第12話 バッファー&ヒーラー
「ここから道なりに100メートルほど進んだところに鉱山がある。この先は王国兵の監視が厳しくてな、俺が案内できるのはここまでよ」
「構わないわ、ありがとう」
「フィオナの爺さんには昔、随分と世話になったからよ。爺さんの頼みとあれば、このくらい安いもんよ!」
ヴァンとユナを乗せた送迎屋は、フィオナへの感謝を述べるとドアを開けた。
2人が降車したのを確認してから、車体を翻して元来た道へと消えていく。
臙脂色をした瓦礫が転がる道を進み、2人は鉱山の入り口を目指す。
鉱山の入り口には案の定、王国兵の見張りがついている。
王国製の鎧を纏った兵士が両脇を固め、その隊列を統率しているのが中央に構えるメガネの男だ。
「これは予想外ね……早速ボスとご対面よ」
「王国近衛兵『ブレイド』か。簡単に通してはくれないだろうな」
草木ひとつない開けた荒地では、身を隠すオブジェクトがなにもない。堂々と正面突破で臨むが、ブレイドと目が合った瞬間に警告が下った。
「止まれ侵入者め!何者だ!」
行く手を阻むブレイド。
一斉に2人の周りを囲んで退路を断った王国兵。ジャカッという音とともに、魔導小銃を構えて銃口を突きつける。
ヴァン達は両手を挙げて観念する意思表示を見せた。フードを被って顔を隠していたが、そんな小細工はすぐに破られてしまうだろう。
「正体を見せろ。蜂の巣にされたくなければな」
発砲することを示唆して、顔を露わにするよう要求する。
やれやれという具合で肩を落とすと、ヴァンは静かにフードを捲った。
「まさか入口で遭遇することになるとは予想外だったぜ」
「この状況、アンタどうするつもりよ。やっぱり武力行使で強行突破?」
彼らが顔を明かした時、思わぬ来訪客の登場にブレイドは相当面食らっていた。
「これは驚いた。クックック、お久しぶりですユナ様。しばらく見ないうちに、随分と穢れた女に成り下がりましたね。下民らしさが板についてきたようで何よりです」
「フン、アンタは相変わらず鬱陶しくて安心したわ」
「なに、魔法の訓練から逃げ出したユナ様程度なんの脅威でもない。……が、問題は隣の男だ。僕は自分の実力を過信しない。奴は、一筋縄ではいかない男だ」
S級冒険者として名を馳せていたヴァンを目の前に、彼は冷静に分析する。
無数の銃口に囲まれてなお、ヴァンは動揺する素振りすら見せない。その肝の据わりっぷりは、紛れもない強者の余裕だった。
「どうせ敵対するんだ、それなら先に潰しておくか?」
ユナを罵倒されたことに気を悪くしたヴァンは、鋭い眼光で睨みつける。
その眼力の迫力は凄まじい。鉱山の麓にピリッと緊張感が漂う。
準備運動と言わんばかりに指をバキボキと鳴らし始めるヴァン。
しかし、ブレイドの表情も曇ってはいない。なにか策を企んでいるような顔だ。
ブレイドは懐から、ひとつ赤色のボタンがついた装置を取り出した。
わざとヴァン達に見えるように手を高く挙げて翳すと、彼は勝ち誇った顔で装置の解説を始める。
「よく聞け!この鉱山で働いている奴隷の数は300人を超える。僕はその全員に、漏れなく首輪をつけているんだ。首輪には爆弾が仕込まれているからね、怠けている奴隷を見つけたら、その首を吹き飛ばすのさ」
「……外道め」
「君も下民を従える立場になったらよく分かる。手っ取り早く言うことを聞かせるには、恐怖による支配が最も有効なんだよ」
「まさか、そのボタン……!」
「流石!察しがいいね。このボタンは、鉱山で働く奴隷全員の首輪に繋がっている。僕の気分次第で、300人の命が飛ぶ。もし君が魔法で僕を攻撃してきたら、僕は迷わずこのボタンを押すさ」
