●妹チリルの予知夢

「なんだ、チリルじゃねえか。驚かすな……。てっきり本局のフェアリーじいさんかと思ったぜ。せっかく顔見せてくれてわりいんだが、あいにく今、にいちゃん手が離せねえんだ。急ぎじゃねえなら、またにしてくれねえか」

チリビンはそう言い終わると、一方的にスイッチを切ろうとした。

「ちょっと待ってよ。それがたった1人の肉親の、この双児の妹に言うセリフなの? せっかく心配して連絡してあげたのに……」

チリルの思わせぶりな言い回しに、チリビンはリモコンを床に置き問い返した。

「なんでえ。その心配ってのは」

「ちょっとね……いや〜な夢見ちゃったの。でも、言っていいの?

おにいちゃん忙しいんでしょ。じゃましちゃ悪いし……。またにするね」

今度はチリルが回線を切ろうとした。

「まて、まて、まて! 気になるじゃねえか。途中でやめるな!

もう忙しいなんて言わねえから、たのむ。教えてくれ」

チリビンは床にひれふしてそう言った。

なぜチリビンが、これほどまでの反応をするのかといえば………。

その理由はチリルの能力にあった。

2卵生双生児の妹チリルには、生まれながらに幾つかの特殊能力がそなわっていた。

その一つが予知夢。

夢の内容にもよるが、およそ1光年先の未来まで夢に見ることがある。そしてその夢は、必ず現実のものとなるのだ。


チリルは表情を変えずに、ゆっくりと話し始めた。

「おにいちゃん……。あたし赤虻見かけたんだ。あ、これは夢じゃなくて実際になんだけど。ほら、今あたしのいるサーカス団が全宇宙ツアーの最中でしょ。ちょうどその移動中にミオスのそば通ったら、赤虻の大群がUターンミサイル追い掛けていくのが見えたの。なんとなく嫌な予感がしてミサイルのナンバーを確認したわ。……No.5353『ああ、やっぱりおにいちゃんリセット始めたんだ』って思ったわ。それも赤虻よぶなんて、よっぽど厳しい状態なんだなって……。なにしろあの子たちは、切り札みたいなものでしょ。おにいちゃんが一番頼りにしてる精鋭部隊だもの。念のため一応本局にも確認したわ。

ギャーベッジに直接ね」

チリビンは、なかなか本題に入らないチリルにしびれをきらした。

「何か? おまえは、またオレの仕事に文句言いにきたのか。そんなこたぁ…どうでもいいから。夢の話を聞かせてくれ」

「わかったわ。じゃあ夢の話をするけど。その前になんでこんな話したかだけ。聞いてよ」

しぶしぶうなづくチリビンを確認して、チリルは続けた。

「……今回の夢は、おいにいちゃんの仕事と、大きく関わっているからなの。あたしがリセットに反対なのは今は置いといて、いつものようにただ反論するんじゃなくて、これはあくまで夢に従って忠告するんだからね」

と、念を押すチリルにチリビンは黙ってうなづいた。

「それで……」と、チリビンは先を促した。

「まず見えたのは、青い惑星。豊かな水を抱き、優しい空気に包まれた美しい星だわ。……そう、おにいちゃんがリセットしようとしてる太陽系第3惑星【地球】の姿。でもそれは今の姿じゃないの。今から40億年くらい前の、まだライフ・リーダーどころか恐竜すらいない、生まれ立ての星。そこへ一筋の灰色の尾を引いて、醜い塊が舞い降りたの。……その正体は、かの大王キシンが遣わした滅びの化身〔ナイナイカブリ〕」

その言葉を聞き、思わずチリビンが口走った。

「な、なんだって! 大王キシンにナイナイカブリだって。そうか、それでリセット指数2000なんてことに……」

「いいから! 黙って聞いて。これからが大事な所なの」

いったんチリビンの興奮を征すると、チリルは夢の続きを語り始めた。

「でも、ナイナイカブリはこの星【地球】を滅ぼすために、遣わされたんじゃかった。ここんとこ微妙なんだけど……しいて言えば、試すため……かな。色々調べてたし……あのようすから察するところ、何者かの移住地を検証してるみたいだった。………とにかくキシンが絡んでいる以上このリセット、おにいちゃんの手には負えないわ」

