアンゼルモ王国を名乗ってもいい」


 ここまで言われると、これ以上の圧力は此方が悪者になってしまいます。

 それに、メストン王国全土で王侯貴族の義務を背負う危険は冒せません。


 パオロ王にここまで言わせたのです。

 私とマリーニ家の名声は高まりました。

 もう十分とも言えますが、もうひと押ししておきたいですね。


「そこまで要求するのは遣り過ぎだと分かっています。

 ですが、2カ国の対等同盟にしても、4カ国の対等同盟にしても、緊急時には誰かが主導しなければなりません。

 これまでの経過を考えれば、それは我が家かアンゼルモ家になるでしょう。

 父上が王都に常駐するのなら、父上が主導されるでしょうが、これまでのアンゼルモ王家のやり方を振り返れば、危険過ぎて常駐できません。

 それは分かっていただけますわよね?!」


「分かっている、余にも王家にも信用などない」


「王都に常駐するのは、これまで通り私になります。

 アンゼルモ王家の次代は、エンツォ王子になるでしょう。

 ですので、私とエンツォ王子で決闘をするのです。

 その勝敗で、どちらが連合王国を主導するか決めるのです」


「分かりました、全てエレナ嬢の提案に従いましょう。

 ですが、こう言っては失礼ですが、王都に常駐するのがマリーニ家の後継者でなくていいのですか?

 この件でマリーニ家が割れる心配はないのですか?」


 最初から平身低頭だったパオロ王だが、今では完全に属国の王のようです。

 彼の精神力では、1国を治める事は、とてつもない重圧だったのでしょう。

 主導権を父上に預けられて、ホッとしているのでしょうね。


「マリーニ家を継ぐのは長兄のアキッレです。

 他の兄達は、いずれ商船団を分けてもらって独立するか、他国の貴族位を買って独立する事でしょう。

 私が実力で手に入れた西武の領地や寄子を、寄こせというような、身勝手で欲深い人たちではありません。

 父上と長兄が常に本領を守り、私が西部を守る事になりますから、最初に敵と戦うのは私です。

 アンゼルモ王家に何か命じるのも私になります。

 力関係は、はっきりさせておいた方が良いでしょう?」

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