五話
「……ここが、おじさんの家なの?」
連れて来られたのは、周りに雑草しか生えてない、ぽつんと建ってる小屋だった。さっきまでの街中とは違って何もない静かな場所だ。
「いや、おじさんの家は別にある。ここは物置として使ってるんだ」
「何で物置小屋なんかに来たの?」
「あの誘拐犯の女に見つかったら大変だろ? でもここなら人目もないし、隠れるには打って付けだ。ボクが安全になるまで、しばらくここに隠れてるといい」
そうか。あの女が諦めるまでの隠れ場所なのか。確かに街中だと女が捜し回ってるかもしれない。でもこんな何もない場所なら、わざわざ捜しには来ないかも――僕はおじさんの話に頷いて、開けられた小屋の中に入った。
物置と言った通り、中にはいろいろな物があった。僕の畑でも使ってた農具や、引き出しがなくなったタンス、鼻のかけた陶器の人形……使える物もあれば、がらくたと言える物もある。
「ごちゃごちゃしてるが、我慢してくれ」
笑って言ったおじさんは、積まれてる物の中から椅子を引っ張り出すと、空いてる床にそれを置いた。
「疲れてるだろ? ひとまず座って休むといい」
「うん、ありがとう」
僕は椅子に座ってみる。木でできた椅子は身体を動かすと、カタカタと前後に傾いた。脚の長さが揃ってないか、歪んでるのかもしれない。ちょっと座りづらいけど、せっかくおじさんが用意してくれたんだ。このまま休もう。
「腹も減ってるだろ? 後で何か持って来てやるから」
そう言いながらおじさんは天井にぶら下がったランプに火を灯した。薄暗かった小屋の中が一気に明るくなった。ここは窓がないから灯りがないと見えづらい。
「一旦家に戻るが、またすぐに来るよ。それまで大人しく隠れて――」
「あ、待っておじさん」
「……ん? どうした」
僕は聞きたかったことをようやく聞いた。
「あの、僕、武器が欲しいんだけど……」
「え? 武器って、どういうことだ?」
「ほら、短剣とか……あの女を、殺すんだ、僕。だから武器が必要で……」
見ると、おじさんの顔はしかめっ面で、不思議そうにこっちを見てた。や、やっぱり、子供がそんなの欲しいなんて言うのは、おかしなことなのかな。
「いくらあの誘拐犯が憎いって言っても、殺したいってのは穏やかじゃないな」
「憎いのは誘拐されたからじゃなくて、あいつは、僕の母ちゃんと父ちゃんを殺したんだ。悪い人殺しなんだ……」
「ボクの両親を、殺したのか、あの女」
僕は頷いて続ける。
「うん。それに嘘つきなんだ。僕が母ちゃんと父ちゃんの子じゃないって……誘拐されたとか言って――」
これまで女に言われたことを僕はおじさんに話して聞かせた。僕は誘拐された子で、その目的はお金目当てで、女は本当の親に返すために助けに来たと説明してることを。
「――僕は騙されてるって言うけど、そんなのあいつの嘘だ。僕は母ちゃんと父ちゃんの子供なんだ。それをあいつは目の前で殺した……」
頭にあの光景がちらちら浮かんで、僕は涙をこらえた。
「だから、あいつは僕が殺してやるんだ。悪いことしたのに、あいつだけ生きてるなんておかしい。でも、僕の力じゃ敵わなくて……」
「それで、武器が欲しいのか」
「うん……おじさん、僕の力でも使える武器ってある? どうしても手に入れたいんだ。でも、もしなかったら、おじさん、僕に協力してくれないかな」
「一緒にあの女を殺してほしいのか」
僕は小さく頷いた。大人の力があれば、絶対に殺せるはずだ。
「力になってやりたいが、殺人犯になるのは、さすがにな……」
おじさんは苦笑いする――やっぱり、悪いことはしたくないよな。
「しかし、あの女は相当な悪のようだな。ボクが殺したいって思うのも理解できる。まさか金に目がくらんで殺人を犯してたとは……」
金、金目当て、お金が目的――そんな言葉を何度も聞かされたけど、僕にはそれがまだピンときてなかった。お金が食べ物じゃなく、物を買う時に必要なものだってことは知ったけど、それが僕とどう関係あるっていうのか。誘拐とお金、それもよくわかんない。もし母ちゃんと父ちゃんが僕を誘拐してたなら、二人はお金持ちになって、たくさん買い物してるはずだ。だけど数日に一度街に行っても、食材や日用品、それらをいつも同じ量買ってくることしかしてなかった。お金がたくさんあるようには見えなかったし、だから誘拐なんてしてないはずなわけで、つまり女は嘘を言ってる――まあ、それは置いといて、とにかく、何で僕にお金の話が付きまとうのか、さっぱりわかんない。おじさんに聞いてみようかな……。
「あ、あの、おじさん、女がお金に目がくらんでっていうのは、どういうことなの?」
「どういうって、そのまんまのことだ。女は金欲しさにボクを誘拐したんだろ」
「それなんだけど、何でお金が欲しいと、僕を誘拐するの? 僕はお金なんか持ってないのに」
「そりゃあ、首にあるアザのせいだ。それを見れば誰だって金が頭に浮かぶさ」
「アザ? これが何でお金になるの?」
首をかしげた僕を、おじさんはじっと見つめてきた。
「……もしかしてボク、そのアザのこと、何も聞かされてないのか?」
