第7話 邂逅、『トリオンフ』
「見ろシルフィ!随分とシケた森だ、奴の死に場所にはちょうど良いと思わねえか?」
「そうねゲイド。アタシ達、奴には散々虐げられてきたんだから。贅沢な死に方をさせるつもりは毛頭ないわよ」
邪悪な雰囲気を纏ったアベックの冒険者達。
かつては最強パーティー『トリオンフ』としてアルカディアの街に名を轟かせた彼らだが、近頃は見る影もなかった。解散してからのゲイド達の活躍ぶりは鳴かず飛ばず。世間が彼らを見る目は、益々厳しいモノとなっていた。
「お、お客さん!困ります!お代がまだ……」
送迎した車から、運び屋の運転手が慌てて飛び出してきた。
気弱そうな風貌をした運転手の男は、料金を踏み倒したゲイド達に詰めることすら億劫な表情だ。
運転手の男の呼びかけに、面倒くさそうに振り返るゲイド。
その顔は明らかにイラついている。
「お前、まさかこの俺様に料金を請求するつもりか?」
「も、勿論S級冒険者のゲイド様だということは心得ております!ですがその……ここまでの距離を考えますと、私にも生活がありますので……」
「生活ねぇ、なるほど。シルフィ、頼んだぞ」
「汚れ仕事をアタシに押し付けるのやめてよね。アンタの頼みなら、殺るけど」
彼女の指から瞬時に結ばれた印。
ヴァンやゲイドの陰に隠れてこそいたが彼女も正真正銘、王国から認められたS級冒険者の1人だ。コンマ数秒の速さで印を結ぶことさえ、造作もないレベルだ。
彼女が指を重ねると、バチンッと空気を鳴らす音を立てた。破裂音と同時に、運転手の身体に漆黒の獄炎が絡みついて燃える。
「あッ……熱ッ!やめて……誰ガァァアッ!」
「なによ、生活が苦しいなんて言うから楽にしてあげたんじゃないの。アタシに感謝することね」
断末魔の悲鳴。運転手の男はみるみる黒焦げになった。
やがて物言わぬ炭の塊へと豹変した男の亡骸を蹴り飛ばし、散らばった黒い欠片を眺めるゲイドは愉快そうに笑う。
「クック、俺様に楯突いた罰だ。一般市民の凡人風情が。俺様は、お前如きが簡単に指図していい存在ではない」
『オーロラの森』の地に、強烈な印象を与えて登場した2人。
彼らに対する各人の反応は様々だった。
「これはまた物騒な奴らが乗り込んできたもんだ。アイツらの顔、どこかで見たことあんだよな。ええっと、誰だっけ?」
獣人への攻撃の手を止めて、首を捻るゼノ。
護衛の獣人2頭は、また厄介な勢力が増えたと唇を噛んでいる。
そしてやはり最も驚きを隠せなかったのは、ヴァンだ。
なんでも、数日前まで一緒にパーティーを組んで行動していた冒険者たちだ。
それがこの短い期間で、ここまで邪悪に染まれるものかと目を疑った。
「ヴァン、彼らは……」
「ああ、随分と様子が違うが、ゲイドとシルフィに間違いなさそうだ。用があるのは、恐らく俺の方だろうな」
ユナの問いに、ヴァンは伏し目がちに嘆いた。
すっかり闇に堕ちてしまったゲイド達の姿。
人の道を踏み外して力に魂を売り払ったからにはもう引き返せない。
いよいよ3年前のような、4人で和気藹々と協力しながら冒険する日々は取り戻せないんだということを痛感した。
長老を連れて石畳の階段まで避難していたヴァン達の前に、彼らは堂々と現れる。
「よう、ヴァン。俺達と別れた後は裏切り者の王女の護衛か?お人好しなテメェにはお似合いだな」
「ゲイド、シルフィ。お前達こそ随分変わってしまったようだな。『トリオンフ』にいた時は、無闇に命を弄ぶような真似はしなかった」
「無意識に上から目線なのは変わらないわね。いつまでもアンタが最強だと勘違いしないことね。今のゲイドは、アンタを遥かに凌ぐ冒険者なんだから」
誇らしげにゲイドの肩をもつシルフィ。
『トリオンフ』の頃からヴァンは彼らの実力を認めてはいた。しかし、魔法や体術の面ではヴァンが頭ひとつ抜けているのは自他ともに認める事実だ。
それが、たった数日の鍛錬で力の差を埋めるというのは現実的に考えにくい。
彼らの過剰なまでの自信を裏付けるのは、禁忌に手を出したかそれとも何者かの幇助があったか、とヴァンは考えを巡らせる。
そしてもうひとつ、気になる点があった。
「ミーアはどうした?彼女は、一緒じゃないのか?」
怪訝な顔で尋ねるとゲイドは頬を綻ばせ、声を上げて笑う。
「この期に及んで相手の心配か、お人好しもここまでくると笑えるな」
彼は嘲笑すると、ズボンのポケットから何かを乱暴に取り出した。