「な、なんて卑怯な男。正々堂々と戦いなさいよ!」
「正々堂々?……これだから戦場に立っていないお嬢様は困る。命の取り合いに、卑怯も真剣勝負もないんだよ!」
吠えるユナを嘲るブレイド。
彼はボタンを握った腕を突き出して威嚇する。300人の人質の命がかかっているとなると、いくらヴァンでも迂闊に手が出せない。
彼等が身動きできないのをいいことに、ブレイドは次なる策に出る。
「おい!出て来い!」
ブレイドが怒鳴って命じると、物陰に潜んでいた女性が足を竦ませながらゆっくりと歩いてきたのだった。
その女性の顔を見たヴァンは仰天し、思わず声が出た。何故なら、彼女はゲイドに命を奪われたものだと思っていた、かつての仲間だったからだ。
「ミ、ミーア!?なんで」
「ヴァンくん……」
思わぬ場面でしばらくぶりに顔を合わせた2人だったが、感動の再開とはいかなかった。ミーアはブレイドの手招くまま彼の横に近寄ると、ちょこんと隣に収まる。
彼女の首にも首輪がついているのを、ヴァンは見逃さなかった。
「さぁミーア、僕に魔法をかけるんだ。君がS級冒険者だった所以を、今こそ僕に証明してくれ!」
「はい……ブレイド様の仰せのままに」
感情を失った機械のように返事すると、彼女は流れるように指を組んで魔法の『印』を結んだ。白く光った彼女の細い腕がブレイドの背中を撫でる。
彼女の魔法をよく知るヴァンは、彼女の魔法がどれほどの脅威になり得るか理解していた。
「どういう経緯で王国軍にいるのか知らないが、どうやら俺達とは敵対するつもりらしいな。……味方にいると心強いが、敵に回すと相当厄介だ」
「あの人って、元『トリオンフ』の?凄い痩せ細ってるし生気もないけど、彼女そんなに強い訳?全然そうは見えないけど……」
ユナの言う通り、一見すると不健康な色白の少女だ。
細い足腰からは、とても戦闘が得意には見えない。
ただ、彼女の魔法の真骨頂は別のベクトルにある。
「ミーアのパーティーでの役割は『バッファー兼ヒーラー』だ。最近はアタッカー自身で強化魔法や回復魔法を唱えることが多くなり、彼女のような純粋なバッファーやヒーラーは少なくなってきた。ただ、このレベルまで極めれば話は別だ」
「そ、そんなに?」
「ああ、この状況は非常にマズい」
ミーアから力を受け継いだブレイド。
身体を白光が包むと、彼は神々しく輝いた。その輝きはやがて脇を固める王国兵たちにも順々に移っていき、全員が彼女の光を享受することとなった。
「魔法威力増……魔力保有量増……肉体強化……集中力強化……自然治癒力強化……知力強化……」
ミーアが王国兵全員に付与した効果を淡々と読み上げていく。
魔法を使って戦う者として必要なスキルを全て大幅に底上げし、さらにS級規模の回復魔法で無限に戦士として蘇る。厄介どころの話ではない。
「フフ、ハハハッ!いいぞミーア、相変わらず最高の気分だ。今の僕なら何だって成せる、僕は誰にだって負けやしないぞ!……さて」
ブレイドはヴァン達を指差して、肉食獣が獲物を料理する時の目でなぶる。
そもそも人命を握られている以上は手出しができない。
窮地に立たされたヴァン達。すぐには現状、打開できる策が思い浮かばない。
ブレイドは溢れんばかりの『力』に、魔法を撃ちたくて仕方がない様子だ。
ウズウズと武者震いに見舞われている。
砂煙を巻き込んだ突風が吹いたのを合図に、ブレイドは容赦なく魔法を唱えた。
加えて部下の王国兵達にも一斉に攻撃の指令を出して殲滅へ畳みかける。
ヴァン達にとって、展開はまさに絶体絶命だった。
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