絡んだネックレス

翠雨

第1話

「はぁ、やっぱり無理。」

 小さな石がついたネックレスの細い鎖がぐちゃぐちゃに絡まってしまっていた。

 3か月前に留学に行った彼氏からのプレゼントだ。留学前最後のデートでもらったときは寂しさが勝り、ちゃんと喜べなかった。

 会いたいときに会えないと、やたらと会いたくなるもので、何度も会いたいと言う言葉を飲み込んだ。

 その頃は、ネックレスをして自分もなにか頑張ろうと思ったりもしたのだ。


 いつのまにか絡んでしまった。


「私たちみたい…。」

 はじめは、時差があるのも気にせず、LINEを送りまくっていたっけ。それから、夜中や学校に行っている時間には、連絡しなくなっていった。ついに私からは連絡しなくなり、彼からのLINEに相づちを打つだけになる。いつのまにか、彼からの連絡もなくなってしまった。

 『あれ?今日って連絡来てないな。』って思ったけれど、『明日には来るだろう、次の日には来るだろう。』って思っているうちに、連絡できなくなってしまった。


 今さら、何を連絡すればいいんだろう…。


 留学としては長いほうではない3ヶ月がたち、そろそろ帰ってくる頃だと思う…。

 いつ帰ってくるのか聞いていない。


 私たち、このまま終わりなのかな…。


 LINEの彼とのトーク画面を開く。送っていないメッセージが残っていた。

『いつ帰ってくる?会いたいよう。』

 送信ボタンを押すでもなく、消去するでもなくそのまま閉じる。

 彼に会いたいと気持ちと、どんな顔をして会うつもりなんだと自分を責める気持ちでぐちゃぐちゃだった。




「ピロロン」

 スマホを開くと彼からだった。

 どうしよう…。見ないと…。


 えい!


『帰ってきたんだけど、会えないかな?』


 ついに終わった。きっと別れを告げられるんだ…。


 でも、会って伝えてくれる彼の誠意に答えよう。私もちゃんと会って、『ありがとう。ごめんなさい。』って言いたい。




 何度も一緒に歩いた、いつもの公園。

 あの頃は、なんでもない日常だったはずだったのに。

 ぐちゃぐちゃネックレスはつけることは出来ないから、右のポケットのなか。


 早く来ちゃった。


 後から到着したら、何て声かければいいんだろうって悩んだ末、30分も前に到着してしまったのだ。ソワソワしてしまって何も手につかなかったし。


「お待たせ。はい。これ、お土産。」

 留学前より、少し大人っぽくなった彼の姿があった。

「あ、お帰り。ありがとう。」

 お菓子の大きな箱と、花柄のポーチ。


 お菓子はチョコレートかな?私が甘いもの好きなの覚えていてくれたのかな。


 お土産と彼を見比べていると、彼の視線が首を見たのを感じた。

 ドキッっとして、慌てて右のポケットのぐちゃぐちゃネックレスを握りしめる。


 絡まってしまったなんて、言えない。つけていない言い訳にはなるかもしれないけれど、大切にしていなかったみたいでしょ。大切にしていなかったわけではない。つけたり持ち歩いたりしているうちに、いつのまにか絡んでしまって、ほどこうとして、どんどん酷くなってしまったんだけど。

「留学どうだった?」

「楽しかったよ。有意義だった。」

「観光とかも出来たの?」

「うん。………」

 あと一歩踏み出して手を伸ばせば、触れられる。逆にそれくらい距離があって、私たちの関係を表しているみたい。


 やっぱり、終わったんだ…。


 ポケットの中、握りしめたネックレスがさらに絡まっている気がするけれど、取り出すことなんか出来ない。


 少し無言の時間が過ぎた。

「留学にいってごめん。」

 なんで謝るの?あなたの頑張りを応援したかった。

「ちゃんと応援してあげられなくてごめん。」

 彼が、私の頭を撫でた。

「最後に、どうしても会いたかったんだ。」

 彼は私の頭を撫で続ける。


 最後って言った…。


 ボロボロと涙が溢れた。

「えっ!えっ?」

 慌てた彼が、撫でていた手を引っ込める。

「ごめん。」

 ちがう!ちがうの!

 一歩近づいて、彼の服をギュッと握り、引き寄せるように自分が近づき、肩に顔を埋める。

「え?」

 彼の手が惑うように肩と腰を行き来し、最後に腰に回った。

 今まで、凝り固まっていた気持ちがほどけていき、涙となって溢れ出す。

 彼の背中に回した腕に力をいれ、ギュッとくっつく。

「会いたかった。意地はってごめん。」



 散々泣いたから、メイクはぐちゃぐちゃ。

 右のポケットに手をいれて、「へへへ。」と笑う私に、彼が気づいた。

「ポケット、どうしたの?」

「あ!なんでもないの!」

 慌ててポケットから手を出したら、指に引っ掛かってネックレスが滑り落ちた。

「あっ、それ…。」

「ごめん!絡んじゃって、それで!」

 あちゃー。やっぱりポケットのなかでもっと酷くなっている。

「すごいね…。貸して。」

 ベンチに座って無言な時間が過ぎた。でも、彼とぴったりくっついて体温を感じている時間は幸せだった。寒くなってきた頃、彼はあんなにぐちゃぐちゃだったネックレスをほどいてしまったのだ。


 彼と手を繋いだ私の首で、夕日を浴びてキラキラ光っていた。

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