「なに言ってやがんでえ。おにいちゃんは誰にも負けねえ。たとえそれが大王キシンだろうが、ナイナイカブリだろうが……。いまさら本局に泣きいれるなんて言えねえし、何よりリセットはオレの天命だからな、オレに不可能はねえんだよ。忠告はありがてえが、もう舟は走り始めちまったんだよ」

息を荒げ始めたチリビン。

それを落ち着かせるように、少しゆっくりとチリルは答えた。

「今、おにいちゃんとリセット論議をすりつもりはないわ。それについてはいつも平行線……。時間の無駄よ。それにこれは忠告なんかじゃないわ。あたしの夢はいつだって現実……そんなことおにいちゃんだって分かってるでしょ。あたしがこの件から手を引いてほしいって言ってるのは、もっと恐ろしい夢の続きがあるからなの」

ゴクリとつばを呑み込み、チリビンは緊張した声で言った。

「な、何でえ。その続きってのは」

「おにいちゃんのことだから、もうとっくに調べてると思うけど。【地球】のライフ・リーダーは最初は恐竜だった。その恐竜誕生の元になったアミノ酸をこの惑星にばらまいたのは、そもそも大王キシンなの。アメーバーからクラゲへ、そしてウニから魚類やがて両生類に進化して最初の恐竜が生まれるまでにおよそ16億5000万年。……その長い間ナイナイカブリはキシンの指示で、アミノ酸が恐竜に進化するように手助けしていたのよ。もちろん遺伝子操作とかで、直接進化に関わったわけじゃないけど、恐竜が生まれやすいように天敵を抹殺したり食料となる生物を量産したりして、意図的に進化の軸をねじ曲げたのよ」

「ちょっとまて、キシンのやろうはなんでまた恐竜の誕生なんかにこだわったんでえ。凶暴なだけで知的進化なんか期待できねえしろものだぜ……」

チリビンの疑問にチリルは即答した。

「キシンは別に優秀な種族を育てたかったんじゃないわ。

むしろ凶暴で力強く手なずけやすい下等動物が欲しかったのよ。

……彼の野望、全銀河征服の侵略部隊の兵力としてね」

「だが、恐竜は絶滅しちまったじゃねえか」

「そう……、キシンの思い通りに恐竜は進化してくれなかった……。

凶暴になりすぎて、彼の調教力じゃコントロールできなくなっちゃったわけ。

おにいちゃんなら、できたかもしれないけど」

先回りしてチリビンが言った。

「それで、絶滅させたって……か?」 うなづくチリル。

チリビンはさらに激怒した。

「なんて勝手なやろうだ。ますます許せねえ。こうなったら徹底抗戦だ」

チリビンはチリルの思惑とは逆に、どんどんテンションを上げてゆく。

でもチリルはこんな兄の性格は百も承知で、かまわず話を続けた。

「恐竜に失敗したキシンは、次に現ライフ・リーダー〔人間〕の時代へと悪魔の進化を誘導しはじめたのよ。今度は恐竜の時の失敗をふまえ、高度な知能を持ちながらかつコントロールしやすい種の育成を試みた……ってわけ」

「だけど〔人間〕は、かなりの高等生物だぜ。とてもコントロールなんてできねえだろ。それに、恐竜にくらべたら比較にならないほど貧弱だぜ。寿命も短すぎる。たかだか7〜80年だろ。……どう考えたって戦闘向きじゃねえよ」

チリルは指を横に降り、それを否定した。

「そこはさすがキシン……。ちゃんと考えてたわ。〔人間〕は意思が弱いのよ。その弱点をつけば意外にコントロールしやすいし、なにより今度は〔人間〕そのものを、戦力と思って育てていたわけじゃないの。彼が目をつけたのはその高い知能が生み出す科学兵器の数々。それさえ手に入れば〔人間〕という種なんてどうでもいいってわけよ。……【地球】自体の環境もね。だから、やばくなってきたらまた滅ぼせばいいってくらいにしか考えてないのよ。」

「ひでえ……」

チリビンの口からは、もうそれしか出てこなかった。

その反応に同調するようにチリルは話を続けた。

「あたしの夢は、最後に高笑いするキシンのドアップで終わったわ。今思い出してもおぞましい……つくづく醜い赤ら顔だわ。そしてその右手には、ボロボロになったおにいちゃんのジェットブラシが握られてたの。

決定的でしょ……。どうしてあたしがこのリセットに反対なのか。分かってもらえた?」

チリビンは怒りで、小刻みに口元を震わせていた。

もはや大王キシンは、チリビン一個人にとどまらず、全リセッターを敵に回したようなものだった。

「これは、俺達リセッターに対する、宣戦布告だ!