それは白金でできた髪飾り。服装や小物に無頓着だったミーアが、唯一宝物のように扱っていたモノだ。色素の薄い彼女の髪によく似合っていたことを、ヴァンは未だ鮮明に記憶している。
髪飾りを指先で摘まんでヒラヒラと見せつけると、彼女の現状を意味深に説明する。
「弱い者は淘汰される。そう教えてくれたのはお前じゃないか、ヴァン!」
「まさか、仲間に手をかけたのか。……堕ちるところまで堕ちたな」
ヴァンが軽蔑した瞳で吐き捨てると、ゲイドは静かに舌打ちを鳴らす。
怒りの感情は、ゲイドの指を動かした。魔法の合図だ。
指が組み合わさってパチンと空気を潰す音が響くと、ゲイドの身体に異変が起きた。
身体の右半身、胸部から肩、そして右腕にかけて禍々しい色の管がツタのように絡みつき始めた。まるで血管が浮き上がり、脈打つように。
その直後、魔法を唱えたゲイドを背後から見守るような形で、巨大な修羅の像が実体化した。その規模は、森林に聳え立つ巨木と遜色ない大きさだ。
鬼の顔をした像は全身が眩い紅色の光に包まれ、右腕だけが実体化している。恐ろしく太いその鬼神の右腕には、両刃の肉厚な長剣が握られている。
「アレは……いったいなんだ?あんな魔法を使っているのは、見たことがない」
「怯えろ!恐怖しろ!そして俺様に平伏しろ!テメェと比較されて蔑まれてきた俺様の気持ちが!テメェに分かるかよォッ!?」
ゲイドの動作に連動して、背後の鬼神も右腕を振り上げる。長剣の刀身から考えて、真っ直ぐ振り下ろされると獣人たちの集落も無事では済まない。
大技には大技を。ヴァンは珍しく魔法の印を結ぶと、即座に対抗策をぶつけた。
「転移式五重守護結界、『空海』発動だ!」
詠唱が終わると間もなくゲイドの足元の四方だけを囲んだ結界が出現し、憑依した鬼神ごと閉じ込めた。
現実の森の中とは別の異空間に結界を作り、そこに対象を閉じ込める転移式結界。
結界を破壊して脱出ができなければ、一生封じ込めることができるレベルの高い封印術だ。
(……結界に封じ込められるまでは想定内だ。この結界、並の魔法ではキズすらつけられないのは、奴と一緒にいた頃に嫌というほど近くで見てきた。だがそれは、あくまで並の魔法ならの話だ)
純白で覆われた殺風景な空間。
閉塞感に包まれた結界の中の居心地は、とても良いものとは言えない。
ゲイドは右腕を上げて鬼神の剣を構えると、思い切り刀身で叩き斬った。
縦に一閃。強烈な太刀筋が結界を裂く。
すると完全に破壊するには至らないものの、結界に亀裂を入れることに成功した。結界を壊して戻るのも時間の問題だ。
鬼神の長剣で数発殴りつけたところで、遂に白い壁を粉砕して断つことが叶った。硝子のような粉が飛び散ったかと思えば、更に新たな結界が眼前に出現する。
「この結界……丁寧に五重で張り巡らされてやがる。流石の周到さといったところか。だが、突破できることが分かればあとは繰り返すのみだ」
ゲイドが異空間に隔離されている一方、ヴァンは1人残されたシルフィを問い質していた。
「ゲイドにいったい何があった?奴の身体を取り巻くドス黒い脈、アレはなんだ?以前はあんな魔法を使っていなかった。誰かの差し金か?」
「悪いけど、難しいことは分からないわ。アタシはゲイドに捨てられたくない一心で彼についていっているだけ。アタシは彼に全て捧げると誓ったのよ。ゲイドの敵はアタシの敵なの」
「それが、悪名を轟かせる道だったとしてもか?」
「そうよ、ちょうど刺激のない毎日に退屈していたところなの。たまに喧嘩もするけれど……彼となら、どこまででもいけちゃう。彼だけが、アタシの理解者だから」
うっとりと蕩けたシルフィの瞳には、ゲイド以外の何者も映ってはいない。
ヴァンの説得の言葉は届かず、思惑に反して遂にシルフィが牙を剥く。
「アンタを殺すのはゲイドの役目だとして、アタシは売国奴の王女様を潰そうかしら。なんたってその身に6000万クルトの懸賞金。条件は生け捕りだけど、手や足のひとつ捥いだくらいじゃ問題ないわよねえ?」
「来るぞ、気をつけろ。アンタも知っているだろうが、あの女も一流のS級冒険者だ。俺と一緒に3年戦ってきたんだ、少しでも気を抜いたらやられるぞ」
真剣な表情でユナに忠告するヴァン。ユナの足は竦み、完全に慄いていた。
そんなユナの恐れなど露知らず、シルフィが魔法の印を結び始める。
鬱蒼とした森で繰り広げられる三つ巴の戦いは、さらに混戦を極めることとなった。
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