第9話:交渉

メストン王国暦385年4月19日:フェレスタ侯爵領・領都・領城会議室


 私は正々堂々とフェレスタ侯爵領に乗り込みました。

 私は被害者であって加害者ではないのです。

 屋敷で小さくなっている必要も責任もないのです。


 その事はフェレスタ侯爵も理解してくれていました。

 だから何の問題も制限もなく、賓客として領城に迎え入れてくれました。

 急遽舞踏会を開いてくれたのは、その方が腹を割った話ができるからでしょう。


「今回の件、全ての原因と責任はダンテ王子にあるのは分かっている。

 エレナ嬢とマリーニ侯爵家に何の責任もないのも分かっている。

 王家がダンテを廃嫡にしたようだが、それで許すかどうかを決めるのは、王家ではなくエレナ嬢とマリーニ侯爵家なのも理解している。

 だが、我が家にも我が家の事情がある」


「それは私も父上も分かっています。

 先代王の王妃はフェレスタ侯爵家から出ていましたね。

 現国王のパオロの母親ですわよね」


「エレナ嬢、仮にも1国の王を呼び捨てにするのは止めてもらおうか」


「あれ、私とマリーニ侯爵家の事情は理解して下さっているのですよね?

 なら、呼び捨てにしかできない心境と事情も分かってくださっていますよね?」


「それでも、私は国王陛下の臣下だ。

 臣下として主君が呼び捨てにされるのは看過できない。

 エレナ嬢ならそれくらいの配慮はしてくれるだろう?

 それに、ダンテの出来損ないとは違って、陛下は頑張っていた。

 従兄が辛い仕事に頑張っていたら、少々の失敗は見過ごしてやりたくなるのが人情ではないのかな?」


「庶民なら人情で許されるでしょうが、寄子貴族、家臣、領民の命と生活を預かる大貴族としては、許されない事だと教えられて育ちました」


「……マリーニ侯爵は親としても領主としても立派な方だな」


「閣下もご立派ですよ。

 嫁の父親を叩きのめした私を、寛大な心で迎え入れてくださいました」


「嫌味な言い方は止めてもらおうか。

 先ほども言ったように、学園での事も王都王城でのことも、私の耳に入っている。

 当然アリギエーリ侯爵領でのことも、レイヴンズワース王国の侵攻軍を撃退した事も知っている」


「あら、レイヴンズワース王国の侵攻軍を打ち破った事は知りませんでしたわ。

 詳しい話しをお聞かせ願えませんか?」


「ほう、これは意外だったな。

 もうとっくに報告を受けているモノだと思っていたのだが?」


「私達は王家の勢力圏には近づかないようにしています。

 王家の放つであろう軍や刺客に見つからないようにしているのです。

 仕方がない事ですが、家の伝令とも会えないのです」


「……王家が追討軍や刺客を放つと本気で思っているのか?」


「放たないと思う方が、どうかしているとは思いませんか?

 現にエンツォが騎士団を率いて追ってきているのでしょう?」


「あれは、エレナ嬢とマリーニ侯爵に詫びる為だ」


「詫びに来るのに、1個騎士団1000兵もの兵力が必要ですか?

 どう考えても、会うと言っておいて首を狙っているとしか思えません。

 そもそも、本気で詫びる気なら、ダンテの首は即日刎ねるべきでしょう。

 それを幽閉でとどめているのは、私を殺した後で許す気だからです」


「いや、それは、エレナ嬢が決闘を申し込んでいたから、勝手に殺してはいけないと考えたからだと聞いている」


「そのような言い訳を本気で信じているのですか?」


「国王陛下は平気で嘘の付けるような人ではない」


「それが従兄弟の欲目だと分かっておられます?」


「私の目が曇っているとでも言いたいのか?!」


「はい、曇り過ぎていて、家臣領民を道連れに滅びてしまうくらいです」


「どこがどう曇っていると言うのだ?!」


「そもそも、ダンテ王子が強引に側近入りさせたルイージが、4大侯爵家排斥派のシルキン宮中伯の嫡男だったことに、何の疑惑も感じなかったのですか?」


「それは単なる偶然であろう」


「愚かですね」


「なんだと?!」


「単なる偶然で、国王や側近が議論を重ねに重ねて決めたダンテ王子の側近に、無理矢理入って許されると思っているのですか?

 王が暗黙の了解をしていなければ、即日排斥されていますよ」


「……それで、それだけか、だったら些細な事だ」


「4大侯爵家排斥派のシルキン宮中伯が汚職を重ねているのに、財務大臣から罷免されることなく重用されていたのは、汚職自体が王に命じられた事だからです」


「どういう事だ?!」


「4大侯爵家を排斥するには、莫大な資金が必要です。

 その資金を国家予算から引き出すのが、シルキン財務大臣の役目だった」


「国王陛下が我らを排斥しようとしていたと言いたいのか?!

 全て単なる偶然だ!」


「王も王族も宰相も他の大臣も、全員シルキン財務大臣の汚職に気がつかなかった。

 それが本当なら、単なる無能とは言えない、大馬鹿しかいない王家と廷臣ですね。

 そんな言い訳を信じている貴男もね!」


「……確かに無能と罵られても仕方がないが、悪意があった訳では……」


「そうですか、何の悪意もなかった?

 全てを知るシルキン財務大臣だけでなく、ダンテを誘惑したヴィオラの父親、コクラン男爵も捕らえられることなく王都から逃がした。

 いえ、わざと逃がしたのです。

 これは話されては困る事があるからでしょう!」


「いや、それも王や廷臣が無能なだけで……」


「証拠隠滅や証人を逃がした事は全て無能で済ませればいいなんて、とても楽ですし、どのような犯罪も恥ずべき行為もやり放題ですわね。

 ここまできて本当によかった。

 救いの手を差し伸べる相手と、見殺しにした方が人々のためになる相手の見極めができましたわ」


「我が家は、フェレスタ侯爵家は救う価値がないと言いたいのか?!」


「王侯貴族ならば、己の言動に責任を持つものです。

 フェレスタ侯爵が私に言われた言葉は、そのまま東部貴族、家臣、領民の未来につながるのは当然の事ではありませんか。

 嫡男の嫁をアリギエーリ侯爵家から迎えたフェレスタ侯爵家は、アリギエーリ侯爵家と同じように、シルキン財務大臣の逃亡に手を貸していた。

 我が家の次は自分達だとも理解できていない馬鹿。

 私はそう感じましたし、今後はそのつもりで行動します」

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