第12話:平身低頭
メストン王国暦385年5月1日:マリーニ侯爵領カーショウ山脈北山麓軍城
「エレナ嬢、申し訳なかった、全て王家の失態だ。
国王陛下も直接訪問して詫びると申されている。
ダンテは王位継承権を剥奪して幽閉してある。
殺せと言われるのなら、殺して遺体を引き渡す。
申されていた通りに決闘されるのなら、生きたまま引き渡す。
ヴィオラとルイージも生かしているから、生きたままでも死体でも望む方で引き渡させていただく。
だから会って詫びさせていただきたい」
エンツォ第2王子がまた門前に来て大声で詫びている。
詫びているのに、とてもかっこよく凛々しい。
まだ16歳の成長期なのに、既に190センチ95キロの美丈夫だ。
王家の特徴である金髪碧眼もいい。
自分の魅力を知ってやっているのか、それとも心から詫びている証なのか、兜を取ったことで、金髪が風と朝日によって光たなびいていてとても美しい。
「騎士団は王都に帰らせる。
私1人で会わせていただく。
エレナ嬢とマリーニ侯爵が納得できる詫びを王家が提供できるまで、私がマリーニ侯爵領に留まらせていただく。
だから会って直接詫びさせていただきたい!」
全面降伏、平身低頭としか言えない状況です。
ここまで下手に出られると、対応がとても難しくなります。
間違った対応をしてしまうと、せっかく同盟が成ったフェラーリ侯爵家を離反させてしまうかもしれません。
我が家だけが生き延びるのなら、それでも何の問題もありません。
レイヴンズワース王国がどれほどの大軍が攻め込んできても、カーショウ山脈を越えてマリーニ侯爵領に攻め込むことはできません。
カーショウ山脈北麓に領地を持つ南部貴族を守り切る事はできないでしょう。
ですが、南部貴族と領民はカーショウ山脈南麓に移住させればいいだけです。
急斜面の痩せた土地ですが、麦やじゃかいもなら育ちます。
ただ、多少は胸が痛みます。
他の地に住む民を見殺しにする事になります。
その気になれば助けられる民を見殺しにするのは、私の不完全な良心でも堪えるモノがあるのです。
「随分と下手に出てくださっていますが、あまりにも遅すぎます。
今頃来られても、悪いと思って詫びに来たのではなく、危うくなったから、生き残るために詫びるふりをしに来ている。
そう思われても仕方がないと思われませんか?」
「そう思われても仕方がないくらい王家は追い詰められている。
だが、ダンテが愚かな言動をしたその日の内に、特使を派遣して詫びさせてもらっている。
陛下もその日の内に微行して詫びさせてもらう心算だったのだ。
だが、あまりの衝撃に倒れられてしまわれたのだ……」
「その言葉を信じられればよかったのですが、とても信じられませんわ。
私とダンテとの婚約は、王家が平身低頭して決まったもの。
それなのに、ダンテに碌な教育もせず、あのような言動をさせた。
最初から我が家に恥をかかせるために行われた芝居。
王が倒れたというのも、また我が家を騙すための芝居。
そう思われても仕方ありませんわね?」
「エレナ嬢の申される通りだ。
王家の言う事など何も信じられない。
全て騙すための芝居だと思われて当然だ。
だから私が人質になる。
直ぐにダンテも送ってもらう。
それで何とかは話だけでも聞いてもらえないだろう?
王に直接詫びる機会だけでも与えてもらえないだろうか?」
最初からずっと詫び続けています。
少しでも言い返してくれればやり易かったのですが……
人質になるとまでで言われては、1度は受け入れるしかないですね。
ダンテを殺してもよくて、エンツォの生死もこちらの自由。
これではアンゼルモ王家の存亡を預けられた事になります。
キリバス教が力を持つまでは庶子にも継承権がりましたが、今では正室が産んだ子にしか継承権がありません。
王家にはまだビアンカ、サーラ、ノエーミの3姉妹がいますから、王位の継承自体に問題はありませんが、男系が絶えてしまうので王朝が変わってしまいます。
アンゼルモ・ウィッリウス王朝から、女王の配偶者が新たな王朝を開いた事に成ってしまうのです。
王家にここまでの譲歩をされてしまうと、こちらも誠意をもって対応するしかありません。
我が家が単なる貴族家なら、どれほど譲歩されても突っぱねる事ができます。
ですが我が家は交易を主体にする商人貴族家なのです。
信義に反するような事をすると、今後の交易に悪影響を及ぼします。
悪意には同じ悪意を返しても許されます。
殴られたら殴り返さなければなりません。
むしろそうしなければ、一方的に不利な条件を押し付けられます。
ですが、誠意をもって交易する相手を騙すような事をしたら、その相手からは利を得られても、他の交易相手からの信用を失ってしまいます。
信用での交易ができなくなり、全ての支払いを前払いでしなければいけなくなり、交易量が激減する事でしょう。
特に王侯貴族相手の交易がやり難くなります。
最初の原因が何であろうと、誠心誠意詫びている王家を見殺しにするような貴族を、王の座にいる者は危険視して排除しようとするでしょう。
「分かりました、そこまで言ってくださるのでしたら、殿下の入城だけは認めさせていただきます。
ですが、配下の方々には今直ぐ王都に戻っていただきます。
王国騎士団が城外に野営していると、安心して眠る事もできなくなります」
「分かった、騎士団は直ぐに王都に戻すから、少し待ってくれ」
「エレナお嬢様、よく決断なされました」
常に私の側にいて、何かあれば助言してくれる王都宰相が褒めてくれます。
「これくらいの判断はできますよ」
「いえ、勢いがついてしまうと、なかなか止まれないものでございます。
ましてこれまで行ってきた事を無にする決断をするのは、至難の業でございます。
エレナお嬢様の決断はとてもご立派です」
「止まる気も後戻りする気もないわ。
後戻りした先で利を手にしなければ、見た目は損をした状況になってしまいます。
父上や兄上達なら、私が大きな損を防いだと分かってくださいますが、寄子貴族や西部貴族は、私が日和ったと思うでしょう」
「そうでございますね。
連中に我が家の特殊性を理解しろと言っても無理でございます。
ですが、エレナお嬢様なら、王家を許しても大きな利を手にされる。
そう信じております」
「褒めても何も出ないわよ。
殿下をお迎えする準備は任せるわ」
「御意」
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