「生まれ付きだって聞いてるけど……それだけだよ」
「そうか……自分のことだっていうのに教えられてないのか。まあ、あえてなんだろうがな」
教えられてない? ――僕は小さな不安を感じながら聞いた。
「な、何? このアザに、何かあるの?」
おじさんは腕を組んで考える素振りをする。
「……知りたいか?」
「も、もちろん知りたいよ。教えて」
「悲しい気持ちになるかもしれないが、それでもいいか?」
「え……」
僕の中の不安が増えてく――悲しいって、そんな嫌なことなのか? このアザのことなんて、最近はほとんど気にしてなかったのに。聞くのが怖い。でも、聞かなきゃ気になったままだし、どうしよう……。
「無理に知る必要はない。知らなくていいことも――」
「ま、待って」
僕は心を決めてからおじさんを見た。
「……やっぱり、知りたいから、教えて」
「いいのか? ……わかった」
おじさんは一息吐くと、僕を見つめて言った。
「まず端的に言えば、ボクは病気にかかってるんだよ」
思いも寄らない言葉を言われて、僕はおじさんを見返して一瞬呆然とした。
「……病気? でも、僕の身体はどこも悪く――」
「すぐに症状が現れる病気じゃないから、小さいうちは健康体そのものなんだよ。だから本人も自覚しようがない。この病気を知らない限りはな」
僕が、病気にかかってる……? そう言われても、こんなに元気なのに、すぐに信じられるわけがないよ。
「ほ、本当なの? おじさんの勘違いじゃ……」
「可哀想だが、勘違いじゃない」
するとおじさんは僕の首のスカーフをつまんで下にずらした。
「このアザが、病気の証拠だ」
「……これが?」
僕は喉にあるアザに触れた。今は見えないけど、鏡で見た時は十字形の青いアザで、触るとそこだけちょっと硬い感触はあるけど、痛かったりかゆかったりはまったくしない。だから気にもならなくなってたのに……。
「生まれた時からあるアザだって、父ちゃんが……」
「この病気は母親のお腹にいる時にかかる病気でな、生まれた後にかかるもんじゃないから、生まれ付きあるのが当然なんだよ」
ずらしたスカーフを直しながらおじさんは言った。
「ど、どんな病気なの? 僕の身体、何ともないよ?」
「だからすぐに症状が現れる病気じゃないんだ。時間が経つごとに少しずつ変わるって言われてる」
「変わる? な、何が変わっちゃうの?」
聞くと、おじさんは少し迷うふうに答えた。
「身体がな……全身が、金に変わるんだよ」
僕はそれを想像しようとしたけど、いまいちわかんなかった。
「キン? お金ってこと?」
「お金とはまた少し違うが、まあ似たようなもんだ。金ってのは大きな価値がある金属で、それを売ればお金になる」
「その、お金になる金に、僕の身体が変わっちゃうの?」
「そうだ。いずれな」
「変わったら、僕はどうなるの? お金持ちにはなれそうだけど……」
「残念だが金持ちにはなれない。ただの金の塊になって死ぬだけだ」
「死ぬ……?」
僕はここでようやく病気の深刻さを知った。僕は、死ぬ病気にかかってるの……?
「い、嫌だよ、死ぬなんて……!」
どうしたらいいのか助けを求めて僕はおじさんを見た。
「言いにくいことだが、この病気は治療法がないんだよ。かかったら、覚悟するしかない」
「え……覚悟……」
いつか死んじゃう覚悟を、しろっていうのか? 僕、まだ子供なのに……大人にもなってないのに……そんなこと言われても……。
「できることならおじさんが代わってやりたいが、それは無理なことだ。だから可哀想なボクをできるだけ助けてあげたいんだよ。あの誘拐犯からな」
誘拐犯、お金目的――僕はやっとそのつながりがわかった。
「あいつは、僕のこの病気を知ってて、だから助けるとか言って連れ出したのか……」
「そういうことだろうな。ボクのことはきっと、金としてしか見てない」
あの女、やっぱり嘘ばっかりだ。お金が目当てなのは自分なんじゃないか! だとしたら、母ちゃんと父ちゃんを殺したのは、それが理由で……最低なやつだ。お金欲しさに人殺しするなんて! 僕の幸せをめちゃくちゃにするなんて! それなら、僕は安全な場所で隠れてる場合じゃない。
「……おじさん、僕は、いつ死ぬの?」
「正確には知らないが……症状が現れ始めた数年後だと聞いてる」
「その症状は、いつ現れるの?」
「詳しいわけじゃないからな……でも、大人になる前だとは思う」
それってつまり、僕は大人になれずに死ぬ――
「まあ、そんな不安がるな。ボクのことはおじさんがちゃんと守ってやるから。金目当ての誘拐なんてさせやしない。ここにいれば絶対に安全だ」
おじさんはにこにこ笑って言った。
「そうかもしれないけど、でも僕は、あと何年かで死んじゃうんでしょ? 大人にもなれないんでしょ?」
「残念だが、そうだろうな。だがここにいれば、少なくとも利用されることは――」
「僕は他の人みたいに時間がないんだ。だから、急いであの女を殺さなきゃ」
隠れてたって時間がなくなって死ぬだけだ。それじゃ母ちゃんと父ちゃんの敵はとれない。何もしないで死ぬのを待つなんて絶対に嫌だ。僕は、あの女を殺さなきゃいけないんだから!
