5

     5



 雅たち五人が店内に入ってから半時間が過ぎた頃、駐車場に出てきていたゾンビ共も、雅たちの後を追うように店内に逆戻りしていた。

 店内には無数のゾンビ共が、軽トラックのエンジン音につられて動き回っていた。

 雅たちは、目当ての物を全て手に入れ、店外に出ようとしていた。

 一方、キャンピングカーの彬と妙子は、ゾンビの群れに脅えていた。

「遅いな……。やっぱり、あいつら逃げたのかな?」

「でも……店の中に入ったきりだから、どこにも逃げられないと思うわよ」

「だよな……」

 彬と妙子の不安は、『ガシャン』『ガシャン』という音と同時に消え去った。

 雅たちが乗った軽トラックが、勢いよく店から飛び出して来たのだ。

 荷台の上から、雅・剛司・直也・登の四人が、ゾンビ目がけて火炎瓶を投げつけていた。

「光一! 彬たちの方に走ってくれ!」

 雅の叫び声と同時に、軽トラックはスピードを増した。

 キャンピングカーの手前10メートル付近で、軽トラックは左折し、荷台からは雅と直也が木材をほり投げ、登と剛司は、その木材目がけてガソリンをかけていく。

 木材はキャンピングカーと店の間に、横一列に並べられていた。

「よし、後はあの木材を燃やすだけや」と雅。

「じゃ、投げるで」

 と、言うと同時に、剛司は火炎瓶を木材目がけて投げつけた。それにつられて、直也、登、雅の三人も、火炎瓶を投げる。

 火炎瓶は木材付近で割れ、ガソリンを含んだ木材は火柱を立てて燃え出す。

 この光景をキャンピングカーの中から見ていた彬と妙子は、嬉しさのあまり抱き合って喜んだ。

「やった! あの人らはやっぱり助けに来てくれたんや!」

「よかった! よかったね、彬!」

「ああ!」

 店内から外に出てきていたゾンビたちは、火柱付近で顔を手で庇うようにして、その場から先には進めなくなっていた。

 キャンピングカーに群がっていたゾンビたちは、雅たちの方に向かってゆっくりと歩きだしていた。

「20匹程やな。二人一組で、蹴散らすで!」

 雅の号令と同時に、軽トラックはキャンピングカーに向かって走り出す。

 近づくゾンビに向かって、雅と登がガソリンをぶっかけると、剛司と直也は、ライターと殺虫剤を使ってバーナーのようにしてゾンビを焼いていく。

 ガソリンをかけられたゾンビ共は、一瞬にして火だるまとなる。

「剛司、登! 後を頼むで!」

 そう言うと、雅と直也が荷台から飛び降りた。

 雅と直也の役目は、両方の車にロープ取り付ける作業だった。

 直也は、軽トラックの後ろ側にロープを括り付け、キャンピングカーの後ろ側に回った雅も同じようにロープを取り付ける。

 仕事が済んだ二人は、キャンピングカーに乗り込もうとする。しかし、車のドアにはロックがかかっていた。

「おい! 開けろ!」と直也。

 慌てて、彬が横のドアロックを解除する。

 直也と雅がキャンピングカーに乗り込むと、彬と妙子は最高の笑顔で二人を迎えた。

「よかった! 助かりました」と彬。

「まだ、助かるかどうか分からへんぞ」

 直也はそう言いながら、運転席に移動していく。

 剛司たちの方では、ゾンビ退治も終わり、剛司と登は荷台から下り、火柱の向こう側にいるゾンビの襲撃に備えた。

『プップー、プップー』というクラクションを合図に、光一と直也が車を動かし出す。 直也はギアーをバックに入れ、アクセルを吹かす。光一も、ローギアーでアクセルを踏み込む。しかし、キャンピングカーは動かない。

