第10話:エンツォ第2王子サイド:愕然

メストン王国暦385年4月25日:フェレスタ侯爵領・領都・領城会議室


「私はアンゼルモ王家第2王子のエンツォだ。

 エレナ嬢に詫びる為に後を追っている。

 エレナ嬢とビアンカ姉上について話が聞きたい。

 開門してくれ」


 半狂乱のビアンカ姉上を保護した私は、フェラーリ侯爵に話を聞こうとしたのだが、全く相手にしてもらえなかった。


「亡国の王家と話し合う事など何もない。

 特に、降嫁しておきながらいつまでも王女風を吹かすばかりか、このような時に嫁ぎ先を巻き込んで王位を狙おうとする、愚か者の話などしたくもない。

 これは離縁状だ、子供もまともに育てられない愚王の所に持って帰れ!

 カルメンが天国で泣いておるわ、情けない!」


 実の伯父にそこまで言われてしまったら、内心に沸き起こった多少の苛立ちは飲み込むしかなかった。


 幼い頃に母親を亡くした姪を長男の嫁にもらったのだから、多少の事は目をつぶってもいいだろうと思う気持ちは、身勝手な兄と同じだと理解できた。


 兄の事を愚かだと思っていた私にも、身勝手な部分があった。

 自分に甘く他人に厳しい所があったと思い知らされた。


 伯父から見れば、妹の子供よりも自分の子供の方が可愛くて当然だ。

 嫡男や嫡孫を、血で血を洗う王位継承争いに巻き込む嫁など、いくら姪でも絶対に許せないだろう。


 4大侯爵家の当主としての立場でも、ビアンカ姉上は絶対に許せないだろう。

 王家を支えてきた4大侯爵家体制を破壊したのは王家だ。

 その所為でレイヴンズワース王国が侵攻してきたのだ。


 しかも、そのレイヴンズワース王国軍を撃退したのはエレナ嬢の家臣だ。

 寄り親だったアリギエーリ侯爵家は壊滅したも同然だ。


 長男のエンリコは生き残っているが、嫁に迎えた第二王女のサーラ姉上を護るために、領地を離れて王都に疎開していた。

 これが最悪の行動となってしまった。


 アリギエーリ侯爵が健在で、寄子を指揮してレイヴンズワース王国軍を撃退していたら、何の問題にもなっていなかっただろう。


 だが今の状況では、寄子よりも、騎士の名誉よりも、嫁を優先した、惰弱で卑怯な、騎士の風上にも置けない憶病者の烙印を押されている。


 エレナ嬢の家臣が西部貴族を指揮して何とか撃退したが、何時またレイヴンズワース王国軍が侵攻して来るか分からないのだ。


 この状況で、婚家を巻き込んで王国を割る王位継承争いを始めようとした嫁。

 それがビアンカ姉上だ。

 子供を取り上げられて追い出されても文句は言えない。


 ダンテの姉上の弟である私が何を言っても無駄なのだ。

 私にできた事は、姉上を護ってフェレスタ侯爵領に行く事だけだった。


 弟としては、半狂乱の姉上を直ぐにでも王城に連れて帰りたい。

 だがそれでは、私利私欲を優先して国を傾けたダンテや、傾けかけた姉上と同じになってしまう。


 断腸の思いで、姉上を連れてフェレスタ侯爵領に向かったのだが、半狂乱の姉上を、馬車も何もない状態で連れて行くのは大変だった。

 騎士団だけで急いで進むよりも多くの日数を要してしまった。


「開門だ、開門しろ。

 私はアンゼルモ王家第2王子のエンツォだ。

 姉のビアンカ第1王女も一緒だ。

 エレナ嬢はまだここに居られるのか?」


 固く閉ざされた領都城門の外から大声で開門を要求した。

 私が訪問すると先触れの騎士を先行させているのに、城門が絞められたままだ。

 フェラーリ侯爵領での悪夢が蘇る。


「ビアンカ第1王女がご一緒とは、どういう事ですか?!

 フェラーリ侯爵家を離縁されたビアンカ王女は、護衛騎士達に護られて王城に向かわれたのではないのですか?」


 まさかとは思っていたが、もう全て伝わっていた。

 ダンテの愚行だけでなく、姉上の愚行まで広まってしまっている。

 地に落ちたと思っていた王家の威信は、地下奥深くまでめり込んでしまっていた。


「姉弟に情として、心に傷を受けた姉上を放り出す訳にはいかない。

 だが、王家の者としては、姉を王城に送り届けたいという、私情を優先する訳にもいかない。

 だからここに同行させてもらった。

 エレナ嬢の事だけでなく、他の事も色々と話し合いたい。

 城門を開けてくれ!」


「エレナ嬢の言っていた事は本当だった! 

 国家存亡の緊急時に、エレナ嬢に対する詫びよりも姉の安全を優先した?

 王家を信じていた私が愚かであった!

 愚かな私の所為で地獄を見る家臣に申し訳がない!」


 結局ここでも俺は私利私欲を優先してしまっていたのだ。

 本当に国の事を思うのなら、姉上を切り捨てて先に行くべきだった。

 そうすればエレナ嬢に追いつけていたのだ。


 何も姉上を見殺しにするわけではない。

 姉上には強力な護衛騎士と忠誠心豊かな侍女達がついていたのだ。


 比較的安全を保っている、フェラーリ侯爵領と王都を結ぶ街道なら、何の問題もなく王城に帰れただろう。


「私や王家の愚かさはこの通り、詫びさせていただく。

 エレナ嬢にも命を賭けて詫びさせていただく。

 だから王家と王国にお力添え願いたい。

 エレナ嬢とマリーニ侯爵に詫びを入れる際には、御口添え願いたい」


「……これ以上王家に肩入れしたら、寄子貴族や家臣に叛乱されてしまう。

 それでなくても寄親を変えると言われているのだ。

 もうエレナ嬢には許してもらえないだろうが、できる限り家臣と民が生き延びられる道を探さなければならない。

 私は本日只今、王家王国との断交を宣言する。

 今日中に領内から立ち去らなかったら、家臣を率いてその首貰い受ける!」


 ダンテの愚行でマリーニ侯爵家を王家から離反させた。

 姉上の愚行でフェラーリ侯爵を王家から離反させた。

 今度は私の愚行でフェレスタ侯爵を王家から離反させてしまった。


 王家の人間は馬鹿ばかりなのか?!

 ここまできたら、死んで詫びるしかないのか?

 だが、どうせ死ぬなら、エレナ嬢の前で死んで誠意を見せるしかない。


「分かった、今日中に領内から出て行こう。

 ただ、エレナ嬢の行き先を知っているのなら教えて欲しい。

 命を捨ててでも詫びなければならないのだ」


「黙れ、もう騙されんぞ!

 本当に命懸けで詫びる気なら、騎士団など率いる必要はない。

 エレナ嬢が言っていた通り、詫びるふりをして殺す気だろう!」


 そこまで信用されていなかったのか。

 詫びると言う言葉さえ疑われていたのか。

 もう王家には生き残る方法が何も残されていないのか?

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