ヒポグリフ

るつぺる

京都事変

 竹野はヒポグリフと付き合い始めた。もちろんヒポグリフってのはあだ名で本当にヒポグリフじゃあない。ヒポグリフは単に顔がヒポグリフっぽいよねと昔から言われていたがまさか竹野と付き合うだなんて誰が想像しただろうか。竹野はサッカー部のキャプテンで運動神経も抜群ながら勉強もできて成績はいつもトップクラスだった。おまけに実家も太く隙のない竹野の相手があのヒポグリフなのだと皆に知れ渡った瞬間、クラスどころか学年を飛び越えて女子連中がざわついた。俺たちみたいな名もなき男子でさえ「おいおいマジかよ」となったのである。

 竹野とヒポグリフが付き合うキッカケになったのは修学旅行の時、京都へと訪れた日だった。竹野はうっかり財布を落としてしまい小遣いをすべて失った。とはいえ竹野もそこまで落ち込む様子もなく、なにせ実家が太いもんで小遣いなんて後からいくらでももらえるのだろうと俺たちも事を大きく考えなかった。ただ今にして思えばせっかく遥々訪れた京都で土産ひとつ買えずに街の景色を眺めるだけの竹野を、いくら口では大したことじゃないと本人が言ったとてそれは強がりだと慮るのが友達だった。だが現実は脳天気な連中が自分ばかりを楽しもうとして、誰も竹野の孤独に寄り添ってやれなかったのだ。その時だった。ヒポグリフが竹野に向かって言ったのだ。「おたべ、買い行こう」おたべってのは粒餡を生八ツ橋の生地で包んだ甘い餃子のことだ。京都の名物でもある。京都に来たら"おたべ"だろよと時のローマ皇帝ガイウス・ユリウス・カエサル・オクタウィアヌスでさえ公言していたほどだ。そんなおたべを買いにヒポグリフは竹野を誘った。もう勝てるわけがなかったのだ。人は無力な時に手を差し伸べてくれる者に惹かれる。その瞬間、竹野とヒポグリフ以外の森羅万象がモブ化し二人は愛の世界へと到達したのだった。


 竹野とヒポグリフが付き合い始めて幾日が過ぎた頃、事件は起きた。京都事変以前より竹野親衛隊一番隊隊長を務めてきた城ヶ崎春江がヒポグリフを呼び出したのである。城ヶ崎は竹野同様に太い実家の使い手で、自らが竹野に相応しいと思い続けてきた女子であったが、今となっては気品も剥がれたメッキと地に落ち、もはや嫉妬に狂った悪鬼と成り果てていた。噂によると城ヶ崎は取り巻き達とグループLINEでヒポグリフ暗殺計画を企て、今日それを実行するつもりだという。ここまでくるともう法を踏み越えた話だ。しかしヒポグリフは城ヶ崎の誘いに応じた。俺たち名もなき男子は事の顛末を見届けるべく体育館裏に集合した。


「おい、ヒポグリフ。あんたどーゆーつもり? なんで呼び出されたかわかってんよね?」

「えっと わたし」

「カマトトぶってんじゃねえぞ! あんたみたいなのがなんで竹野様に見初められんのよ! あたしこそが! この城ヶ崎春江様様天照大神超明神こそが竹野様の永久伴侶なのよ!」

「ユウキくんは」

「ユユユユユユーーーッ ウギーーーッ お前ーーーッ 竹野様を下の名で お前ーーーッ もう許さない。お前をころ ころ じでやる!」


「やめろ!」

 竹野が来た。竹野はヒポグリフに寄ると大丈夫かと声を掛け優しくその頭を撫でた。

「竹野様これは」

「城ヶ崎さん、今すぐ消えてくれ。でないと僕は」

「なんでよ! 竹野様はこんなヒポグリフのどこがいいのよ!」

「美鈴はヒポグリフじゃない! 美鈴は 美鈴は! エビルホークだ!」

 そう、竹野の言うとおり愛田美鈴はエビルホークだ。けれどエビルホークはドラクエのモンスターであって、そんなドラクエのモンスターが歩いているわけないだろという現実逃避からか愛田美鈴をヒポグリフ呼ばわりしてきた俺たちだ。ヒポグリフもいないだろと気づけない逃げ遅れた俺たちだ。けれど竹野は違う。エビルホークの存在を認めつつ、愛田美鈴という個を見つめていた。二人の愛は本物であり、その絆は実家の太さなどでは踏み躙れないのだ。城ヶ崎は崩れ落ちて泣いた。卑劣な嫉妬の悪鬼だった城ヶ崎ではあるが敗者として流した涙は温かかっただろう。だが二人の愛の熱情はさらに熱かったのだ。だから城ヶ崎は敗けた。竹野はヒポグリフ、いやエビルホーク愛田の肩を支えながら二人はその場を後にした。

「いいものを見せてもらった」

「ドラクエやりたくなってきた」

「じゃあ俺はFFだ」

「なら私はエストポリス伝記」

「僕は大貝獣物語」

「スーパー伊忍道」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヒポグリフ るつぺる @pefnk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る