爆裂する墓標

山野エル

爆裂する墓標

 岩棚の陰に隠れるようにして口を開けていた洞窟の入口は攻撃を受けて崩れ落ちていた。周囲には、生活物資が散乱しており、ここにあった人の営みはぐちゃぐちゃに蹂躙されていた。

 浮動車を降りた本屋は溜息と共に木の破片を拾い上げた。おそらくは本棚だったものの一部だ。ここを根城にしていた唯一の同業者だった。つい先日、中央都市の紙殲部隊が送り込まれ、殺されてしまった。

 ようやくほとぼりが冷め、ここにやって来ることができた本屋だったが、同業者の遺体などは見つからない。中央都市に引き取られたのだろう。


 苔むした石に腰を下ろして、ぐちゃぐちゃになった周囲を見渡す。草いきれで息詰まるような深緑の森のあちこちにその隙間から梯子のように光が下りている。この手つかずの自然も中央都市が保護管理している。

 何が〝彼ら〟にとっての善で、何が悪なのか。

 本屋はひとり溜息をつく。

 人間は人間としての価値観をいつの日か失ってしまった。お仕着せの価値基準の中で飼い慣らされた挙句、人間はどこへ向かおうというのか?


 本屋は立ち上がって、薄い冊子を取り出した。

「君が好きだった本だ」

 柔らかい土に開いた本を差し込んで、墓標のようにして立てる。

 しばらく身を引いて、じっとこの光景を見つめる。

 ──何を思って最期を迎えたのだろうか。

 思いを馳せる本屋の腕に嵌められた機械が電子音を発する。すぐに浮動車に乗り込んで、走り出す。肩越しに最後の挨拶を手向け、速度を上げて森を抜けた。


 少しすると、森の上空に紙殲部隊の小型自律航空機が飛来する。

 さきほどまで本屋がいた場所に燃焼性の飛翔体が撃ち込まれる。黒煙と爆発が上がって〝掃除〟が完了する。

 本屋はそれを遥か遠くから見つめつつ、手元の送信機のボタンを押し込んだ。

 森の土と木々と岩が山のように盛り上がって、閃光が走ると衝撃波が森を震わせた。紙殲部隊の機械群がまとめて巻き込まれて沈黙するのが見える。

 本屋は顔から双眼鏡を外して、ホッと胸を撫で下ろした。

 通信機を取り出して、彼は短く言い放った。

「中央都市の航空機を確保した。座標を送る。急いだ方がいいぞ」

 通信を終えて、本屋は浮動車に乗り込むと走り出した。

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