「あかんわ、雅! 動かへん」

「ほんまに?」

「うん……」

「しゃあない。俺らが外から押すわ。彬、一緒に頼む」

「は、はい」

 雅と彬は、外に出るためにドアを開けた。その瞬間、ゾンビが雅に襲いかかってきた。

「うわ!」

 雅に襲いかかったゾンビは、凄い力で彼の腕を掴んだ。雅は、その手を振り払おうと必死になるが、ゾンビの力は意外に強く、振り払うことが出来ない。

 彬は、襲われている雅を救い出そうと、ゾンビの顔を数回蹴るが、ゾンビは雅から離れなかった。

「彬! 俺の腰にあるドライバーで、こいつの頭をやってくれ!」

「は、はい!」

 彬は、雅の腰ベルトに吊されているドライバーを手にすると、ゾンビの頭を目がけて飛びついた。

 ドライバーがゾンビの頭に刺さると、血しぶきを上げ、ゾンビはそのまま彬が覆い被さるようにして仰向けに倒れ込んだ。

「助かったわ、彬ちゃん」

「いえ……」

と、言って彬が立ち上がった時、彬のペンダントがゾンビの手に引っかかって取れていた。その事を彬自身は気づいていなかった。

 ホッと胸を撫で下ろした雅は、すぐさま車の前に回り込み、彬と二人で車を押し出した。直也もクラクションを鳴らし、光一と共に車のアクセルを踏み込むと、キャンピングカーはゆっくりと動き出し、溝に落ちていたタイヤが元に戻った。

「やった! 抜け出したぞ!」

 直也が大声で叫んだ。

 光一も車がスムーズに動き出したことで、それに気づいた。

「剛司! いけたみたいやぞ!」

「ああ! 光一もそれ捨てて、早よこいや!」

「おう!」

 剛司と登が、キャンピングカーを目指して走り出すと、光一も軽トラックから降り、その後に続いた。



 キャンピングカーに乗り込んだ七人は、駐車場の風景を見ながら、ゆっくりとその場を離れ出す。

「い~や、やばかったよな。軽の方、ガソリンが底をつきかけてたから、こいつが動けヘン時はどないしょうと、マジで焦ったで」

 助手席に乗っていた光一が、微笑み混じりで言うと、今度は剛司が言った。

「ホンマやな。火炎瓶を作るためにガソリンをかなり採ったからな」

「けど、雅の発想は奇想天外やで」と登。

「ホンマに……。元暴走族の俺でも、あんなアイデアはでえへんもんな」と光一。

 車内ではそんな会話をしながら、先ほどの脱出劇で盛り上がっている時、彬一人の様子がおかしかった。

「どないしたんや、彬ちゃん?」

 心配そうに雅が声を掛ける。

「いえ……。………」

「どないかしたんか?」

「いえ……。あの……ペ、ペンダントが……」

「ペンダント? それがどないしたん?」

「あっ、はい……。いえ、無くなっているんです……」

 彬はそう言いながら、自分の胸元をまさぐっている。

「………」

 雅が無言でいると、剛司が言った。

「別にええがな。命の方が大事やろ」

「……そうなんですが……あ、あれは……コイツとの思い出の品で……」

 彬は顎で妙子を指す。

「彬……いいじゃない別に」

「いや、あれだけはダメや……。あれは、お前が初めて俺にくれたもんやからな」

「でも……」

 車内のみんなは、彬の次の一言を予感していた。

「あの……戻ってくれませんか」

 彬の遠慮気味のその一言で、剛司がキレた。

「お前アホか! ペンダントごときで、命張れるか!」

「分かってます! でも、あれは俺にとって一番大切なもんなんです!」

「アホかお前! 命よりも大切なもんあるけ!」

 剛司の怒りはだんだん増してきていたが、彬も必死で食い下がる。妙子も彬を必死で止めようとするが、彬の意思は変わらなかった。

「俺、一人でも行きますから……」

「一人って、お前……」

 剛司も開いた口がふさがらなかった。

「一人でも行きますから、車止めてください」

 彬がそう言った瞬間、雅が彬の胸ぐらを掴み自分の方に引き寄せた。

「俺たちは遊んでんじゃねえぞ。あの化け物共を甘く見るな」

 雅の形相に、彬は少したじろぎながら、それでも自分の意志を強調した。

「分かってますよ。でも、アレだけは、絶対に必要なんです……」

 車内に沈黙が流れた。その沈黙を雅の一言が破った。

「直也、戻ってくれ」



 雅たち一行は、再び先ほどの場所へ向かっていた。彬のペンダントを取りに行くために……。

 駐車場が一望できる場所まで来ると、車は静かに停車した。

 その風景は、ゾッとするほどだった。駐車場の敷地内にはゾンビがあっちこっちを歩き回っており、数十分前までは燃え上がっていた材木も、今では消えていた。

「マジで行くんか、雅?」と直也。

「ああ……」

 それだけの会話で、車内には緊張が走った。

 直也は意を決したように、アクセルを踏み込んだ。キャンピングカーは、ゾンビたちの群れの中に突っ込んでいく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る