びわの実
秋田健次郎
びわの実
びわの実がぐちゃぐちゃにつぶれて、その上を小さな黒い斑点がうごめいている。
閑静な住宅街を突っ切るように整備されたこの遊歩道の中でこの区画だけが開発に取り残されたように仄暗い空気をまとっている。
周りはみんな新築の戸建ての中、ただ一つ朽ちつつある木造の平屋が木の柵の向こうにひっそりと佇んでいる。遊歩道と面する側には裏口と思われるくすんだ扉が設置されているが、この様子だとしばらくは使われていないのだろう。
平屋と遊歩道の間の空間には、使われなくなったバケツや用途の分からない農具のようなものが散乱している。中でも最も目立つのが、遊歩道にまでせり出している大きなびわの木だ。
深緑の大きな葉っぱは、そこらの広葉樹と比較しても威圧感があり、どこか荘厳な雰囲気すら感じる。
初夏になると、日の光を存分に浴びた金色のびわの実がいっぱいに実る。しかし、それらは誰にも管理されることなく、大半はこのコンクリートの歩道にぼとぼと落ちていく。
私が小学生の頃はこの平屋に住むおばあちゃんが、毎年びわの実を収穫して時折近所に配っていた。私の家にも確か一度だけ配りにやってきたことがあったはずだ。ほんの数個のびわの実が転がるレジ袋を渡すおばあちゃんの手はしわしわで指先は土の色をしていた。
肝心のびわの実の味は、ほんのり甘味を感じる程度で当時の私はあまりおいしいと思わなかった。
あのおばあちゃんは亡くなったのか、真相は不明だがこの巨木は依然として毎年実をつけている。ちょうど向かいから歩いてきた二人組の会話が聞こえてきた。
「この木もいいかげん切ってほしいわよねぇ」
「ほんとに」
二人の声が背後に通り過ぎていく。
ふと、まだ誰にも踏まれずきれいなままのびわの実を見つけて手に取ってみた。
うっすらと表面にうぶ毛が生えていて、ざらざらしている。
親指で少し撫でつけてから、道路の端にそっと転がした。
びわの実 秋田健次郎 @akitakenzirou
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