第3話 奴隷商と復讐者。
(もっと強くならないとダメだ……あの男を超えるには、もっと力を!)
ゲイドは1人、人気のない丘陵で黄昏ていた。
パーティーメンバーの女性陣は晩飯の支度で離れている。
紺色の夜空を背景に、明々と光り輝くアルカディアの街並み。高所から王都を一望できるこの丘は、知る人ぞ知る隠れスポットだ。
ヴァンがパーティーを抜けてから新たな門出を迎えた彼らだが、その経過はとても順調とは言い難いものだった。
3人で行動を始めてからちょうど1週間。ヴァンがいとも簡単に仕留めていた魔物に苦戦し、時には撤退を余儀なくされる日々が続いた。
自分達が成長を求めて選んだ道だが、ヴァンとの力量の差が浮き彫りになるにつれてパーティーの空気は険悪なものになっていく。
ゲイドは昼間の魔物との戦闘を思い出し、悔しさを滲ませた。
ヴァンと一緒にいた時は、撤退などという言葉が頭に浮かぶことすらなかった。
舌打ちをして、足元の砂を蹴り上げる。
――そんな時だった。
夜空を黒で上塗りするような漆黒の粒子が、ゲイドの眼前に突如として出現し始めた。蠅の大群かと思ったが、どうやら違う。黒い粒はやがて意志を持つように人型に収束していき、1人の人物へと成り変わった。
「フフフ。イイわねぇ、その眼」
「だっ!誰だ!」
闇から現れたのは、小太りなピエロのような奇妙な出で立ちをした人物。
ネイルの施された細長い指で、ゲイドの顎先をスーッと撫でる。
当然、警戒心剥き出しで身構えるゲイドだったが、金縛りにかかったかのように身動きが取れない。
(なんだ、俺の身体が……ッ!)
異変に気付くも解決策はない。成すがまま、目の前の脅威が過ぎ去るのを願うしかない。そのまま頬を這う細い指先が、遂に目尻まで伸びてきた。
「ゲイド・ダークナイト、アナタはイイ素質を持っているわ。今はまだ、キッカケに出逢っていないだけ」
「ゴチャゴチャとなにを言ってやがる」
「簡単なことよ。……力が欲しい?全てを凌駕し、平伏させる圧倒的な力」
ゲイドに纏わりつく謎の人物は、決して美人と形容するには程遠い風貌。
だが男とも女ともとれない魅惑的な声に、吸い込まれてしまいそうな妖艶な眼差し。ゲイドはその人物の謎の魔力に魅せられ、すっかり虜となって蕩けていた。
「さあ、答えを聞きましょうか?」
「……力が欲しい。アイツを超えるくらいの力を。全員が俺を最強の冒険者だと認めるくらいの、圧倒的な力を!」
「決まりね、ちょうど手駒が不足していたところなのよ。さあ、こちらへおいで」
でっぷりと膨らんだ恵体に抱擁され、催眠術にでもかけられているかのようにゲイドは大人しく身体を預ける。
紅い爪先が瞼をなぞると、ゲイドの全身が赤黒い光に包まれた。
そして、彼は覚醒する。
カッと目を見開いたゲイド。
信じられない程に身体が軽く、激しく漲る魔力。
努力だけでは決して辿り着けない境地。本当に自身が最強の存在になったのだと信じて疑わなかった。
「凄いッ……凄いぞ!身体の奥底から魔力が湧き出てくる!こんな感覚は初めてだ。いける、今の俺ならヴァンを圧倒できる!」
アルカディアの夜景に向かって吠えた。滾る昂ぶりを抑えきれない。
そしてゲイドに力を授けた謎の小太りは、ゲイドが覚醒したことを見届けると、いつの間にか闇の中へ姿を消していたのだった。
「神だ。神は俺を見捨てなかったッ!待っていろ、ヴァン・ゾディアック!」
突然姿を現した謎の人物を、彼は神だと解釈する。
正体が何であるかは、ゲイドにとってそれほど興味がない。
興奮覚めやらぬ彼の眼中に映っているのはヴァンの姿のみ。彼は取り憑かれたように、しきりにヴァンの名を繰り返した。
「アンタ、なんか急に元気になったわね。ちょっと怖いくらい」
「クックック、まだまだだなシルフィ。俺様の変化に気づかないか?」
「変化……?前髪切ったとかじゃないでしょうね、女じゃあるまいし」
「まあ見ていろ。直に分かるさ」
ゲイドが力に覚醒した翌日。
丘陵を旅立った3人は、ゲイドの意向で急遽行き先を変更する運びとなった。
目指すは、アルカディアの裏の情報屋。情報屋が満足する対価を支払えば、望む情報は何でも教えてくれるという噂だ。
ゲイドは曰く付きの情報屋からヴァンの位置情報を聞き出し、今すぐにでもケリをつけにいくつもりだった。
一見表向きは煌びやかで賑やかな王都の大通り。
商店街には人波が行き交い、活気のある呼び込みの声が飛ぶ。
