第4話 S級冒険者の心得。


オーロラの森へ向かう道中、ヴァンとユナは湖のほとりに立って釣りに興じていた。



「なんだってアタシが魚釣らなきゃいけないのよ!アタシが誰だか分かってるの!?」



「元、王女様だろ。いや、だってユナ様ともあろうお方が一文無しだなんて思わないから」



「仕方ないでしょ!王国がアタシのことを重要指名手配だなんて発表するもんだから、口座もなにも凍結してるのよ!」



ユナの言った通り、彼女は正式に王国から『重要指名手配人』として追われる身となった。一軒家が建つほどの懸賞金がかかっている為、血眼になってユナの姿を捜す者もいるだろう。



「……俺の給料の支払いが滞るってこと?」



「そうよ!面倒ごとが全部片付いたら、腰抜かすほどの大金用意してあげるわよ」



「それなら貴女を王国に突き出した方が早いな。なんてったって懸賞金6000万クルトなんだから」



「なッ!?なんてこと言うのよ!この人でなし、鬼、悪魔!」



「……冗談だって。それよりほら、早く魚を釣ってください。まだ始めてから1匹も釣れてないでしょ」



ヴァンの横には、既に釣り上げた魚でできた小さな山が築き上げられていた。対して、隣で勤しむユナの竿が揺れることはない。



キラキラと夕焼けを反射させる水面は透き通るように澄んでいて、水底まで見通せそうな気になってしまう。


彼らの他に人はいない。青々とした大自然に囲まれた湖。そよ風の音だけが聞こえる静寂の中で、彼らは魚釣りに一喜一憂する。



遂にユナが釣り竿を垂らした箇所の水面が揺れた。


水飛沫が跳ねる。


ようやく彼女にも当たりが来た、と焦って引き上げるも、釣り針には思わせぶりな藻が巻き付いているだけだった。



「……ッ!あぁ、もうやめたやめた!そもそも魚釣りになんの意味があんのよ!」



成果が出ないことにげんなりし、自暴自棄になったユナは釣り竿を放り出した。尚も無心で水面に向かい続けるヴァンは、王女に呆れ顔で返事する。



「さっきも説明した通りだが、この先には魚を換金してくれる箇所がある。現状はコレがお金も食料も同時に手に入る最善の一手なんだ」



「ハァ~ッ!アタシのお金が自由に使えたら、こんな生活すぐにでもおさらばしてやるってのに。『オーロラの森』まで距離はあとどれくらいなのよ?」



「最低あと1日。貴女次第ではあと2日はかかるな」



「……だったら魚釣りなんか止めて、さっさと歩いた方がいいんじゃないの?」



「まあまあ、腹が減っては戦はできぬって言う言葉もあるし。……おっ!これはまた餌にかかったな?」



姿を現したのは、両腕で抱え込むほどの巨大なフナ。


ヴァンは有終の美を飾るに相応しい大物を釣り上げることに成功した。


ビチビチと全身を震わせる活きの良さ。ヴァンがフナの目元を指で触れると、瞬く間に即死して動かなくなった。


釣った魚は鮮度維持の為にも締めが重要。ヴァンは即座に血抜きを行うと、氷魔法で造り出した即席の保冷ボックスの中に収納する。



「換金や食材の為に釣ったっていうのも勿論あるんだけど、コレも必要だったんだ」


「なにこれ、魚の血?」



ヴァンが見せたのは瓶に詰められた魚の鮮血。ユナは彼の奇怪な行動の意味が分からず、軽めに引いていた。


採りたてホヤホヤの新鮮な血液。ただこれにも、しっかりとした意味がある。



「この辺りは獰猛なレッドゴブリンの縄張りだ。奴らは肉食だけど、魚の生臭さを嫌う傾向があるからな。寝込みを襲われないようにコレを撒いておくのが得策なんだ」



「さすが、色々と詳しいのね。魚釣りも上手いし」



「強いだけではS級冒険者にはなれないからな」



そう言うと、ヴァンは手作りの地図を広げて現在地を示した。


