第11話:南部貴族と西部貴族

メストン王国暦385年4月26日:マリーニ侯爵領カーショウ山脈北山麓軍城


 私の前には全ての南部貴族が集まっています。

 マリーニ侯爵代理として、彼らを守らなければいけません。


「これからは何時王家の軍勢が攻め込んで来るか分かりません。

 城を守り切れないと思われるのでしたら、領民を連れてここに避難されてもよろしいですわよ」


「「「「「ありがたき幸せでございます」」」」」


「私も南部貴族でございます。

 1度も戦うことなく逃げる訳にはいきません」


「さよう、南部貴族の誇りと意地を王家の者共に見せつけてやります」


「エレナお嬢様、領民だけは避難させて頂けないでしょうか?

 貴族の誇りと意地のために、民を犠牲にしたくないのです」


 私が軍城に戻ったのを知って、全ての南部貴族達が挨拶に来てくれたのです。

 中には東部から戻る時に城に泊めてもらった貴族もいるのですが、改めて挨拶に来てくれたのです。


 私が軍を率いて王国内を一周したからです。

 それも、追う王国軍を翻弄しつつ、アリギエーリ侯爵を負かし、フェラーリ侯爵家とは同盟し、フェレスタ侯爵家には決別宣言を叩きつけました。


 西部を任せた家臣達が、レイヴンズワース王国軍を撃退したのも大きいです。

 女であろうと、軍功を立てた貴族はとても尊敬されるのです。


「よくぞ申されました。

 民を大切にするのは貴族の責務です。

 必ず守ると約束しますので、安心してこちらに来させてください。

 他の方々も同じですよ。

 戦いに巻き込みたくない者がいるのなら、全員預かります」


「「「「「ありがたき幸せでございます」」」」」


 寄子貴族達からの挨拶を終えたら、慰労の舞踏会までには時間があります。

 私がいない間に起きた事は、軍城に戻ってからの2日間で、口頭の報告は受けていますが、書面にした正式な報告書にサインをしなければいけません。


 私が王都にいた間は、軍城の代官がここの最高責任者でした。

 代官がサインして領都の居られる父上と、王都にいる私に報告を送ればよかったのですが、今は違います。


 領主である父上が、代官を私の上に置くか、私を別の命令系統に組み込まない限り、指揮官継承順位に従わなければいけません。


 今の軍城の指揮継承順位は、領主一族である私が1位です。

 王都家宰が2位にきて、マリーニ侯爵家王都騎士団団長が3位で、王都騎士隊長たちが次に並び、その下に代官が置かれる事になります。


 これではずっと軍城を守ってくれて来た、代官や守備隊のプライドが傷つけられてしまいます。


 心の問題だけでなく、軍城の事をよく知らない王都から来た者が、訳も分からずに指揮を執らなければいけなくなります。


 そこで私は組織を分ける事にしました。

 私と王都家宰は仕方がありませんが、王都騎士団は遊撃部隊としました。

 これで軍城の代官はナンバー3になります。


 ただ、私と王都家宰が戦死したり軍城を離れたりしたら別です。

 王都騎士団が軍城に残っていたら、団長や隊長がナンバー1となります。


 王都騎士団の幹部達も、軍城の指揮を任される可能性を考えているのでしょう。

 一生懸命軍城の長所短所、守備隊員の能力と性格を覚えています。


 これは何も私や王都家宰の戦死を考えている訳ではありません。

 私が領城に戻るか王都に攻め上るかのどちらかだと考えているのです。


「エレナお嬢様、また王都から特使が参っております」


「いつも通り、門前払いしてください。

 もう王家や王国と話し合う時期は過ぎました」


「承りました」


 王家は私が留守の間もしつこく特使を派遣していました。

 エンツォ第2王子も直々に来たそうです。

 それどころか、私を追って西部にまで行ったそうです。


 そこで戦争に巻き込まれて死にかけたというのですから、愚かとしか言いようがありません。


 王侯貴族には、家臣領民を守る責任があるのです。

 それなのに、予期しない戦争に巻き込まれるなどありえません。

 常に周囲に気を配り、あらゆる事態を予測して準備しておくのが王侯貴族です。


 そう言う意味では、メストン王国の全ての王侯貴族が愚かと言えます。

 彼らはダンテ王子の愚かさを調べていませんでした。

 だからこのような事態になったのです。


 調べていれば、他の王子か王女を擁立しています。

 そこまでやらなくても、女遊びを厳しく注意していました。

 まあ、あのダンテなら、どれほど言われても女遊びを止めなかったでしょうが。


「お嬢様、西部のラッセル男爵からまた詫び状が届いております」


「気にする必要はりませんと手紙を送っているのに、気弱な事」


「今の西部貴族は、お嬢様をことのほか恐れております。

 ダンテの件でお嬢様に敵対するような事になった貴族や令嬢方は、戦々恐々とされているのです」


「そんなに気が弱くては、次にレイヴンズワース王国が侵攻してきた時に、全く当てにできないかもしれません。

 潰すと他の西部貴族の心が離れてしまいますから、何とかしなければいけないのですが、憶病者の気持ちがよく分からないのです。

 何か好い方法はありませんか?」


 私は、困った時には何でも王都家宰に聞く事にしています。

 長年我が家に仕えてくれているので、大抵の事は若い頃に経験しています。

 経験した事がないような珍しい現象でも、事前に勉強してくれています。


「私も憶病者の気持ちはよく分かりませんが、長年憶病な者達をみてきました。

 彼らは地位と領地、お金を失いたくないと思っているのでしょう。

 お嬢様が侯爵閣下の代理として、領地安堵の書状を送って差し上げれば、安心されるかと思われます」


「私を試しているの?」


「はい」


「何時までも厳しいわね」


「おいたわしい事でございますが、公爵家の直系にお生まれになられたお嬢様は、お亡くなりになられるまで試され続けるのでございます」


「分かっているわ。

 ダンテのようにはならないし、アリギエーリ侯爵のような失敗もしないわ。

 ラッセル男爵には、次のレイヴンズワース王国との戦いで軍功をあげたら、父上に領地安堵を推薦すると書いて送るわ」


「臣もそれがよいと思います」


「それと、父上にも手紙を書くわ」


「何と書かれるのでしょうか?

 教えていただければ、助言ができるかもしれません」


「以前にお願いしていた援軍の件だけれど、できれば騎兵を増やしてもらいたいの。

 人を増やすのが無理なら、馬だけでも送って欲しいの」


「機動戦をなされるお心算ですか?」


「ええ、フェラーリ侯爵家とは友好関係を結べました。

 万が一王家がフェラーリ侯爵家を討伐しようとしたら、急いで背後を突かなければなりません。

 それに、フェレスタ侯爵家が管理する魔の森には、思っていた以上に家畜のえさになる植物が生えています。

 フェレスタ侯爵家は敵対してくれましたから、潰して魔の森を我が家の支配下に置ければ、大量の家畜を飼う事ができます」


「それは良き案でございます。

 臣からも侯爵閣下に賛成の書状を送らせていただきます」

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