だが、この街はもうひとつの側面を抱えている。
「……ここか、確かに気付かないな」
ゲイド達が足を止めたのは、とある肉屋だった。
でっぷりとした肥満体の巨漢が、愛想のいい顔で出迎える。
「おっ、これは皆さまお揃いで。今日は良い肉が揃ってますよ」
「加工肉はあるか?それも『トビキリの加工肉』だ」
ゲイドが尋ねると、肉屋の店主の眉がピクリと動いた。
「勿論、加工肉は扱っていますぜ。……もう一度聞きましょうか、どういう加工肉が欲しい?」
「あぁ。『トビキリの加工肉』だ」
「今日はそっちですかい。どうぞ」
2人は示し合わせたうように顔を見合わせ頷くと、店主は店の奥へ案内した。
何がなんだが分からず、置いてけぼりのシルフィとミーア。
とりあえずはゲイド達の後を追って、肉屋の地下へと歩を進めていく。
立ち込める悪臭。地下へと踏み入れていくにつれ、腐敗臭と血の臭いが強烈さを増していく。
「ようこそようこそ。情報か奴隷、今日はどちらにしましょう?」
長い階段を下りて案内された仄暗い地下室には、目を塞ぎたくなる光景が広がっていた。
赤黒く変色した鉄檻に閉じ込められた少年少女。目は虚ろで身体は痩せ細り、抵抗する気力もないのかジッと一点を見つめて動かない。
数々の任務の中で凄惨な現場を経験してきたゲイド達でさえ、あまりに刺激的な光景に戦慄する。ミーアに至っては吐き気を催したのか、何度も嘔吐く始末だ。
この肉屋こそ、奴隷を売買することで情報を仕入れている裏の情報屋だ。
「本題だ、情報を知りたい。冒険者ヴァン・ゾディアックはいま何処にいる?」
ゲイドが訊くと、情報屋は黄ばんだ歯を見せて笑う。
「なるほど、元同僚をお探しですか。これは極秘情報ですよ、既に一部報道紙が報じてはいましたがねえ。……彼は現在、王女ユナ・ブリタニア様と行動を共にしているようですよ」
悩む素振りもなく間髪入れずに答えるあたり、流石は裏の情報網を牛耳っているだけのことはある。
そして、想定外の名前の登場に青天の霹靂という様子で驚くゲイド。
いくら王国最強の冒険者と謳われる彼と言えど、どこから王女ユナに繋がるのか皆目見当もつかない。
「なぜ奴とユナ様が一緒にいる?奴はいまどこに向かおうとしている?」
「おおっと、ゲイド様。それ以上は、相応の対価をいただかないことにはお教えできない規定でございましてねえ」
情報屋はそう言って近くの鉄檻を指でトントンと叩いた。
対価とは、詰まるところ奴隷を差し出せという意味だ。
彼の人間性を全て理解した上でこの場所まで来た。
ゲイドの腹の中で、次の手は決まっていた。
「コイツを奴隷として差し出す。使えないが、正真正銘S級冒険者だ。文句はないだろう?」
悪魔のような笑みを浮かべながら、ゲイドはミーアの背中を押した。
「ほう!あのミーア様を私の奴隷にできる日が来るなんて夢のようですよ!ゲイド様、勿論交渉は成立です♬」
ゲイドと固い握手を交わし、嬉しさのあまり小躍りまで始める情報屋。
揺れる肥満体を晒した下品なダンス。悪臭を掻き回し、とても見れたものではない。
対照的に、絶望のドン底に突き落とされたミーア。
元々自己主張が苦手だった彼女は、これまでもゲイドやシルフィに奴隷のような扱いを強いられてきた。
だが、最期にはそのゲイドからも捨てられた。
遂に彼女は、ゲイドに反抗することはなかった。
彼の決定に従い、奴隷として売り飛ばされる運命を受け入れる。
青白くなった顔色。彼女は、サァッと血の気が引いて自身の体温が下がっていくのが分かった。
そんなミーアの胸中はいざ知らず、ゲイドと情報屋は取引を遂行する。
「ヴァン様とユナ王女様は『オーロラの森』に向かっています。目的は……」
「……なるほど。クック、こかれらも頼りにしてるぜ」
盛り上がる2人をよそに、シルフィもまた恐怖に怯えていた。
ゲイドがヴァンに執着するようになってから、全ての歯車が狂っていくのを明確に感じていたからだ。
(ゲイド……いったいどうしちゃったのよ。このお荷物女がどうなろうと知ったこっちゃないけど、まさかアタシのことまで捨てるつもりじゃないでしょうね⁉)
『トリオンフ』を指揮していた時の彼を思い返し、シルフィは動悸が激しくなった胸を押さえつけて落ち着かせことに努めるのだった。
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