第2話 王女の護衛として雇われました。
「ユナ様、気を確かに!今お城に戻ればまだ間に合います!さぁ、お持ちの『オニキス』と一緒に、我々とお城へ帰りましょう?」
「気を確かにするのはどっちよ!とにかく、アタシは父様の考えには反対!この『オニキス』も返すつもりはないわ」
追手の黒服達を率いている代表の男と、王女ユナが激しく言い争っている。
言葉の節々に出てくる『オニキス』とはなんなのか。世界を闊歩しているS級冒険者のヴァンでさえ、初めて耳にする単語だ。
「だったら力ずくで奪い返し、連れ戻すまでです。ユナ様、多少のお怪我は覚悟してください」
黒い手袋を外して指の関節を鳴らす黒服の男。
ユナは脅しにも動じることなくヴァンの方を振り向くと、雑に命令する。
「残念ね、アタシには最強の護衛がいるんだから!ほら、ヴァン。とっとと黙らせて!」
「……いいんだな。どうなっても知らないぞ!」
ヴァンは両手を勢いよく合わせると、とても肉眼では追えない速度で指を結ぶ。
魔法を唱える際には所定の『印』を結んで詠唱する必要がある。
魔法の規模や種類によって、指を結ぶ複雑さや工程の多さが異なるが、印の難易度が上がると魔法が強力になることに変わりはない。
ただ指の位置がズレたり間違えたりすることで、魔法の精度は大きく下がってしまう。上級魔法を詠唱するには、相当な練度を必要とする。
だが、ヴァンはそのような魔法の常識をも覆す。
彼を中心として創られた半透明の立方体。
ヴァンとユナ、それに黒服の男達のみを対象に、彼らは突如として創り出された仮想空間に飛ばされたのだ。
煌びやかなアルカディアの街の風景は消え、無限に地平線が広がる殺風景な空間だ。
「これが……噂に聞く結界魔法か」
「S級冒険者ヴァン・ゾディアックのみが使えるとされる秘匿魔法」
黒服たちは、この無機質な空間で凍り付いたように立ち尽くしていた。
これはなにも珍しい魔法に魅せられている訳ではない。彼等は動けないのだ。1mmたりとも。
「俺の結界に入って言葉を発することができるところを見ると、流石は王国の刺客ってところかな。でも、もってあと5秒……4、3」
ヴァンが5秒数え終えたところで、予告通り黒服の男達は気を失って倒れた。
この結界の中においては、術者であるヴァンが絶対的な力をもつ。結界内に充満するヴァンの魔力が、負荷となって継続的にのしかかり続けるのだ。
相手が戦闘不能に陥ったことを確信すると、彼はさっさと結界を解いた。
すると、いつもの王都の姿が再び顔を出す。
「す……凄い。王国が誇る精鋭魔法兵を本当に一瞬で片付けてしまうなんて」
「事情はよく分かってないけど、とりあえずこれでいいってことだよな?」
アルカディアの商店街に大の字になった黒服の男達を眺め、不安気に尋ねるヴァン。
すると彼女は突然ヴァンの腕を掴み、勢いよく走り出した。
「さっさと離れないとまた別の追手が嗅ぎつけて来るから!」
「ちょっ、ちょっと!王女様ともあろうお方が、どういう状況だよ!」
「ここじゃ話せない!いいからアタシについてきて!」
騒ぎを起こしたことにより、野次馬で賑わい始めた大通り。
捕まると面倒になると踏んだユナは、雑踏の中を一気に駆け抜ける。
ユナに連れられてきた場所は、隠れ家のような外装をしたBARだった。
一見するとコンクリ造りの壁に同化しているが、彼女が3回ほど拳で叩くと、カモフラージュされた扉が開いた。
目を凝らしてみると、確かに色の濃淡が少し違う。
中は薄暗く、暖かい色の照明がひとつ。
カウンターにいたグレーのベストを着た初老の男性が、ユナに向かって頭を下げる。
店内にはこの男性が1人。どうやら、彼がここの店主のようだ。
