第9話 決着!オーロラの森。

「……力だ、もっと力が要る!聞いてるか、もっと俺に力を寄越せ!」


地に伏したゲイドの問いかけに、反応する者は誰もいない。


遂に気でも触れたかと憐憫の視線を送られるゲイド。


しかし、彼の声はしっかりと届いていた。


突如として彼の身体の周りを包み込むように、黒い斑点の集合体が現れたのだ。

細かい粒子はやがて固まって形を造り、挙句には人間へと姿を変えていく。



「フフフ……ゲイド・ダークナイト。酷いやられっぷりね」



あろうことか黒霧から変身を遂げた小太りの人物は、親し気にゲイドに話しかけた。


だらしなく膨らんだ腹に、白塗りの顔。性別の区別がつきにくい中性的な声。


派手なペイントで隠された素顔。まるでピエロのような道化師。

その正体は、そこにいたゲイド以外誰も知り得ない謎に包まれた人物だった。


謎の道化は、肉がぎっしり詰まったパンパンの腕をゲイドに差し出した。

彼はその腕に縋ると、もう一度同じことを嘆願する。



「奴を超えるには、もっと力が必要なんだ。頼むぜ、この前みたいによ……。俺を簡単にパワーアップさせてくれよ」


「フフフ、すっかり力の虜じゃないの。いいわよ、その代わりアナタが強くなるには時間が要るわ。それまで……あの男との対決はお預けね」



謎の小太りの身体を支えに、フラフラと立ち上がるゲイド。そのまま2人、闇の中へ消えていくかに思われたその時だった。



「待って……置いていかないで。ゲイド……アタシを捨てないで。お願い……」



重傷を負って身動きできないシルフィが、なおも最後の力を絞って手を伸ばし、去ろうとする彼の足首を掴んで引き留めたのだ。


不意に阻まれたゲイドは、鬱陶しそうに彼女に命じる。


その目は決して仲間に向けるものではなく、まるで虫でも見るような、瞳孔に光の灯っていない真っ暗闇の瞳だ。



「……離せ、シルフィ」


「嫌よ!アタシはアンタにどこまでもついていくんだから!アタシを捨てるなんて、許さない!」


「フフン!これは素晴らしい友情!さぁゲイド、ワタシについてきて力を手に入れるか、その女と仲良く心中するか。ここで決めなさい?」



謎の小太りから決断を迫られた時、ゲイドの決断は早かった。


残り少ない魔力を宿した指先から放たれる赤い光線。


既に虫の息だったシルフィの胸をブチ抜き、地層深くまで突き刺さる。


僅かな魔力から練り出された魔法だったが、風前の灯火だった鼓動を断つには充分だった。



「な……ん……で?」


「なんでだと?簡単さ。俺の未来にお前は必要ないからだ。今の俺に必要なのは全てを屈服させる圧倒的な力、ただそれだけなんだよ」


「そん……な……アタシたち……仲間じゃ……ないの?」


「フンッ、笑わせるなよ。黙って言うことを聞く奴隷が側にいたら便利だと思って置いてやっていただけだ」



ゲイドは淡々と突き放して背を向ける。


彼の答えが望んでいたものだったのか、小太りは大変満足そうだった。

真っ赤に塗られた唇を、口角を裂けるぐらいに捻じ曲げた。



「それではワタシ達も一旦退くことにしましょうか。復讐を焦る必要はないのよ。ワタシが必ず、アナタを最高傑作にして差し上げるから」



よしよしとゲイドの頭を撫でて慰める小太り。まるで我が子をあやすように。


そしていつの間に魔法を唱えたのか、小太りの身体はゲイドともども黒い霧に覆われて姿を消していくのだった。



嵐のように現れ、そして去っていった謎の小太り。


ヴァンだけは対峙した僅か数十秒の時間だけで、相手の力量を把握できていた。


一見すると不気味でふざけた外見をした道化だが、潜在的な魔力の量は夥しいものがある。


それは、ヴァンが手を出すのを躊躇ったほどだ。



(ゲイドが豹変したのは奴が原因か。隠しきれない邪悪な魔力だ。あれほどの魔力の持ち主……それでいて見たことも聞いたこともない)



