●最後の清掃員・ラストリセッター

「手の空いているヤツはおらんのか!」

ドクター・ギャーベッジは鼻の頭を真っ赤に紅潮させ、広い構内いっぱいに響きわたる罵声を上げた。

その鼻先で、せわしなく羽根をふるわせながら、初老のフェアリー(妖精)が答えた。

「現在、宇宙清掃員は星雲10個に1名あたりの配属が精一杯でして……。慢性的な人員不足は、ここのところ何世紀も続いております。……これ以上の激務を課せれば、おのずとトラブルやミスを誘発する結果になるでしょう」

「そんなことは百も承知じゃ! 落ちこぼれでも予備軍でも見習いでも、何でもかまわん。少しでも余裕のありそうなヤツに指令を下せ。事態は深刻じゃ……、もはや一刻の有余もできん」

ギャーベッジの荒げた鼻息で吹き飛ばされそうになりながら、フェアリーはしぶしぶうなづいた。

フェアリーはヨタヨタと低空飛行をして、宇宙清掃局のメインコンピュータルームに入った。年老いたおぼつかない仕種で検索を開始する……。何万人にも及ぶ清掃員のリストが、目の前の巨大モニタに映し出された。

案の定そのほとんどが、可動率150%を軽く越えている。

「暇なヤツなど、おるわけがなかろう……」

ポインタを下にずらしながら、なかば諦めかけた時。

一瞬キーを押す指が止まった。

「オッ! こいつは……。隊員ナンバー:5353/氏名:チリビン・カスケッタ/可動率170%……。だがそのうち80%がザダム彗星軌道回避業務か……。これはたしか200年のレンジで作業中のはず。と言うことは100年は後回しにできる。されば可動率90%に抑えられるぞ。よし! こいつが適任だ」

フェアリーは早速チリビンに業務変更指令を送った。

青白く長い閃光の尾を引きながら、藍色の海を光速で突き進むザダム彗星。

チリビンは、ジェットブラシにまたがりその軌跡を追走していた。

射程距離を維持しながら、彗星の核にハイパービームを放射し軌道調節に専念していた。

とその時、彼のまたがるジェットブラシがバイブレーションをおこした。

それは本局からのメッセージを受信した合図だった。

「チッ! なんだ、この忙しい時に」

チリビンは真紅のマントをひるがえし、内ポケットのマイク通信機のスイッチを入れた。

ヘッドギアをかぶり、マウスピースをインカムモードに切りかえた。


ザザーーーーーー


という雑音とともに、本局のフェアリーからのメッセージが流れた。

[5353:チリビンへ、業務変更指令……業務変更指令……現在進行中の作業をただちに中止したまえ。優先業務が発動された。直ちに母船に戻り現場に急行せよ……。詳細は君の母船の方に追って連絡する。なおこの指令はドクター・ギャーベッジ直々にくだされた特別最高基準指令だ。拒否することは認められない。続きは母船のインターネット通信で直接行なう。では後ほど……」


ガリッ!


と奥歯をかみ合わせ、チリビンは不満の言葉を吐き捨てた。

「ふざけるな! まったく……。こっちの都合はおかまい無しかい。しかも母船に戻らねえことにゃ、指令の内容もわかりゃしねえ。特別指令だかなんだか知らねえが、事と次第じゃ黙ってうなずくわけにゃいかねえぜ」

追い詰めた獲物を逃したハンターのように、悔しそうな素振りでザダム彗星を見送ると、チリビンはジェットブラシの柄をひねり、母船に向かってUターンした。

青銅色をした巨大な母船は、赤いテールランプを点滅させゆったりと宇宙空間に漂っていた。

チリビンは、その脇腹のハッチからスッと船内に吸い込まれた。

コクピットに腰を下ろすと、さっそく本局との回線をつなぎフェアリーを呼び出す。

フロントガラス上のモニタが次第に明るくなり、作り笑顔の年老いた妖精を映し出した。

「やあ。チリビンくん……。早速だが要件を伝えよう……。業務変更指令の内容だが、現在進行中のザダム彗星の軌道修正作業を一時中断し、太陽系第3惑星のリセット業務を優先してほしい。たしか彗星軌道修正の件は、200年後に完了させればいい予定のはずじゃ……。従ってそれを100年のタイムスケジュールに組み直し、今から100年をこの緊急指令にあてて欲しいのじゃ。何か質問はあるかね?」

理不尽な緊急指令なら、食って掛かってやろうと考えていたチリビンだったが、リセット業務と聞いて表情が一変した。

困惑を隠しきれない表情で、チリビンはたづねた。

「リセット業務だって? そりゃ本当か。100年短縮のスケジュール変更はきついが、リセット業務となりゃ話は別だ。オレもリセッターの端くれだ、彗星の軌道修正なんかより、やっぱリセットが本業だからな……。で、その惑星のリセット指数はいってえどんくれえなんだ?」

