第11話 慟哭鉱山と召喚獣。

慟哭鉱山。


ロクな装備も支給されていない奴隷達が、汗水たらして昼夜馬車馬のように働かされる、言わば生きる地獄のような環境だ。



「そこ!なにサボってるんだ!」



見張りの王国兵に職務怠慢が見つかると、その場で直ぐに懲罰が始まる。

王国兵が腰に携えた特殊警棒で奴隷を殴打すると、他の労働者の見せしめにする。

これが鉱山の日常的な風景だった。



「もっ!申し訳ございません!しかし私、足の骨が折れているみたいで、コレ以上は身体が動かず、どうしたらよいでしょうか……」



鞭打ちに遭った奴隷が、四つん這いになりながらも恐る恐る申し出た。


過去の例を見るに足腰が使えなくなった奴隷は容赦なく殺害され、この無限の鉱脈の中に遺棄されるのが濃厚だった。


だが、なぜか今回は対応が違う。


王国兵は期限を損ねることなく、鉱山の中に建てられた王国軍の支部を指差した。



「骨折しているのか、なるほど。それなら天使様に診てもらえ。どんな怪我でも一瞬で治してくれる」



一瞬言葉が理解できずにキョトンとしているも、それが夢じゃないと分かった後は奴隷の顔がパッと明るくなった。


彼らは過酷な環境でも決して生きる希望を捨ててはいない。命を繋ぐことができた事実を、奴隷同士で静かに喜んだ。


骨の折れた奴隷に仲間が両脇から肩を貸し、奴隷たちはヨタヨタと王国兵の支部へ歩を進めていくのだった。




——王国軍 慟哭鉱山支部



「……はい。これで足の骨折は治っているハズです。他にも肉体疲労、精神疲労、それに睡眠不足からくる体調不良も回復させました」


「す……凄い!?本当に足が動く!それに身体が軽い!ぐっすり寝た後のような、怠さが消えて活力が漲ってくる!」



回復魔法を受けた奴隷は、大声をあげて思わず大はしゃぎした。ここ何年かで感じたことのない解放感。残っていた膿が全て取り除かれたような心地良さだった。



「天使様!ついでに俺も魔法かけてくれ!」

「俺も俺も!この怠さを無くしてくれるならいくらでも働くからよ!」



付き添いでやってきた2人の男達も懇願する。

男の豹変ぶりに気になったのだろう。


薄汚れた鉱夫たちの熱い要望に気圧されながら、天使様と呼ばれた女は彼らに施しを与えるのだった。


華奢な腕を伸ばして手のひらを鉱夫の胸に添える。

彼女が一瞬目を閉じると男達は淡い黄緑の光に包まれて、次の瞬間には既に全快になっていた。



「し、信じられん!嘘のように体調が戻った!?」

「なんてことだ!貴女は本当に、この鉱山に舞い降りた天使様だよ!」



感激した鉱夫達。皮が固くなったゴツイ手で彼女の華奢な手を熱く握ると、押し倒す勢いで感謝を伝える。


彼女はそれを苦笑いでやり過ごす。

やがて彼らが現場に戻るのを見届けると、ハァと小さく息を吐いた。


そんな彼女の背後から、治療室の床を革靴が音を鳴らして近づいてきた。



「いやはや、君を買った僕の判断はやはり間違っていなかったようだ。君が回復させてくれるおかげで、奴隷どもの作業効率がグンと上がっている」


「ブレイド様……」


背後から彼女に声をかけたのは、慟哭鉱山を管轄して指揮を執っている男、『ブレイド』だった。銀色の丸メガネにパーマがかった焦げ茶の神。身長は高く、いかにも理知的で聡明そうな人物に見える。


「まさか奴隷市に君のような掘り出し物があるとは思わなかったよ。元S級冒険者のミーア。しかし感謝して欲しいね。奴隷だった君が、今はこうして鉱夫達から『天使様』などと崇められるようになったんだ」


「仰るとおりです。ありがとうございます」



膝をついて正座するミーアの周りを、彼は舐めるような視線を浴びせながらカツカツと歩き回る。ミーアは鉱夫達から崇拝されてはいるが、決して裕福な暮らしを送っている訳ではない。新米の王国兵以下の食事が支給され、土煙で汚れた洋服を着続けている。