ヴァンは長老からユナへと順に視線を巡らせるが、いずれもヴァンと同じ表情だった。どうやら小太りについての手掛かりは掴めそうにない。




一方で依然として門番の獣人2頭と死闘を繰り広げていたゼノ。


お互いに疲労困憊に近い限界状態。

ゼノの後を意気揚々とついてきた王国魔法兵は、獣人の反撃によって全壊。


王国軍として残っているのは彼1人だけだ。

戦況を冷静に分析したゼノは、やむなく撤退の判断を下した。



「今日はコレにて退散するけどよォ、オニキスは必ず王国が全て回収するぜ!それにユナ様、アンタの身柄もな!」



彼が堂々と宣言した刹那、森の中に雷鳴が轟いた。


バイオレットの閃光が縦に走る。襲い掛かる強風と顔を覆いたくなる閃耀。


目を開けて事態を確認する獣人たち。


すると、ゼノの姿がない。


さっきまで彼が立っていたハズの場所には、クレーターのように抉られた跡が残されているのみ。



「ニャニャ!?奴がいないニャ!」


「敵ながら天晴……あの男、まだ逃走する用に魔力を隠していたということだワン。流石は王国が誇る精鋭の魔法使いだワン」



そうして全ての脅威が去った後、長老による招集がかかった。



片手を失った長老は側近の獣人達の肩を借りながら、階段を上った先の壇上に立って演説を始めるのだった。



「皆の者、まずは度重なる脅威からこの森をよく守ってくれた。心より感謝する」



長老はまたモップたてがみを下ろしたような姿に戻っていたが、数多の獣人の前で言葉を紡いでいくその姿は、紛れもなく森の長だった。


戦の勝利を喜ぶ聴衆から歓喜の雄叫びが上がる。


そして同じく壇上に招かれたヴァンとユナについて、長老が紹介を始めた。



「この者達は森の住人でないにも関わらず、多大なる力を貸してくれた。この者達なくして、此度の脅威を乗り越えることは難しかっただろう」



獣人達の熱量は加速し、歓声の渦はさらに膨らんで空気が揺れる。


だが、張本人であるヴァンの顔に笑いはなかった。

自身の存在が争いに発展したことを、重く受け止めているからだ。



「長老、俺はなにもしていない。それどころか俺がこの森を訪ねたばかりに、こんな惨状に。それに腕まで……」



素直に賛辞を受け入れる気にはなれず、辛気臭い表情で頭を下げる。


包帯で巻かれた長老の痛々しい傷跡。倒壊した住居に踏み荒らされた自然。


ユナの方も、かける言葉が見つからず無言を貫いていた。


それでも、長老は大海のような懐の深さで彼らを責めることはしなかった。



「気にするでない。儂らの結束力は全種族の中でも随一。この集落も、すぐ元通りに復興するだろう」



長老はそう言うと、付き添いの獣人から厳重に保護された木箱を受け取った。

そして木箱の蓋を開けると、黒紫の光が漏れる。


その中から取り出されたのは、見覚えのある黒曜石。ユナが王城から持ち出したソレと瓜二つだ。石が放つ妖艶な輝きこそ、『オニキス』に違いなかった。



「ブリタニアの娘よ、お主にコレを託そう。争いの火種になるのであれば、儂らが『オニキス』を持っておく理由はない。お主はこの魔石を集めているんだろう?」


「ええ、お父様の無謀な計画を阻止しないといけないから」


「……ブリタニアの奴め、不可侵条約を破ってまでこの石を狙ってくるとはな。奴も堕ちるところまで堕ちたか」



こうして2つ目の『オニキス』を授かったユナとヴァン。

森の愉快な獣人達に別れを告げる。

赤緑のオーロラのカーテンを惜しみながら目に焼きつけるユナ。

来た道を引き返し、彼らは帰りの道中で一連の出来事を振り返るのだった。



「……ヴァン、アタシのこと護ってくれて、ありがとね」


「俺は貴女に雇われた専属の護衛だからな。護るのは当然だ」


「アンタの同僚は、残念ね。まるで何かに取り憑かれていたみたいに……」


「……ああ。ゲイドもシルフィも、あんな奴じゃなかった。恐らくは、あの小太りの道化が裏で糸を引いているんだろう。だが、今のゲイドは擁護できない。奴はもう、ただの人殺しだ」


「アイツの眼、凄く冷たかったわ。人の命を奪うことをなんとも思っていないような、悪魔のような眼。仲間だって殺してたし、悪魔よ悪魔!」



ゲイドがいないのを良いことに、ユナは好き放題に罵倒する。

そんな彼女を横に、目の前で死にゆくシルフィの姿をヴァンは思い出していた。



(シルフィ……俺が抜けた後、いったいなにがあったんだ?俺が抜けた後、お前は幸せだったのか?願うことなら、『トリオンフ』結成前まで時を戻して4人でやり直したいな。今度は全員が幸せになる道を……)












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