「それが、……概略2000って所かな」

「えっ! なんだって。2000……。そりゃーひでえ……もう手遅れじゃねえのか。リセット指数2000ってことは、2000年かけなきゃその惑星は元に戻らねえってことだぜ。それをたった100年で復帰させんのかよ。めちゃくちゃハードじゃねえか……。まあ、その分の手当てさえ貰えりゃ構わねえが……。奮発してもらう事になるぜ。本局にその覚悟はあるんだろうな? ともかくオレの要求が飲めねえようなら、引き受けるわけにゃいかねえな。無理ならこの話はナシだ。オレもそこまでお人好しじゃねえ……。そんときゃ他を当たってくんな」

フェアリーはすかさず問いただした。

「要求は……。いったいいくらなんじゃ」

チリビンは口元をゆがめ目尻をキッとつり上げると、ニヒルに微んだ。

そして、焦らすようにゆっくりと右手の指を3本立てて見せた。

その指先を見つめ、フェアリーは額にうっすらと汗をにじませる……。「3……。3万ゼニーか?」

その声にうなずくチリビン。

フェアリーは、それを確認すると気を取り直し続けた。

「いくら何でも、君。それは吹っかけすぎじゃ……。今なら高級分譲惑星が10個は買い取れる金額じゃないかね」

「だからどうだってんだ。こちとら体張ってあぶねえ仕事こなしてんだ。プロとしちゃ当たりめえの要求だぜ。あんたら本局の窓際にゃ理解できねえかもしれねえが、リセット業務で命を落としたリセッターは数知れねえんだ。オレの命の値段だと思ってもらいてえな」

『弱みに付け込みやがって……。こっちに打つ手が無いことを承知で……。まったくヤクザな野郎じゃ』

心の奥の苦い思いを呑み込み、フェアリーは仕方なく要求を承諾した。

「OK! そうと決まりゃ詳細のチェックだ。その惑星のデータを送信してくれ」

チリビンの目の前のモニタからフェアリーの顔が消え、細かい数字の一覧やグラフが現れた。

最初のファイル画面には、有害物質の割合が円グラフで記されていた。

チリビンはサッとそれを確認すると、マウスをクリックし次々とページを切り換えていった。

およそ数百ページにも及ぶデータを、1時間余りでいっきに頭にたたき込んだ。

その結果、太陽系第3惑星【地球】の問題点は幾つかに絞られた。

チリビンは頭の中を整理しながら、問題点を数項目にまとめていった。


●産業廃棄物の放置・流出・誤処理等による、大気及び土壌の慢性的汚染。

●二酸化炭素等による温室効果がもたらす異常気象。それに伴う水位上昇。

●環境ホルモンによる繁殖能力の低下。

●フロンガス等による、オゾン層破壊。

●森林伐採、河川せき止め等の自然破壊による生態系崩落の危機。

●核実験による局地的死滅。


以上の原因には、ライフ・リーダー〔生態系を維持する責任を担う知的生命体〕の怠慢によるところが大きく、ここまでの事態に追い込んだ責任はきわめて重い。


チリビンは眉間にしわをよせ、ギュッと瞼を閉じた。

『こりゃあ、ひでえ。これだけ発達した惑星のくせに……。自業自得だ。とはいえ、これをリセットするのがオレの仕事だ。やってやれねえ事はねえと思うが、このまま環境だけを元に戻しても、ライフ・リーダー〔人間〕の意識が変わらねえかぎり、また繰返すことは目に見えてるぜ。奴らにライフ・リーダーとしての自覚が芽生えねえことにゃ、本当の意味でリセットしたとは言えねえしな。意識革命か……。こりゃあ骨が折れそうだぜ。3万ゼニーは安かったか……」

ともかく、100年でこの惑星を元通りにするため、治療を始める決意を固めた。

病状は酷く、ほぼ仮死状態ではあるが、逆境に追い込まれるほどに意欲を燃やすチリビン。

とにかくチリビンは負けず嫌いだった。


地球の〔人間〕に、ライフ・リーダーとしての責任を叩きつけ、真っ向勝負に挑む。

そのためには、全宇宙から何種類かの味方を召集する必要があった。

チリビンたちリセッターは必要に応じ、宇宙全域からその作業に適した仲間を呼び寄せ、それらと協力しあいリセット業務を行なってゆく。

その仲間の能力や種類の豊富さ、そしてそれらの手なずけ方(調教力)などが、リセッターのランクを大きく決定づけていた。

チリビンは特にその調教力に定評があり、他のリセッターには手なずけられないような凶暴な生物さえ味方につけている。

それが、彼のリセット業務に対する自信の裏付けとなっていた。

そして一刻を争う事態に、即座に対応する手腕もまた一流の証だった。


『ともかく現状での急務は、オゾン層の修復につきるな。これが最優先だ』

と判断したチリビンは早速その修復のために、数多くの助っ人の中からまず惑星ミオスに住む赤虻(あかあぶ)を選んだ。

放射線に強い赤虻は、オゾン層破壊の元凶であるフロンガスを好んで摂取する。さらに、体内にオゾン再生機能を持ち、口角からそれを発散させるため、オゾン層の治療にはまさにうってつけの昆虫だった。