ここら一帯の縮図を特徴を捉えながら分かりやすく纏めている。それを見たユナは、彼の多才ぶりに思わず感心した。



「ここがアタシ達の現在地ね?」



「そうだ。目的地のオーロラの森へは、この道を直進して……」



ヴァンは、人差し指で道順をなぞった。



「この森の最奥に、獣人の祭壇に祀られたオニキスがあるという話よ」



「俺はオニキスについての知識はないが、ここならあっても不思議じゃない」



神妙な顔つきで地図を眺めるユナとヴァン。


2人が『オーロラの森』へ向かう目的は他でもない。世界で5つのみ存在すると言われている、魔石オニキスの存在が明らかになっている地だ。



この森を統治しているのは、人語を話して独自の文明を営む獣人と呼ばれる種族。


普通の獣とは比べ物にならない程に脳が発達しており、戦闘力も並の冒険者程度では相手にならない。



王国と獣人達の国家の関係は、長きにわたって冷戦状態にある。

お互いの領土に関しては不可侵を貫いており、基本的には干渉しない。

総力戦になると、王国といえども相応の被害は免れない。



「父様の計画は必ず阻止しないといけないわ。ただ、アタシがなにをするべきか分からない。とりあえず今アタシにできることは、オニキスを持っているところに父様の計画を周知すること」



いくら王女といえど、1人では王国相手には抗えない。

せいぜいオニキスを持ち出して逃げ惑うくらいだ。


しかし彼女の性格上、ただ逃げるだけというのは性に合わなかった。



ユナが意気込んでいるその傍ら、ヴァンはいつの間にか枯れ枝を集めて火を起こしていた。


彼は手際よく魚の下処理を行い、集めたハーブなどで香り付けする。そしてあっという間に、食欲そそられる香ばしい焼き魚を盛り付けていた。








「俺様の言うことが聞けねえっていうのか!」



ゲイドは、鬼の形相で怒鳴り散らしていた。


彼がいるのは、風魔法を利用した運び屋。目的地までの距離に応じて料金を支払うと、箱の形をした乗り物が優雅に連れて行ってくれる。



「で、ですから、あの森は立入禁止区域に設定されておりまして……。いくらゲイド様の頼みと言え、我々一般市民が足を踏み入れることができない場所ですから……」



運び屋の受付の女性はどうすることもできずに困り果てていた。

散乱した木箱に破壊された看板。癇癪を起したゲイドが暴れた形跡が伺える。



「なんだ、獣人どもが怖いのか?それなら安心しろ、獣人如き俺様が蹴散らしてやる。俺様はS級冒険者だぞ!」



「し、しかし……」



受付嬢とゲイドの間で押し問答が続く。


ゲイドがあまりに高圧的に怒鳴るので、何事かと近寄ってきた野次馬たちが集結し、気づけばちょっとした騒ぎになっていた。



「おい、アレって元『トリオンフ』のゲイドとシルフィだよな?」

「あぁ、S級冒険者も堕ちたもんだな。あんな若いお嬢ちゃんに声を荒げて、全く情けない男だぜ」



人影に隠れているのをいいことに、一時は栄光を築いた『トリオンフ』の凋落ぶりを指摘する野次馬たち。



だが、ゲイドの地獄耳はそれらを聞き逃さなかった。


唐突に野次馬の渦を掻き分けて割り込むと、悪態ついた男達を追い詰めた。



男達は激しく狼狽した様子で許しを乞うが、そんな誠意の欠片も感じられない謝罪がゲイドの心を動かすはずもない。



ゲイドは涼しい表情で男の胸ぐらを掴んで持ち上げると、余った拳で腹部に1発強烈な拳をお見舞いするのだった。


身体をくの字に曲げて吹き飛んだ男は、向かいの八百屋の屋根に尻から突き刺さった。


「おい、運び屋の女。お前もこうなりたいか?嫌ならさっさと1台用意しろ、分かったな」









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