6

     6



 大型のキャンピングカーは、コーナンの駐車場内を全速力で走る。

 それを見たゾンビたちは、車の方に進路を向けて歩き出していた。

 キャンピングカーを運転していた直也は、先ほどこの車が動けなくなっていた場所を目指していた。

 彬と雅は、外に出る準備をしていた。

「雅さん。やっぱり俺一人で出ますよ」

「いや、一人じゃ危ないよ。……それに、お前にはさっき命を助けられたカリがあるしな……。気にすんな」

「でも……」

 彬が何かを言いかけたとき、直也が叫んだ。

「雅。もう着くで!」

「よっしゃ! 彬、行くぞ!」

「は、はい」

 車は先ほどとほぼ同じ場所に停車した。辺りには数十匹のゾンビが徘徊していた。雅と彬は、躊躇することなくドアを開けた。

 先に外に飛び出したのは雅だった。雅は外に出ると、二匹のゾンビを倒す為に鉄パイプと包丁で作った手製の槍で、ゾンビの顔面を突き刺した。

 彬も後に続き外に出、先ほど雅を襲ってきたゾンビを探した。その後ろからは三匹のゾンビが近づいてきていた。

 車内では、剛司と光一が、雅たちの援護をするために手製の槍を手にしていた。

「光一。行くぞ」

「おう」

 二人は、彬に近づく三匹のゾンビを倒すために外に飛び出した。

 キャンピングカーの周りには、次々とゾンビたちが集まりだしていた。それを車内から見ていた直也と登にも緊張が走る。

 外に出た彬のことが心配で堪らない妙子は、車内の窓から彬をジッと見つめていた。

 外では、ゾンビと闘う雅、剛司、光一と、ペンダントを探す彬の四人が、動き回っていたが、誰一人気づかない存在があった。

 窓から彬を見ていた妙子が急に大声を出した。

「キャー! 危ない!」

 その声に驚いた登が、

「どないした、妙ちゃん?」

 妙子は登の言葉が聞こえないくらい焦っていた。窓ガラスを叩きながら大声で叫ぶ。「彬! あぶない!!」

 登が慌てて妙子の隣から彬を見ると、彬の背後からは、ゾンビが這って近づいていた。

「あっ!」

 妙子と登が同時に声を発したとき、彬は絶叫していた。

 外では、「うわー!」という絶叫を聞いた雅たちが、彬の方を見ると、彬は背後からゾンビに襲われていた。

 必死で逃げようとする彬。その窮地を救い出そうと雅たち三人が走り出す。

「こいつ! 離しやがれ!」

 彬は必死で抵抗するが、ゾンビは容赦なく襲いかかり、そして、ついに彬はゾンビに右肩を噛まれてしまった。

 それを見た妙子と登は絶句し、雅たちは、彬に噛みついたゾンビを引きはがそうと必死だった。



 キャンピングカーは平均時速を保ちながら走っていた。

 運転をする直也。助手席の光一。後ろのテーブル席の雅、剛司、登。それぞれが暗い表情だった。

 一番後ろのベッドルームでは、ゾンビに噛まれた彬が痛みに耐え、妙子は必死で看病していた。

「大丈夫、彬?」

「……あ、ああ」

「馬鹿なことするから……」

「ハー、ハー……でも、これは大切な思い出だから……」

 そう言うと、彬は右手に持ったペンダントを上にあげた。

「バカ……彬のバカ………」

 妙子の目からは、涙が溢れていた。


 午前2時。月明かりがキャンピングカーを照らし、道はヘッドライトで照らされていた。

 剛司は60キロのスピードで車を走らせ、運転席の上では直也と光一が仮眠を取っていた。テーブル席のソファーでは、雅と登が今後の事を話し合っていた時、ベッドルームの方から妙子の大きな声が聞こえた。

「彬!」

 その声に気づいた雅と登は、カーテンを開けて中を見ると、彬が息絶えようとしていた。

「た……妙子………ご…ごめん……な………」

「彬」

 妙子は泣きながら言い、それを見ていた雅と登は言葉が出なかった。

「た…えこ………あ……愛………して…………」

 彬はそれだけ言うと、全身の力が抜けたように眠った。

「アキラ!」

 妙子は、泣きながら彬の身体を揺すり、大声で叫んでいた。

 雅と登は、妙子らから目を背け、そっとカーテンを閉めた。


 明け方。林道の近くで、雅たちは少し盛り上がった土を囲むようにして集まっていた。「彬……」

 妙子が囁く。

 野村 彬は、その土の中で眠っていた。

 全員が手を合わせお祈りすると、妙子が缶ビールを手に持ち、その土の上にかけた。「彬……、一杯飲んでいいからね………」

 剛司はその仕草を見ながら、「……行くか」と言う。

 剛司が先頭に車に乗り込んで行き、光一、直也、登と続いた。

「妙ちゃん……、行こか……」

 雅は妙子に優しく声をかける。

「うん」

 雅は、妙子の返事を聞いて車に乗り込んでいく。

「彬……さよなら………」

 妙子は涙を流し、何度も何度も振り返りながら、ゆっくりと車に乗り込んでいった。



 彬との別れを済ました一行は、函館方面を目指して走っていた。

 車内では、テーブル席に雅、登、光一、剛司の四人がこれからのことについて話し合っていた。

「妙ちゃん、大丈夫かな」

と、剛司が後ろのベッドルームの方を見ながら呟く。

 妙子は一人ベッドルームに籠もっていた。

「今はまだ無理やろ……、時間が解決すると思うけどな」

と、登が言う。

「でも、少し噛まれただけで、何であんなに早く身体が腐っていくんやろ」

 光一の言葉に、登が続いた。

「ホンマ、噛まれてから半日も経ってないで……」

「それに、奴らの力も半端じゃなく強いよな」と剛司。

「ああ……。俺も奴らに捕まれたとき、振りほどかれへんかったもんな」と雅。

「ホンマ、大の男並の力やもんな」と登。

「でも、奴らは走ることが出来ないのが、俺たちにとっては幸いやで」と雅。

「行動力では、俺たちの方が上。それがキーポイントだよな」と登。

「でも、奴らの数は、圧倒的に俺たちより多い」

 剛司が前方の方を見ながら言うと、登が続けた。

「ああ……。それに、その数も増えてるみたいやしな」

「情報が欲しいが、テレビもラジオも放送してないし……」

 雅は難しい顔をして、車内のテレビを睨み付ける。

「完全に見捨てられたって感じですね」と光一。

「やりたい放題の無法地帯てか」と剛司。

「いや……死人地帯やで」

 雅は、窓の外に見えるゾンビたちを睨みながらそう呟いていた。

 車は、直也が無言のままに函館方面へと走らせていた……。



 その日の夕方。

 林道の少し外れた、土が盛り上がっている場所では、おかしな事が起こりだしていた。

 土の中から、ゴソゴソと人間の手が出て来た。最初は右手、次に左手と……。

 土の中から、小柄な男が這って出てきたのだ。

 その男の顔は青白く、目は虚ろで、身体は腐敗していた。

 男は、函館方面を指さすような仕草をとり、ゆっくりと歩き出した。

 この死人こそ、雅たちに埋葬された、野村 彬であった。

 彼はいま、ゾンビとして蘇ってしまったのだ………。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

屍人地帯 勇久仁 @yukuto42

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