「ミーア、君は顔も美しいけれど、どうも体型が僕好みじゃない。僕はもっとふくよかな女が好きなんだ。残念だけど、僕の愛人候補にはなれないね」


「……」


「君の回復魔法で体型を変えられたりはしないのかい?そうすれば、考えてやらないこともない」


「それはできません。私の回復魔法は、自身にはあまり効果がありませんので」


「チッ!残念だな。申し訳ないが僕は細い女に興味がないんだ。……よし、僕は現場を見てくる。君は引き続き奴隷どもの回復に努めてくれ」




――慟哭鉱山内 召喚獣制御実験場



丸く大きい穴が開いたその真ん中には、巨大なフクロウを模した召喚獣が浮いている。ただサイズ感はフクロウなどとは比べ物にならない。


両翼を広げれば全長は12メートルにも及ぶ。岩をも砕く鉤爪に、ミサイルすら弾き返す強度を誇るクチバシ。猛禽の王どころか、空の王者を冠する召喚獣だ。


その猛禽の名は『ジュピター』。


風を自在に操り、数えきれないほどの王国空軍や戦闘機を葬ってきた。


しかし今やかつての空の王者としての面影はなく、魔法や科学技術の進歩の前に為す術無く屈している。翼を含む全身に鉄輪が装着されており、その鉄輪に含まれた装置が召喚獣を弱体化させることで、その規格外の力を抑えつけているのだ。



「総員!配置につけ!」



指揮を執るブレイドの号令で、王国兵たちは即座に所定の場所に移動した。

ジュピターを囲う形で設置された制御装置のレバー。

王国兵たちがレバーを握って身構える。


そしてブレイドのひと声で、一斉にレバーが引かれた。両手で思い切り体重をかけないと動かない重量感。装置の起動とともに、召喚獣に電撃が走った。



「オラァ!奴隷ども!さっさと魔晄石を入れろ!チンタラやってんじゃねえ!」

「はッ、ハイッ!」



荷車に山盛りになった魔晄石。透明感に満ちた群青色は、光の角度によって紫にも青色にも変化する。荷車を包囲する鉱夫達は、素手で魔晄石を持ち上げては魔石炉の中に投げ込んでいく。



魔晄石は魔力エネルギーの元にもなる原石。

魔石炉の中で溶けると、召喚獣を縛る装置の原動力へと姿を変える。荷車3台分の魔晄石を魔石炉に投げ込んだところで、召喚獣の反応に異変があった。



さっきまで眠っているかのように大人しかったジュピターが突然暴れ始めたのだ。


明らかに装置を拒み、憤っている。


巨体を捩じっては装置の破壊を試みるが、王国の最先端の開発技術が1歩先を行っていた。大量の魔晄石を砕いて得られた魔力エネルギーをフル稼働させることで、制御装置は召喚獣さえも抑え込むことができるのだ。



「ブレイド様!凄いです!600……700を突破しました!ジュピターが生み出したエネルギー量としては過去最高の記録となります!」


「よしよし、いいぞ!そのまま続けろ!純粋な召喚獣のエネルギーだ。しっかりと搾り取って保管するんだ!さあ第2弾、行け!」



管制室で様子を眺めていたブレイド。

数値化された召喚獣のエネルギーを確認しながら、彼は部下と一緒に巨大なモニターの前で高みの見物。


召喚獣が生み出す純エネルギーは非常に上質で、高価で取引される。通常の鉱石から生み出したモノに比べて、桁違いに馬力が違うのだ。


ここ慟哭鉱山の支部にも存在する王国の最終兵器、『超魔導砲』の起動にも召喚獣の純エネルギーを多分に必要とする。


大量の奴隷や大掛かりな装置を使ってまで召喚獣を管理に固執するのは、維持費用に対して召喚獣から得られるエネルギーが圧倒的に利益をもたらしてくれるから。


鉱夫達が言われるがまま魔晄石の山を放り込むと、またしても強烈な電撃が走った。


轟く咆哮。施設全体が揺れる程の衝撃。鼓膜が裂けるような音圧だ。


この轟音こそ、ココが慟哭鉱山と呼ばれる所以である。







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