2章 慟哭鉱山編

第10話 新たなる旅立ち!

オーロラの森から帰還したヴァン達は、報告も兼ねてフィオナのBARに集まっていた。


勿論、彼らの他に客はいない。このBARは、ユナの命により作戦会議をする為だけのアジトとして造られただけだからだ。


呷ったグラスをカウンターに置く。


カコンッと小気味いい音が鳴ると、ヴァンは大きく息を吐き出して感想を述べた。



「美味い!見た目だけじゃなくて本当にバーテンダーなんだよな」


「嬉しい御言葉をありがとうございます。……ユナ様はいかがなさいます?」


「要らない!今はそんな気分じゃないから」



ヴァンとは対照的に、機嫌が悪いユナ。


彼らにそっぽを向けて、1人オレンジジュースが入ったグラスをチビチビと啜っている。


彼女が不機嫌である理由に全く心当たりがないヴァンは、耳打ちでフィオナに助けを求めた。



「あの人、なんで機嫌悪いんだ?オニキスも手に入れて無事に任務も成功。俺としては万々歳というところなんだが。もしかして、酒弱いのか?」


「いえ、そうではなくてですね。ユナ様が機嫌を損ねていらっしゃる原因はヴァン様、貴方が強すぎるからです」


「なんとまぁ……デジャヴを感じる理由だ」


「ただヴァン様、気にすることはございません。これはひとえにユナ様の魔法訓練への怠慢が生んだ結果です。私どもは必死にユナ様へお伝えしたハズですが、当の本人にまるで覚える気がありませんでしたから、仕方ありません。自業自得。当然の理」


「う、うるさいうるさい!聞こえてるわよ!だったら今からアタシに魔法教えなさいよ!アタシは今、凄くやる気なんだから!」



辛辣な言葉を突き刺すフィオナと、顔を真っ赤にして言い返すユナ。駄々をこねる彼女に、フィオナは呆れ顔でため息をつく。



「ユナ様、お言葉ですがS級冒険者と互角に魔法で渡り合おうとするならば、最低でも10年は必要ですよ」


「10年!?そんなの待ってられないわ!アタシはもう王女様じゃないのよ!だから護られてばかりじゃ嫌なの!」


先の森での戦闘で自らの非力さを痛感し、彼女なりに思うところがあったのだろう。


しかし王族譲りの頑固さだ。彼女は一向に主張を曲げようとはしなかった。


このままでは明日の朝まで口論が続いてしまう。

埒が開かないと判断したフィオナは、やむを得ずという具合で渋々ひとつの案を提示した。



「ユナ様が昔、唯一興味を持っていただけた魔法を覚えてらっしゃいますか?」


「ええ、召喚獣と意思疎通する魔法よね?」


「はい。ユナ様は幼い頃から動物や植物に対して慈愛に溢れていましたね。世界の魔力を司る、強大な力を持つ召喚獣との対話すら、臆すことはなかった」


「まさか、召喚獣をアタシの力で味方につけるっていうの!?」



目玉を剥いて驚くユナに対して、真剣な眼差しでフィオナはこっくりと頷いた。



「察しの通りです。召喚獣にも色んな種類がいまして、『クロック』のように条件を満たさなければ現れない召喚獣もいれば、人間の管理下に置かれている召喚獣もいます。そこでユナ様の交渉術で、力を貸してくれるようお願いするのです」



フィオナが説明する驚天動地の計画に、ヴァンは開いた口が塞がらなかった。ただの冒険者個人で召喚獣を従えるなど、前例がないわけではないが限りなく非現実的だ。


フィオナはすぐにカウンターに地図を広げると、とある場所をマジックペンで丸く囲んだ。



「アルカディアから1番近くに位置する召喚獣の場所です。通称、慟哭鉱山。普段は王国軍によって厳重に警備されていますが……」



慟哭鉱山。

王国に直接かかわりのないヴァンでも、その名を聞いたことくらいはあった。


王国が誇る最新技術の魔力制御装置で召喚獣の力を無理やりに抑えつけ、監禁している研究施設だ。

召喚獣に鞭打ち、魔力を絞り出させるときに召喚獣が吠えることからこの名前がついたと言われている。



「懐かしいわね。アタシも小さい頃は父様によく連れて行ってもらったわ。『ジュピター』は召喚獣の中でも比較的温和な性格だし、アタシが上手く説得したら仲間になってくれるかも!」



