2024/10/19

 ひとりで海辺にぽつんといた。


 友達も家族もおらず、人がきても私のことを避けているようだった。


 砂浜から歩いてすぐのところに、私が暮らしているスペースがあった。


 砂浜から陸側にある岩場。


 岩場は砂浜から空に向かってつきだしていて、丸型テントのように中が空洞だった。


 その中まで歩いていくと、暑苦しくて仕方なかった日差しが差さないお陰で、ひんやりして居心地が良かった。


 そこから雲のできる瞬間や、嵐の発生と消失を見送って過ごしていた。


 風が見えるのがすごく楽しくて、雲がどうやってできていくのか見えないはずなのに見えて、一人でいても楽しかった。


 岩の天井を見上げると、岩を通り越して空を見ることができた。


 そのままじっと見つめていると、青空の向こう、夜空のような宇宙まで見えてきて、星を数えながら昼寝をしたりして過ごしていた。




 そんなある日、海辺のコンクリートで固められた段差に女の子が座ってるのが見えた。私より遥かに背の高く、体が細くて色白の子だった。


 どうせ他の誰とも一緒で、私のことなんて見て見ぬふりだろう。


 そんなことを思いながら通りすぎようとすると、私の持ってた玩具に興味を持ったらしく、手をいきなり掴まれた。


 コンビニで働いていたときも、手を掴んでもらえたらしいのを思い出すような出来事だった。


 びっくりしていると、私の持っていた玩具……ブリキの小鳥をその子は興味深そうに見つめていたので、渡してみることにした。


 その子がブリキの小鳥にさわると、小鳥を構成している金属が辺りに散らばった。ブリキの小鳥は無傷のままだ。


 私に確実に認識できたのは金だけで、他はアルミなのか鉄なのかステンレスなのかよくわからなかったけれど、確かなことはその子が触れると触れた金属が辺りに撒き散らされたということだけだった。


 しげしげと女の子を見ていると、ブリキの小鳥を丸かじりしようとしたので慌てて止めた。


 お腹がすいてるのだと思ったから、美味しそうだと思うものを画像を通して知ろうと、その辺にあった新聞を指差してコミュニケーションをとろうとしてみた。


 現実の新聞にはなさそうな、深海魚の写真がたくさん載っている紙面だった。


 その子は言葉を発することなく、写真を指差してお腹をならしていた。


「これ美味しそうだね!」


 私が聞いても言葉を話すことはなかった。


 絵や写真を指差して交流を深めるうちに、とても仲良くなることができた。


 私の巣穴みたいな洞窟に呼んで一緒に遊ぼうとすると、中に入りたがらないどころかいやがられてしまった。


 どうしたのか不思議に思いながら見つめると、寂しそうにしながら、ブリキの小鳥をいじるので、ニャーンと猫の泣き真似をしてみると、顔を輝かせながら頭を撫でてくれた。


 とても優しい撫で方で、なんだかすごく嬉しい気持ちが溢れてくるのを夢ながらに感じた。


 そこからは、二人で仲良く歩いた。


 海辺を離れて町の中へ行き、雨が降りそうな雲の流れが見えて、その子に教えたけれど、ゲリラ豪雨の雲だったから雨宿りが間に合わなかった。


 雨の中、その子が私にもたれながら歩き始めた。


 とても辛そうに息を切らしている。熱でも出てるのだろうか?


 どこかで休めないか考えながら周りをキョロキョロ見て歩いていると、女の子は青いチェックのタオルハンカチを落としてしまって焦りながら探していた。


 とても不安そうだった。


 タオルハンカチを探すと、私の目にサラリーマンっぽい男の人がもってるのが見えた。


 それを指さしながら言葉で伝えると、その子は獣のように唸りながら取り返していた。


 取り返すとき、初めて言葉を話していたので、ここにきてようやく喋れないわけではないことを知った。


 相手の人が怪我しないよう両方の話しに耳を傾けて仲を取り持ち、女の子にタオルハンカチのことを聞いてみた。


 昔飼ってた猫の形見らしい。


 よく見ると、そのタオルハンカチはボロボロにほつれていて、猫が噛んだり引っ掻いたかのような痕跡があった。


 雨宿りできる場所をようやく見つけ、着ていた服を乾かしながら一緒に寝ていると、その子の過去らしきものが夢に出てきた。




 その子以外の家族はみんな殺されていた。


 見た目には傷ひとつなく、かといって生きているようには見えなかった。みんな血の気のない真っ白な顔と体だった。まるで血を全部抜かれて死んでしまったかのよう。


 私は訳がわからないまま、その子の昔の様子を見守った。


 物が散乱しているのを一生懸命ひとりで片付けている。


 最初、殺しの証拠を消してるのかと思ったけれど、どうやらそうではないらしい。


 家族を食卓の椅子に座らせ、ご飯もせっせと運んで……。


 まるで死んでいることに気がついていないかのようだった。


 その子の過去を夢で見守っていると、ナレーションが流れた。




 少女は愛の力で家族をよみがえらせることができるのでしょうか?


 適応のにおいがすれば、家族はよみがえることができるよ。


 さあ、愛の力で頑張ろう。


 あいのちーかーらー! あいのちーかーらー!




 最後は聞いたことがあるような、ないような合唱での歌声だった。


 適応のにおいって腐乱臭のこと?


 私は聞こえてきたナレーションから導きだした可能性にゾッとして息をのんだ。


 すると、場面がとんだ。




「さあ、君が家族を本当に愛しているのなら、みんなは生き返って君を抱き締めてくれるよ」


 顔は見えないけれど、スーツを着ている男がまだ幼いその子に良からぬことを吹き込んでいるところだった。


「散らかってる部屋を片付けて、みんなにご飯を作ってあげるんだ。愛だよ、愛。適応のにおいがする頃に、みんな蘇ってきて君をもう一度抱き締めてくれるから」


 違う。


 嘘だ、聞いちゃダメだ!


 私が見ているのはしょせん過去のことで、夢の中だ。


 そいつはきっと家族を殺したやつで、純粋無垢なその子に証拠を消させた上に通報させない気なんだ。下手すると濡れ衣を着せられかねない。


 聞いちゃダメだよ!


 いくら叫んでも届くことはなかった。


 女の子は不器用ながら一生懸命片付けをして、家族の遺体を椅子に座らせ、甲斐甲斐しく世話をし始めてしまった。


 家の外まで腐乱臭が漂った頃に警察が訪れ、その子は保護ではなく逮捕された。


 猫だけが最後までその子に寄り添っていたけれど、結局途中で死んでしまったらしい。


 夢の中で見た夢だったけれど、すごく嫌な気分になりながら一気に目が覚めた。

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