【KAC20233】ファミレスで。
リュウ
第1話 【KAC20233】ファミレスで。
僕は疲れていた。
寒いし、腹も減り、歩くのもやっとだ。なんせ、眠たい。
あのファミレスを目指して、兎に角、歩くのだ。
後ろから何やら騒がしい声が聞こえた。
事故らしいが、振り向く気にもなれない。
一週間ぶっ続けの勤務だった。あるところに訴えたら間違えなく認められるだろうが、過酷な職場だか無くなってはこちらが困る。
訴えたところで、いつまでかかるか分からないし、それまで、生き続けられるかわからない。
僕には、それだけの蓄えがない。
耐えるしかないと分かりきっているが、いつまで続くのかと考えると嫌気がさす。
僕は、ファミレス入口の三四段の階段をよろけながら上がる。
暖かい店内へと入った。
店員に、疲れているので、暖かいシチューを食べた後、しばらく眠るため静かな席に着きたいと伝えた。
店員は、疲れ果てた僕の姿を見て顔をしかめ「ここなら、休めます」と店の一番奥の窓際の席に案内してくれた。
そして、シチューを運んでくれた。
親切な店員は「ごゆっくり」と、笑顔まで添えてくれた。
僕は、シチューを腹に流し込むと、目を閉じていた。
目を閉じると、店の音が聞こえる。
食器のぶつかる音と人の話し声が遠くから聞こえる。
一番聞こえるのは、男二人と女二人のお客の声が、一番聞こえる。
声から判断すると十代後半か二十代前半といったところだろう。
「……事故みたぁ?スゲかったな」
「ああ、軽自動車なんか横転してさ。乗用車は、結構つぶれてたぁ」
「前が、ぐちゃぐちゃだったな」
「そうそう、ぐっちゃぐっちゃだぁ」
「”ぐっちゃぐっちゃ”の方が”ぐちゃぐちゃ”より、めちゃくちゃになったように聞こえる」
「そう?”ごちゃごちゃ”とかはどう?」
「なんか”ごちゃごちゃ”は、水気が無い気がしない」
「たしかにぃ」
僕は、遠くでこの会話を聞いていた。近くの席で無かったので良かった。
先ほどの店員が気を利かしてくれたのだろうか。
うるさいとまではいかないが、話の内容はわかるほどの音量だ。
バカップルが、地下鉄構内のベンチで、ベッタリとくっつき、キスしたりまさぐりあっているより、全然悪い気はしなかった。
話は続いているようだ。
「”ぐちゃぐちゃ”って、なんか、つぶれたり、ぬれたりだよね。この前、コンビニでたまごを買ったんだよね。部屋について、いつものくせで、コンビニ袋をテーブルに投げたわけ。そしたら、たまごが全滅でさ、ぐちゃぐちゃ」
「もったいねぇな。オレなんか、サンドイッチ食べようとしたら、袋が破けないで無理やり破いたら、サンドイッチがぐっちゃぐちゃ」
「ワタシなんか、会社で訳の分かんない指示出すジジィが居て、その指示通りやってたら、報告書がぐちゃぐちゃになんたんだ」
「”ぐちゃぐちゃ”つながりの話?たまごの勝ちだね」
「そっかぁ、やっぱ”たまご”が、一番だね」
と、みんな納得したようだ。
「お前の顔の方が、ぐちゃぐちゃじゃない?」
「お前、目が飛び出したるぞ。もとに戻してやるよ」
「痛いって、やめろ、やめろって」
「お前の血で、手がべっちゃべっちゃだぁ。キモチわる」
「お前がさぁ、事故るからいけないじゃん」
「だって、あの車が突っ込んできたからさ。アイツ、ぜってぃ、居眠りだ」
「ブレーキ踏んでないよなぁ」
これは、若者特有の悪ふざけの始まりではないか。
声が大きくなってきている。
僕は、段々と苛立ってきた。僕は、静かに眠たいのだ。
「うるさいなぁ。こっちは寝ているんだぞぉ!」
僕は、叫んでいた。
目を開け、話のする方に目を向けると、そこには、血だらけの四人の若者がいた。よく見ると、目が飛び出してたり、頭が割れたりしている。
そう、”ぐちゃぐちゃ”な容姿になっていた。
四人は、僕を見つめて言葉を失ってる。
やっと、口を開けた。
「おっちゃんの方が、ひどいわ。ぐっちゃぐっちゃだぜ」
「おっちゃんかよ。俺たちの車にぶつかってきたヤツ。どうしてくれんだよ。俺たち死んじゃったじゃないか!」
と、僕に詰め寄ってきた。
僕は、自分の血でぐちゃぐちゃになった両手を胸まで上げ、まあまあと彼らを止めていた。
遠くからサイレンの音が聞こえる。
【KAC20233】ファミレスで。 リュウ @ryu_labo
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