「おじさん、やっぱり、僕には協力できないよね……?」
「殺しの協力ってことか? それは、難しいな……」
「武器を借りることもできない?」
「それも、ちょっとな……」
武器を貸したことがばれたら、おじさんも悪いことをしたって見られるんだ。嫌がるのは当たり前か。じゃあ、しょうがない――僕は椅子から立ち上がった。
「どうした? 便所にでも行きたいのか?」
「ううん……僕、行くよ」
「行くって、どこにだ」
「武器を手に入れて、女を殺しに行く」
そう言うと、おじさんは慌てたように言った。
「何言ってる! また誘拐されたいのか?」
「でも、僕には時間がないんでしょ? 早く武器を探さないと。武器がなきゃ、あの女は殺せないんだ。僕の力はまだ弱いから――」
「武器を探してる間に見つかったらどうする。おじさんは何度も助けられないぞ」
「だから一人でどうにかするよ。おじさんに嫌なことは頼めないから」
「ま、まあ待て」
僕の肩を押して、おじさんは椅子に座らせてきた。
「少し落ち着いて、休むんだ」
「休んでなんかいられないよ。もうすぐ死んじゃうのに」
「死ぬったって明日死ぬわけじゃないんだ。焦ることはない」
「でも病気で死ぬことは間違いないんでしょ? いつ症状が出て、死んじゃうかわかんないんだ。ちょっとでも急いだほうがいいと思うんだけど」
僕はまた立ち上がろうとしたけど、それをおじさんは押し止めてきた。
「待てって。独りで行くのは危な過ぎる」
「それでも僕は行くしかないから。それにあの女、僕が子供だからって馬鹿にしてる感じなんだ。余裕を見せてる隙を突ければ殺せるかもしれない。でもそれには武器がいるんだ。武器がないと力ですぐに押さえ込まれちゃうから、だから探しに行かないと――」
「わかったわかった! そんなに殺したいなら、おじさんが代わりにどうにかしてやるから」
「……え? 本当?」
「本当だ。女の顔はしっかり見てるから、捜して殺してきてやる。だからここで隠れてろ」
「あ、ありが――」
嬉しさにお礼の言葉を言いかけたけど、ふと頭に、ついさっきおじさんが嫌がってた顔が思い浮かんだ。
「……やっぱり、いいや」
「何だ、子供なのに遠慮なんか――」
「おじさんまで悪い人になることはないよ。僕はそのうち病気で死んじゃうけど、おじさんはまだ生きられるんだ。僕のために嫌なことしなくていいよ」
「な、何気を遣ってんだ。おじさんはボクのために助けになってやりたいから――」
「もう大丈夫。助けてくれてありがとう。でもおじさんを困らせたくないし、僕はもう行く――」
そう言って椅子から立ち上がろうとした瞬間だった。
「いいから休んでろっ!」
僕の肩を押さえて、おじさんは突然怒鳴ってきた。その大声に僕の身体は緊張に固まった。
「……女のことはおじさんがどうにかしてやるって言ってんだ。素直に聞いておけ。な?」
「………」
「返事は?」
「……は、はい」
「それでいい」
おじさんは少しだけ笑って僕を見たけど、その顔はすぐに怖く変わった。
「それと、ここから勝手に出るなよ。いつあの女に見つかるともわからない。ボクの世話はおじさんがちゃんと見てやるから、大人しく隠れてろ。いいな?」
「……はい」
おじさんの睨むような目に、僕は返事をするしかなかった。
「よし。……腹減ってないか? 何か持って来てやるから待ってろ」
笑顔に戻ったおじさんは、そう言って物置小屋から一旦出て行った――僕は緊張を解いて、椅子に深く座り直した。怒鳴り声、怖かった。それに睨むような目……見た目は優しそうな人だと思ってたのに、いきなりあんな変わるなんて。僕、変なこと言ったのかな。よくわかんないけど……何だか、不安でたまらない……。
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