閉ざされていた暗い視界に光が差し込んだことで、ユナの進むべき道が見えてきた。


彼女は分かりやすく機嫌を直し、今すぐにでも出かけるぞと言わんばかりに食い気味で話に乗っかってくる。


そんな彼女の傍ら、ヴァンとフィオナはもう少し詳しい計画を練るべく話を進めた。



「召喚獣に協力を仰ぐのは分かった。だがそれほどの施設なら、王国軍の警備が尋常じゃないハズだ。警備を掻い潜って接触できるのか?」


「そこが難しいところです。慟哭鉱山は王国近衛兵の1人『ブレイド』の管轄。私は彼をよく知っていますが、近衛兵の中で最も狡猾で冷徹な男です」


「ブレイドね……アタシも好きなタイプじゃなかったわ。彼は召喚獣に対する愛がないから」


「なるほど。行ってみて、現地で出たとこ勝負って感じか」


「現状では……そうですね。現地には王国兵から劣悪な労働環境で働かされている奴隷達がいます。彼らから話を聞きつつ、抜け穴を探るというところでしょうか」



トントン拍子で『ユナ様強化作戦』が具体的になっていく。


護衛として雇われている以上、ヴァン自身は彼女を護りながら戦うことに不満はなかった。


たが『トリオンフ』解散も経験している。

ここは素直に彼女の言うことに従うことにするのが得策だと判断した。



(……一応は彼女の護衛として雇われてはいるが、それももはや建前に過ぎないな。給与のこともどうでもいいか。結局俺はただ、一緒に冒険ができる仲間が欲しかっただけなんだ)



一方、目をキラキラさせたユナは、カウンターに前のめりになってフィオナに尋ねる。



「ねぇ!次はフィオナも一緒に来るわよね?」



シェイカーを振りながらニコッと笑うと、彼はゆっくり首を横に振った。



「私はユナ様達が帰る場所を護らなければなりませんから。お戻りになった際は、またご馳走を用意してお待ちしておりますので」


「そう、残念ね」


「それに最近……どうもこの辺りを嗅ぎ回っている王国兵が多いように思います。もしかすると、この隠れ家も勘づかれ始めたのかもしれません」


「まあアタシ達、仮にも有名人だしね。懸賞金欲しさに目を光らせてる奴らがいてもおかしくないってことよね」



彼女はオレンジジュースが入ったグラスを一気に飲み干すと、神妙な顔つきで腕を組んだ。


ヴァンのリクエストに応えて新たな酒を作るフィオナ。頼めばどんな酒だって用意できる。


グラスに氷を注ぎ足しながら、計画の段取りについて持ちかけた。



「出発はいつ頃なさいますか?『オーロラの森』での任務でお疲れでしょうから、しばらくここで身体を休めるのもひとつの手ですが」


「疲れの心配は要らないわ、行動に移すのは早い方がいい。アンタさえ疲れてなければ、明日の朝にでも出発するわよ」


「俺を誰だと思ってる。俺は今から旅立ってもいいくらいだ」


「それでは明日の朝、送迎を1台ご用意しておきますので。ご心配なく、私が精査した信頼できる業者ですから」



こうして、彼らは一晩BARで身体を休めた後、すぐにまた発つこととなった。


行き先は慟哭鉱山。

ヴァンは、未だ見たことのない召喚獣との対面に、少しばかり胸を躍らせていた。

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