第6話 王国近衛兵。

ガシャガシャと金属が軋む音を立てながら、隊列が進んでくるのが聞こえる。

見張りの獣人が指差した方向から、王国ライトニングの魔法兵士の群れが乱れることのない行進で迫ってきていた。


「王国軍だニャ……!」

「なるほど。この人間たちの言っていることは本当だったワン」


武装した大群が神聖な森を踏み荒らす。

その数に圧倒される獣人たち。デブ猫たちは武器を握りしめて身構える。


隊列の先頭に君臨するは、赤い髪を逆立てたバンダナの男。後方の兵隊達が王国製の頑丈な鎧に身を包んでいるの対して、この男だけは黒のセットアップと風変わりな格好だ。

シャツのボタンを閉めずに、はだけた色白い胸板。なかなか刺激的な格好をした遊び人といった印象を抱かせる。



「やぁやぁ!コレはコレは、壮大なお出迎えをありがとう!隠居好きで臆病な獣人諸君と、王国を裏切ったお嬢さま。皆さんお揃いで!」



さながら演説に現れた政治家のように、赤髪の男は両手を広げて挨拶する。

冷ややかな視線で迎える獣人達。

森の空気は一瞬にして緊張感で張り詰める。

両陣営に、今にも戦いが巻き起こりそうな一触即発の空気が漂う。


元々王国で王女として過ごしていたユナは、勿論このバンダナの男が誰であるかを知っていた。



「あの男は、王国近衛兵のゼノ。通称『赤髪のゼノ』よ」


「王国近衛兵と言えば、あのBAR にいたフィオナという男性と同じ……」


「そうよ。国王の直属の護衛として任命される、選ばれた7人の兵士。奴らは父様に次いで、王国のあらゆる決定権を有している。権力の強さもそうだけど、魔法の腕も侮らないことね。近衛兵に選ばれた理由には、必ず裏付けされた実力があるのよ」