リセッターのプライドにかけても受けてたってやるぜ」

チリビンの怒りは頂点に達していた。

「あ〜あ。やっぱり逆効果だったわね」

チリルは両手のひらを天にかざし、お手上げのポーズを決めた。

「わかったわ、あたしの負けよ。こうなっちゃったら、おにいちゃん……テコでも意見を曲げないもんね。実はあたし……この夢の話し、おにいちゃんにしようかどうか、けっこう悩んでたの。きっとよけいあおっちゃうんじゃないかって不安と、もしかしたら止められるんじゃないか、って希望が交錯して……。でも、残念ながらあたしの望みはかなわなかった……。出た目は悪い方になっちゃったけど、ある意味予想通りの展開だわ。こうなった時のために、あたしも一大決心をしてきたの。手伝うよ……このリセット」

突然のチリルの協力宣言。

どぎもを抜かれたチリビンは、テンションの照準をチリルに変更した。

「な、なに言ってやがる。危険だから手を引けって言ってたやさきに、180度転換してこんどは協力するだと!? なに考えてやがんでえ」

「とにかく、あたしはおにいちゃんが手を引かなかった場合は協力するって決めてたの。サーカス団にだって長期休暇の予告もしてきたし、今度はおにいちゃんが、あたしの言うことを聞く番よ!」

もはや一歩も引こうとしない、厳しい表情でキッパリ言い切った。

まさに似たもの兄妹とは、このことか……。

生まれたころから、意地の張り合いでは互いに譲らなかった。

まさに膠着状態……。

この状態が長く続くと、終いにはチリルが泣き出す。

そうなったらたまらない。もう誰にもなだめることは不可能だった。

ある意味、大王キシンより始末に負えない。

兄であるチリビンは、誰よりもその恐ろしさを良〜く知っていた。

『もはや引き下がるのしかない』

そう思ったチリビンは、しぶしぶチリルの協力を承諾した。

「わかったよ、てつだいてえなら勝手にしな。ただしにいちゃんのやり方に従ってもらうぜ。こう見えても にいちゃんはプロだからな。素人に口出しされちゃたまらねえ」

チリルは素直にうなづき答えた。

「そこんとこは了解するわ。だけど、せっかく手助けするんだから、あたしの能力も有効に使ってね。おにいちゃんなら言わなくても全部しってるでしょ。まあ、こんなこと気休めにしかならないけど、最後にキシンが持ってたのはジェットブラシだけだから、ひょっとしたらおにいちゃんは無事なのかもね」

チリルは兄を気づかい、そんな言葉を付け加えた。

「ところでチリル。この件はギャーベッジには知られていないだろうな」

「もちろんよ。もともとキシンとは犬猿の仲だし、下手に動かれたらおんいちゃんの仕事がしづらくなるでしょ……。だから黙っといたわ」

「まあ…その判断は懸命だ。本来なら報告して、さらに特別手当てを要求したいとこだが、本局に知られちゃ何かとやりずれえ…。それはともかくお前はいつこっちへ来るんだ。サーカス団にはちゃんと断ってくるんだぞ。にいちゃんは準備にもう2〜3日かかるし、どっちにしたって赤虻を待ってなきゃなんねえから、しばらくはこの空域に留まるつもりだ」

「わかったわ。赤虻が到着するまでには、そっちに合流できるようにするわ。じゃまたその時ね」


ヴォン!!


という音とともに、宇宙TV電話の回線が切れた。

チリビンはチリルの夢の話を、しばらく頭の中で整理してみた。

『大王キシンが直接現場に関与してねえにしても、ナイナイカブリをどうにかしねえことにゃ、リセットどころじゃねえな……。もっと強力な助っ人が必要だな。やはりこりゃあヤミ・レオンを呼び寄せるしかねえか……」


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ホシみがき ムト★ピカ @mutopika

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