トリカエス世界

押見五六三

全1話

 その日、横浜レンガ倉庫は茶色かった(いつもどおり)。

 ここは神奈川県の某所。『有隣堂しか知らない世界』の撮影を行う閉店後の店内だ。

 スタッフルームにはお馴染みミミズクキャラのチャンネルMCブッコローと、お店のスタッフさんがゲスト待ちをしている。今日も待ちのあいだにブッコローは、競馬新聞をその大きな眼で凝視しながら予想を楽しんでいた。


「あー、明日のメインレースは混戦だなー。熟考したいから今日の撮影、キャンセルしてもいい?」


「駄目ですよ」


「はあぁぁぁぁ……誰か変わってくんないかなー」


 ブッコローが気怠そうにしていると、女性スタッフが慌ててやって来た。


「大変です!プロデューサー!今日のゲストのトリが勝手に生放送を初めちゃいました。自分がブッコローだと偽って配信ジャックをしています!」


「なんだって?」


 見ると本棚の前には小太りのフクロウモドキが座っている。

 一見いつもどおりに見えるが、そのフクロウモドキはカクヨムのキャラのトリだった。

 饒舌に一羽でライブ放送を進行している。


「なんて事だ!視聴者が誰も気付いてない!いやいやいや、視聴者1万人も居るのに誰か1人ぐらい気付けよ!明らかに違うだろ!」


「よし!このままアイツに配信をやって貰おう。今日は競馬予想に専念するぞー」


「駄目だろ!配信ジャックされてんだぞ!MCの席を取り返せ、ブッコロー!」


「いやあーぁ、ぶっちゃけね、もうこのままアイツと交代しても良んじゃないかなーと。わたし、6歳ですけど馬で言えば12歳馬ですよ。もう引退しても良い歳でしょ?ミスタート○ジンじゃないんだから、いつまでやらせるの?」


「ブッコロー!何、言ってんだ?あの小太りフクロウに『ゆうせか』を乗っ取られて悔しく無いのか?この3年間の楽しかった日々を思い出すんだ!」


 ブッコローはプロデューサーに言われ、この3年間の楽しかった思い出を頭に浮かべた。

 走馬灯のように過去が蘇る……。


 3年前、安田記念を1点買いで的中した事……。

 2年前、誕生日馬券で50万ゲットした事……。

 1年前、1開催で万馬券を7回当てた事……。

 半年前、久しぶりに金杯の日の鏡開きが見れた事……。

 一週間前、新馬戦を新聞に頼らずパドックだけで的中させた事……。


「ごめん!収録で楽しかった事、一個も思い出せないや!別にこのまま乗っ取られても、わたしの思い出に何の支障も無さそう」


「はあぁ?私達との収録の思い出わー?!」


 そこに又別のスタッフが慌ててやって来た。


「トリの配信ジャックの目的が分かりました!トリは動画配信で世界中の人間をカクヨムユーザーにする気です!」


「なんだって?!」


「カクヨムユーザーって何?即PAT会員みたいなもの?」


「それに世界中の本屋がカクヨム系の本しか置けなくなるよう企んでいるみたいです。もし、そうなれば有隣堂も異世界ファンタジーとラブコメ位しか置けなく成ります!」


「なんて事だ……」


「別に困らないんじゃない?サンデーサイレンス系しか居ない日本競馬も成り立ってんだし」


「ブッコロー!よく考えろ!もし、世界中の本屋がカクヨム系の本しか扱わなく成ったら、注文時に『異世界転生、幼馴染みの親が魔王と再婚したら継母がゲスで家出した所を俺が拾って田舎暮らしを最高スキルで何とかするを、ご予約ですね』とか、そんな長ったらしいタイトルを毎回お客様とスタッフがやり取りする事になるんだぞ。覚えるの大変だし、会話時間の無駄だろ!」


「略せばイイじゃん。ダスカみたいに」


「ブッコローさん、これ読んで下さい……」


 1枚の紙が、女性スタッフからブッコローに渡された。

 それはカクヨムの新ガイドラインだった。

 ブッコローの大きな眼に『ギャンブルを推進する表現は禁止します』の文字が映る。


「……本の多様性を無くすって事は、自由を冒涜するに等しい。例えるなら、アングロアラブや地方馬は出れるのに、何故か外国産場が出れなかった昔のオールカマーみたいなものだ。わたしは自由の為にトリから『ゆうせか』を取り返す。トリだけに!!」


 遂にブッコローが立ち上がった。

 自由の為に、そして競馬本を守る為に!!


「トリから配信を取り返すセカーイ!!」


 叫びながらブッコローが放送中に乱入。

 放送はそのままに2羽は対峙した。

 鳥類VS鳥類。今、MCの座を賭け、小太りフクロウ同士の戦いが始まる。


 勝負方法はノーマルジャンケン。

 ルールは後出し無しの一発勝負。

 使える技はグー、チョキ、パーの三種のみ。

 ゆえに一回でも負ければ終わりだ。

 敗者復活戦の無い過酷なルールに、店内は否が応でも緊張感に包まれる。

 当初『あっち向いてホイ』も考慮されたが、両者首の可動域が広いフクロウ科に属する為、上下左右だけでなく『後ろ』を主張する可能性が高いが為に却下された。


「準備はいいかな?小太りフクロウ君」


「何時でも来なよ、小太りフクロウ君」


 公平を期すため、ジャンケンの掛け声は審判を兼ねたスタッフが行う。

 審判が武器や魔法道具を持っていないか入念にボディチェックを行った後、両者が前に出る。

 その場にいる全員に鳥肌を立たせるほど、火花を散らしながら睨み合う2羽のフクロウ。

 審判が合図を送り、いよいよ仁義なきジャンケン大会が始まる。


「ジャンケンホイ!!」


 ブッコローがパー。

 同じくトリもパー。

 引き分けの為に間髪入れず審判が叫ぶ。


「アイコデショ!!」


 ブッコローがパー。

 同じくトリもパー。


「アイコデショ!!」


 再び両者パー。


 もう、書くまでも無いだろう……。

 彼等は鳥類の為にパーしか出せない。

 つまり、勝負は果てしなく続くのだ。


 飛び散る両者の羽毛。

 無言で去っていく視聴者。

 審判の「アイコデショ、アイコデショ」の掛け声だけが夜の店内に虚しく響く。

 ゴール地点が全く見えず、スタジオは凍りつく。

 まさに無限あいこ地獄。


 10分が過ぎ、ここで業を煮やしたスタッフが今大会に限り、新たにオオトリルールを採用する。

 オオトリルールとは、『先に飽きた方が負け』という、ジャンケン大会の本場カナダでもまだ取り入れられていない新ルールだ。

 それを聞き、まずトリが先に動いた!!


「僕、飽きたから帰るよ!じゃあね」


「じゃあね!また、遊びに来いよー」


 こうして過酷な死闘は幕を閉じた。

 とりあえずブッコローは事に成功した。

 だが、再びトリの襲来はあるやも知れない。

 それでもブッコローは負けないだろう。

 なぜなら、彼は正義の勇鳥なのだから負けるはずが無いのだ。

 世界中の本や文具を守る為、勝ち続けろ!

 我らがヒーローR・B・ブッコロー!!


「さーて、収録終わったし、明日の競馬頑張るぞー!!今年ヤバいぐらい負けてるからなー。明日で全部トリカエスぞー」


〈おしまい〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

トリカエス世界 押見五六三 @563

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