ヴァンは剽軽に見えるゼノを警戒するが、獣人達の耳にはまるで彼女の忠告が届いていない。『オーロラの森』の門番を務める2頭が、いの一番に喧嘩腰で食って掛かる。



「遠路はるばるご苦労様だニャ。この集落と王国は不可侵条約を結んでいたハズだが、最近の若い兵士にはその程度の教育も行き届いていないのかニャ?」


「話をする気はないワン。お引き取り願おうかワン」



長老を庇う形で率先して前に出張る2頭。

ゼノは彼らの威嚇に怯むどころか、飄々とした態度で面白がっている。



「話し合う気がないなら強硬手段だなぁ!大人しく『オニキス』を渡せば誰も怪我させないよ。俺は利口だからねぇ?」



指を重ねてバキボキと関節の音を鳴らすゼノ。臨戦態勢に突入した相手を見て、護衛の獣人2頭も武器を構えて目の色を変えた。



「よそ者!下がっているニャ!ここはニャア達に任せて、お前達は長老を連れて非難するニャ!」


「案ずるなワン。我々はこの森の獣人の中でも戦闘に特化しているワン。相手が王国近衛兵の魔法使いであろうと、負けはしないワン」



獣人達が背中で語る。


ヴァンとユナが両脇で長老を護衛し、神々しく続く階段の向こうに避難させようと動いたその時だった。


ゼノの指が激しく動いた。魔法の『印』を結び始めたのだ。


複雑に絡んでは離れる指。素早く結ばれた『印』は、肉眼ではとても追うことはできない。


いつ結び終えたのかも分からないまま、ゼノの足元に本紫の雷光が迸る。


先の尖った黒艶の革靴に雷を纏わせると、悟らせる間もなく踏み込み、韋駄天の速さで2頭の射程圏内まで距離を詰めた。



「獣人と戦ったことは初めてだけど、そんなイキがった登場してくれてんだ!俺のことを失望させるんじゃないぜ!」



ギリギリのところで何処からか短刀を取り出したゼノ。勿論その刃先には、目が眩むほどの紫の稲妻がピカッと走る。


並の冒険者では、ゼノが接近したことにも気が付かないまま首を落とされているだろう。


しかし、流石は長老を支える護衛。

獣人特有の人間離れした動体視力は、しっかりと彼の動きを目で追いかけていた。


そして、短刀と槍の先端が激突する。


華奢な体躯のゼノに比べて、人類を凌駕するサイズ感のデブ猫。単純な力比べであれば、見るまでもなくデブ猫に軍配が上がることだろう。


だが、先に素っ頓狂な悲鳴を上げたのはデブ猫の方だった。



「ギニャッ!?」



上ずった声とともに、デブ猫は握りしめていた長槍を放り投げてしまった。


見るに、デブ猫の両腕には紫の稲妻が波打っていた。ゼノの短刀を纏っていた雷が槍を伝い、デブ猫の両腕まで渡ってきたのだ。


両腕が痺れているのか、地面に垂直にだらしなく垂らす無防備な状態。その隙につけこんで、ゼノは更なる追撃を仕掛ける。



「一丁上がりッと!」



上体を屈めて相手の懐に潜ると、尖らせた切っ先で丸々と膨らんだ腹部を狙う。


ただ、デブ猫も獣人の威信と誇りにかけてこのまま黙ってやられている訳ではない。


間一髪というところで片脚を上げ、破壊力抜群の前蹴りをお見舞いするのだった。


受け身の整っていない体勢で重い一撃。


ゼノの身体は空中で宙返りし、背後に控える鎧で武装した魔法兵の隊列の中に飛び込んだ。


「ゼ、ゼノ様!大丈夫ですか!お怪我は!?」


「痛てて……久しぶりに骨のある奴と戦えそうだなあ。お前ら、俺の心配はいいから長老を捕まえに行け!アイツに『オニキス』の場所を吐かせるんだ!」


「ハッ!承知致しました!」



ゼノの命により、森に押し寄せた鎧の群れが一斉に動き出した。


迎撃する獣人達。


普段は静寂に包まれた幻想的な森を舞台に、いよいよ全面戦争として戦火に包まれた。



「ちょっ、ちょっと!あの量の魔法兵アンタなんとかできる!?っていうかなんとかしなさいよ!アタシ専属の護衛なんだから!」


「はいはい……言われなくとも、なんとかしますよっと!」



狼狽したユナに急かされたヴァン。

彼は慌てることなく落ち着いた口ぶりで魔法を撃つ。


ヴァンが『印』を結ぶ様子はなかった。

彼レベルまで魔法の練度が習熟すると、脳内で『印』を結ぶことで、遜色のない威力の魔法を放つことができるのだ。



「悪いが、長老の元まで辿り着かせる訳にはいかないな」



雄叫びを上げながら猛進する王国兵の隊列を囲む形で、直方体の結界が組み上がる。

外壁は白く濁ったような半透明の造り。ヴァンの十八番である結界魔法だ。



「ま、魔力が吸い取られていきます!こ……コレは!?」


「黙れ、怯むな!コイツは……S級冒険者ヴァン・ゾディアックの結界魔法か、厄介だな。この中にいる限り無限に魔力を吸い取られていくぞ!探せ、脱出する方法があるハズだ!」



王国兵士たちがこぞって結界の壁を壊そうと、内側から殴りつけるがビクともしない。

銃弾は弾かれ、武器は砕かれる。足掻いている間にも徐々に力を奪われていく悪循環だ。



一方で、両腕を潰されながらも決死の蹴りを披露したデブ猫。腕の痺れは未だ治まらず、依然として槍すら握れない状況が続く。

そんなライバルの醜態を見て、ムキムキ犬が背中を叩いて激励した。



「あとは我に任せるといいワン。下がっていろワン」


「グゥ、かたじけないニャ……。あの雷には気をつけるニャ。触れると感電して、この通りしばらくは使い物にならないニャ」


「あぁ。猫柱になってもらった分、お主の犠牲は無駄にしないワン」



デブ猫の助言を受けて対峙するムキムキ犬。


両者、お互いに出方を伺って睨み合うこと5秒。


均衡を破ったのは、やはりゼノの方からだった。


指を高速で組み合わせると、全身を紫雷が纏う。

疾風迅雷、森の冷たい空気を切り裂く稲妻。


ムキムキ犬は視覚で敵を捉えることをハナから諦め、嗅覚と聴覚を頼りにゼノの位置を測る。


耳と鼻に全神経を集中させて研ぎ澄ませる。

僅かな足音と風の匂い。

犬ならではの芸当で、最初の一撃はスレスレで避けることに成功した。



「避ければ感電しないなんて単純な考えしてるんだろうけどさ!それじゃあ俺には勝てっこないぜワン公さんよ!」


「クッ、確かに速いワン……!」



攻める暇も与えない、高速の突きのラッシュ。

一撃でも貰うと電撃が走ってアウトだ。

鬼の手数に翻弄されるムキムキ犬は、避けることだけで手一杯という具合で完全に攻めあぐねていた。



「そろそろフィニッシュにさせてもらおうかな!」



意気揚々と、ゼノが次なる魔法を唱えようとしたその時だった。


彼の手が一瞬ピタッと止まる。

何故なら、新たな侵入者の気配を感じ取ったからだ。


事実、今しがた『オーロラの森』にヴァンや王国兵の他に、もう1台送迎車が到着した。


その四角い車体は、風魔法を利用して高速で客を送り届ける旅客事業車のモノだ。



「ご苦労、ここで下ろせ」



送迎車のドアが開くと、中から1組の男女が悠々と車を降りて闊歩するのだった。








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