この母船から約4光年ほど離れている惑星ミオスに向け、赤虻の大好きな周波数の超音波を発信し、同時に赤虻の好物であるフロンガスをUターンミサイルに詰め発射した。

Uターンミサイルとは、チリビンが助っ人を呼び寄せる時に良く使うミサイルで、目的地の近くでUターンし、助っ人の好物を少しづつ放出しながら戻ってくるアイテムである。


それに釣られ、助っ人はチリビンの元へ誘導される事になるのだ。


『それにしてもひでえライフ・リーダーだ。少しはましな種族はいねえのか。これだけの文明を築き上げた奴らなら、必ずまともな種族がいるはずなんだが……』

チリビンは、それでも心のどこかで正常な種族を捜そうと、さらに地球の歴史的データを探り続けた。

現時点でのライフ・リーダーの自覚や覚醒が無理にしても、最終的にはやはり彼らに自分たちの立場を理解させなくてはならなかった。

強制的にリセット業務を行なったとしても、結局それを維持してゆくのはライフ・リーダーに他ならない。

彼らにライフ・リーダーとしての自覚が生まれないかぎり、リセットは成功したとは言えなかった。

回復は一過性のものとなり、また同じあやまちを繰返す事は明白だ。

まあ、リセッターにはいろいろなタイプのヤツがいるが、チリビンはそこまで責任を果たしてこそ真のリセッターであるというプライドを持っていた。

彼の要求額がことリセット業務に関して巨額なのには、それなりの理由があったのだ。


しかし問題は100年という彼に与えられたタイムリミットだ。

『急がねえと……』

地球のライフ・リーダーの起原にまで遡り、正常な種族の存在を突き止める作業には時間がかかりそうだった。

『何日もかかりそうだぜ。これにかかりっきりってわけにゃ、いかねえな』チリビンはコンピュータをオートモードに切り換え、検索作業を続けさせることにした。

自分は、数時間後に到着するであろう赤虻を待ちながら、オゾン層修復のための準備に入った。

いくら赤虻の能力がオゾン層修復に最適だといっても、それに頼りっきりというわけにはいかない。

あくまで赤虻は助っ人であり、作業そのものをコントロールするのは当然リセッターであるチリビンの仕事だ。

オゾン層の綻びをきちんと縫合するためには、まずその位置や範囲を正確に把握する必要があった。


チリビンはUターンミサイルの追尾レーダーのモニタを再確認し、母船の最下部の兵器格納庫へ向かった。

らせん階段を2周半下へ降りると、重そうな分厚い鉄扉をこじ開け中へ入った。

『まずは、こいつだな』

最初に手に取ったのは、(P-008アナライズ・ゴーグル)黒い金属製のフレームがなかなかレトロなゴーグルだった。


古めかしい見てくれとは違い、このゴーグルはなかなかの優れもので、両サイドのリューズを調節することで気体の成分を色分けして見せてくれる。

今回のように大気成分を見極めなければならないような作業には、最も欠かせない道具といえよう。

チリビンは早速それを装着し、画像の微調節を始めた。

事前にこうした細かいチェックを欠かさないのも、長年の経験から学んだことだった。

実際の作業が始まったら、カウボーイのように宇宙を飛び回り、助っ人の群れを適確に操らなくてはいけない。そんな中、もはやこんな細かい調整などできはしないからだ。

神経を集中して左右のリューズを微妙に回す。

今どきこんなに手間のかかる骨董品を愛用するリセッターは、珍しかった。

元来チリビンは、近代的なメカに少しばかり不信感をいだいていた。オートリバース、オートリセット、オートフォーカスなどオートという言葉のついた機能が、まやかしに思えてしかたなかったのだ。

コンピュータやUターンミサイルのように、大掛かりなものはともかく、自分の身につける道具となるとことさらこだわりをみせた。

根っからの職人がそうであるように、チリビンもまた自分の手作業に一番の自信をもっていた。


何はともあれゴーグルの調節は数10分で終わった。

ホッ と一息ついたその時。


ピュロロ〜 ピュロロ〜


と宇宙TV電話の受信音が、格納庫全体に鳴り響いた。

『だれだ、この忙しい時に!』

あからさまな迷惑顔で、リモコンを取り受信スイッチを押した。

ヴォン! と電子音をあげ、モニタが明るくなった。

画面には、自分そっくりの女の子が映し出された。


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