第8話 S級冒険者、怒涛の魔法合戦!
「危ない!」
シルフィが印を結び終えた瞬間、黒く燃えた羽箒のようなモノが真っ直ぐ飛んできた。
咄嗟の判断でヴァンはユナの腕を掴み、身体ごと引っ張り寄せる。突然の出来事に困惑を隠せない彼女のすぐ横を、黒い羽箒が切り裂いていく。
背後の巨木の幹に刺さると、炎の勢いは増してすぐに火柱になった。
「流石はヴァンね。アタシの魔法の速度に反応できたこと、褒めてあげるわ」
ニヤッと悪意のこもった笑みを浮かべるシルフィ。
対照的に、青褪めた顔で言葉を失うユナ。
当然だろう。王城の中で大切に育てられてきた彼女にとって、本気の魔法で殺意を向けられることなど初めての経験だった。
「……な、なんなのよ。あの女の魔法」
「シルフィの魔法は危険だ。燃え盛る羽根が当たると一気に黒炎の渦に飲まれてしまう。一撃でも食らえば、たちまちあの運転手と同じ運命を辿ることになる」
あの運転手とは、彼らをここまで送迎した挙句、消し炭へと変えられてしまった運送屋のことだ。
ユナはササッとヴァンの背中に隠れては、なんの躊躇いもなく彼を盾にする。
「ちょっとアンタ!あの女もさっさと結界に閉じ込めちゃえばいいじゃない!」
「そうしたいところだが、俺が同時に展開できる結界はひとつのみだ。範囲が狭いほど結界内の対象にかかる魔力の負荷は高まり、結界自体の耐久力も上がる」
「そ、それじゃもう結界に閉じ込められないってこと!?」
「流石、察しがいい。だけど、俺が使うのは結界魔法だけじゃないからな」
そう言うとヴァンは地面に手を翳し、手のひらで土に触れる。
その途端、彼を中心として足元に黄緑色の光で形成された六芒星の魔方陣が浮かび上がってきた。
ボコボコと土が隆起して出来上がったのは、巨大なゴーレムだ。
赤土色の体躯に、岩石を縫い合わせたような腕。召喚された岩の魔物は、今にもシルフィに襲い掛かった。
しかし、その攻撃は未遂に終わった。
何故なら、岩石の巨人の屈強な身体はあろうことかバラバラに崩れ去ってしまったからだ。
「テメェの子供騙しの結界破るのに、随分と手こずらされちまったぜ。どうする、また俺を結界に閉じ込めるかァ?」
異空間に幽閉していたハズのゲイドが、ヴァンの五重結界を突破して舞い戻ってきていたのだ。
修羅の剣の一振りを手土産に。
鬼神の刃は岩をも簡単に叩き砕く。想定していたより遥かに早く結界を突破されたことで、一気に窮地に立たされた。
ヴァンはすぐさま頭の中で次の作戦を練る。
(まさか『空海』をこの短時間で攻略するなんて。これは……俺も本気で『印』を結んで魔法を詠唱する必要がありそうだ。ただあの2人が相手では、印を結ばせてくれる時間もないだろう)
迫ってくる黒炎の羽矢を躱しながら、この劣勢からの打開策を考える。
(10秒……彼女を護りながら印を結ぶ時間があれば!)