「お久しぶりです、ユナ様」
「フィオナ、また少し場所を借りるわよ」
「どうぞ、ごゆるりと。おっと、そちらはヴァン・ゾディアック様ではないですか」
初老の男性がヴァンに気づくと、彼は丁寧に一礼する。ヴァンもそれとなくお辞儀を返すと、ユナに案内されたカウンター席についた。
「……早速だけどアンタ、専属の護衛としてアタシのもとで働きなさい。見ての通り、アタシはいま王国から追われる身。アンタの魔法の実力は申し分ないし、なによりその純粋無垢な瞳。他人の誘いは断れないって顔してるわ」
「……ちょうど『トリオンフ』が解散して次の働き口を探していたところに、こんな話が舞い込んでくるなんて」
「へぇ、解散したのね。じゃあフリーって訳?なおさら好都合だわ」
「でもちょっと待った。追われている理由を聞かないことには、いくら王女様でも協力することはできない」
ヴァンが説明を求めると、彼女は艶のある革製のローブのポケットに手を入れてなにかを取り出した。
彼女の手に握られていたのは、禍々しくも妖艶な黒い光を放つ黒曜石の塊だった。
「この石の存在は、王族の関係者しか知り得ない極秘情報よ。通称『オニキス』。世界中に5個存在している魔法の石。コレを5個揃えると、どうなると思う?」
「さぁ。検討もつかないな」
「古代海上都市『オリオン』の存在は知ってる?オリオンの神殿には召喚獣が封印されているのよ。父様の狙いは、その封印を解くこと」
「オリオン、召喚獣……。都市伝説でしか聞いたことのない内容だ」
饒舌に語る彼女に対して、終始懐疑的な表情を浮かべるヴァン。すると、横で話を聞いていた店主のフィオナがユナの話を引き継いだ。
「オリオンは世界的に絶対不可侵として立入禁止区域に設定されていますから。召喚獣の話も、王都で生活している分には縁のない話でしょう」
「その召喚獣の力を使って、国王陛下はなにを企んでいるんだ?」
「オリオンに封印されているのは、時を操る召喚獣『クロック』です。国王陛下はクロックを使って、時を戻すおつもりです。王妃様が亡くなられた、あの日まで」
「王妃様を……。だけど、1人生き返らせるだけならともかく、時を戻すとなると相当大掛かりな事態になるんじゃ……」
「仰る通りです。クロックの力は時空を歪める。全世界に等しく影響が及ぶのです。これは陛下のエゴだけで許されるものではありません。陛下の計画に最初に気づいたのが、この私なのです」
フィオナは当時を回顧して、カウンターに金属製のバッジを滑らせる。アルカディア王国近衛兵にのみ贈られる、誇り高き勲章だ。
「私は元々、陛下の直属の護衛でした。ただ、オニキスを集めて召喚獣の封印を解く計画を聞かされた時、私は陛下につき従うことができませんでした」
「フィオナが王国軍を追放されてからは、アタシが意志を継いだってわけ。父様の思い通りにはさせないわ。それで、アタシがこうやってオニキスを持ち出して今に至ると」
彼女は手に持ったオニキスをクルクルと回して見せつけた。
ヴァンは考えを巡らせる。
彼女たちがやろうとしているのは、王国に対する反逆行為だ。きっと捕まればタダでは済まない。
ただ、仲間を失い途方に暮れていた今、ヴァンは刺激を求めていた。
彼女の話が本当なら、変わり映えしない退屈な毎日を過ごすより、レジスタンスとして暗躍するのも悪くない。
「よし、分かった。俺が王女様の護衛役になろう。なんだか楽しそうだしな」
「決まりね!お金は弾むわよ。それに王女様と呼ぶのはやめて、アタシはもう王族の身分を捨てた。今はただの女冒険者ってところかしら」
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