第5話

雅治まさはる君、結婚おめでとう!

 奥さんもめっちゃ綺麗で、」


 トイレから現れた和水なごみがそこまで言ったところで、僕と視線が重なる。


「山田君、久しぶりやね」


 彼女は少し俯いていた。


「じゃあ、おれ先向かっとるよ」


 一瞬の静寂の後、雅治は僕の肩をポンッと叩いて行ってしまった。


「久しぶり」


「山田君も二次会行くの?」


「うん、行くよ」


 しばしの沈黙。

 言葉が出ない。視線を上げられない。


「じゃあ、行こっか」


 あの頃と同じように、彼女がリードする形で僕達は歩き始めた。

 緑色の落ち着いたパンツスタイル。ハーフアップにまとめた茶色の髪。大きめなピアスと控えめなネックレス。髪を撫でる指先。

 すっかり大人の女性になった和水に、少しだけ距離を感じる。8年と言う月日は、女性をこんなにも変えてしまうのか。それとも、彼女が変わるほどの何かを経験してきたのか。


「どう?似合ってる?」


 僕の不自然な視線に気付いたのか、はにかみながらそう尋ねてくる。

 似合ってる。すごく綺麗だよ。

 心の声は喉元で力尽き、唾液となって喉をならす。戸惑う僕を他所に、彼女は続ける。


「今日は気合入れてきたんよ

 みんなに会えるし、もちろん山田君にも」


 揶揄っているのか、社交辞令なのか。

 先ほどとは打って変わって、彼女はこちらの返事を待つかのように黙ってしまう。

 思わず顔を向けると、イタズラな笑顔。


「やっと目を見てくれたね」


 薄めの化粧を施した和水の顔は、あの頃よりずっと綺麗で、少しだけ寂しそうにも思えた。


「ごめんね、あんな態度とって」


 ポツリと呟くその声に、心がざわめく。


「いや、僕が悪かったんよ

 あんなになんでも話してくれとったのに、転校のこと、中々言い出せんくて」


 またしても沈黙。

 直後に和水はプッと笑い始めてしまう。緊張と焦りと少しの苛立ちで、頭の中がぐちゃぐちゃになる。


「ごめんごめん、

 “僕”って言うの変わってないなぁって

 話し方は広島?の感じやのに」


 どうしていいのか分からず、とりあえず前を向き直って歩き出す。コツコツと言う足跡が、彼女が並んで付いてきていることを教えてくれる。


「転校のこと、言うてしもたら関係が変わってしまう気がして、正直怖かったんよ」


 隣にいる彼女に聞こえるように思いを吐き出す。「そっか」と呟く声が続く。


「でも、教室で最後に話した後、すごい後悔した」


「あたしもよ

 2人とも、まだ子供やったんやろうね」


 そう答える彼女は、僕とは反対側の、ビルの隙間から覗く星たちを眺めていた。

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