思考を巡らせた時、心を読んだかのように寡黙だった長老が口を開いた。
「それなら儂が引き受けよう。時間を稼げば良いのだな?よそ者の魔法使いよ」
「長老が自らか。申し出は有り難いが、奴らの実力は本物だ。下手すれば貴方の命も……」
「ファッファッファ!儂も甘く見られたものだな。案ずるな。この森を荒らすならず者は、何人たりとも無事では帰さん」
モップ状の体毛に覆われ、口元以外のパーツを拝むことさえできなかった長老。
しかし次の瞬間、顔を隠していたドレッドヘアは天に向かって逆立ち、琥珀色の瞳が露わになった。
逆立った毛は、金色に輝く。
その姿はまるで金色の獅子の如く。
顎の弛みやシワが引いていき、長老の身体が若返る。獣戦士形態の長老は、ムキムキ犬を圧倒的に凌駕するフィジカルがある。
そして、獣人の長たる覇気をその身に纏っていた。
「よそ者よ、早く印を完成させろ。それまでは、儂が奴らの相手をしよう」
「すまないな。長老、お力添え感謝する」
「ファッファッファ、お主らの為に戦うのではない。この森の長として、森を守るために言っておるのじゃ」
魔法の完成をヴァンに託し、長老は自ら前に出た。
鬼神の紅い右腕が容赦なく襲い掛かる。
空を断つ一閃。
岩をも穿つ威力を誇る一振りを、長老はその金色に光る腕で受け止めて見せた。
流石は獣人達を統率している長老だが、表情は険しい。
修羅の剣から衝撃波が発されるのか、剣閃を阻んだ腕は知らぬうちに蝕まれていく。増える傷痕。逞しい腕から噴き出る血液。
続くシルフィの魔法も、余った片腕を犠牲になんとか阻止することはできた。
上腕に突き刺さった羽箒。その場所を起点に黒い炎が左腕を丸ごと飲み込んでいく。
痛みに耐える長老は苦悶の表情を浮かべて叫ぶ。
「よそ者よ!魔法の完成はまだか!儂の身体は、そう長くはもたん!」
鬼気迫った長老の掠れた声。
身を挺して時間を稼いでいる長老の肉体も限界を迎えていた。
その間、魔法の詠唱に神経を全て集中させていたヴァン。瞑想状態に入っていた彼だったが、指を重ねて『印』を結び終えると、カッと藍色の瞳を開いた。
「待たせたな。俺が習得している中でも最も威力が高い魔法のひとつだ」
ヴァンがそう説明した頃には、ゲイドとシルフィは彼の創り出した結界の中に誘い込まれていた。
「……チッ、懲りずにまた結界か。ただこの魔法、なんだ?奴の結界魔法なら熟知しているハズだが、コレは見たことがない」
「この結界……宇宙?」
2人を閉じ込めた結界は、無限の闇が広がっている。
その中には様々な惑星が輝きを放っており、宇宙を模した空間であることは一目瞭然だった。
「宇宙結界魔法『銀河』。コレを発動するのは本当に久しぶりだ。まさか人間相手に使うことになるとは思っていなかったが」
結界の完成とともにゲイド達が姿を消したことを確認すると、ヴァンは急いで長老の元へと駆け寄った。
依然として黒く燃える長老の腕。
長老は覚悟を決めた様子でヴァンに命じる。
「よそ者よ、儂の腕を斬り落とせ!全身に燃え広がらないうちに!」
「分かった。恨むなよ」
「心配するな、腕くらい失ってもまた生えてくる。さあ、早くこれで」
長老から刀を受け取ったヴァン。
石の刃を丁寧に研いだ刀だ。切れ味の心配は必要ないだろう。
ヴァンは刀を構えると、差し出された腕に向かって、ひと思いに振り下ろした。
一方、宇宙空間に閉じ込められたゲイド達は脱出方法を模索していた。どこまでが結界なのか、どこから壁なのか、それすら分からない無限の黒。
そんな折、取り残された彼らを迎えるように上空が激しく光った。直視できないほど眩しい輝き。
流星群だ。
「ちょっと嘘でしょ?こんなの、どうやって対処すればいいっていう訳!?」
「黙ってろアバズレ女が!ゴチャゴチャ言ってんじゃねえよ!なんとかして凌ぐしかねえだろうが!」
危機に直面して気が立っているのか、口汚い言葉で罵り合う2人。天を覆う無数の流星群が、急転直下、結界の中へ無慈悲に降り注ぐ。
流星の雨が止むと、彼らは間もなくして元いた森の中へと帰された。結界が解かれたのだ。
しかし、とても戦闘を続行できる状態ではなかった。
地面に這いつくばって土を握り締め、ピクピクと四肢を小刻みに震わせる。その無様な姿は、まるで瀕死の昆虫のようだ。
「この……クソったれがァッ!……ゴホッゴホッ!ガハァッ!」
土の上に身体を擦り付けながらゲイドは怒りを滲ませる。悪態をついて立ち上がろうとしたものの身体が言うことを聞かず、吐血する始末だ。
「お前の負けだよ、ゲイド」
闇に堕ちた彼を蔑んだ目で見下したヴァンは、冷たく勝利の宣言をあげた。
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