お母さんだけ絶叫マシーン

ちびまるフォイ

大事な家族

「遊園地って、子供がフリーになると急に暇ねぇ」


「そうねぇ」


「ゆうくんママは?」


「うちの子は夫が見てるから」

「あ私も」


「暇ねぇ」

「そうねぇ」


特に話が続くわけでもなく遊園地のベンチで疲れた主婦がふたり座っていた。


「あら、ちょっとあれ何かしら?」


「なに?」


「絶叫マシーンって書いてるわ」


「あら。私じつは結構好きなのよ」


「どうせ子供もしばらく帰ってこないし、1回乗っていかない?」


「そうね。降りる頃にはちょうどもどってくるかも」


たいして並んでいない不人気っぽい絶叫マシンにふたりは足を運んだ。

スタッフが笑顔でやってくる。


「お母さん絶叫マシーンに乗りますか?」


「え? ああはい」


「でしたらこちらへどうぞ」


案内されたのはマシンの最前列。

レールはあれど絶叫マシーンの醍醐味であるじわじわ登る傾斜は見当たらない。


「外で見たときもレールなかったわよね?」


「地下に潜ってくコースターかしら」


二人は安全バーをおろしながら声をかわした。

スタッフはバーが固定されているのをしっかり確認する。


「マシンが動いてからはけして立ち上がったりしないようにお願いします。

 どんなに恐怖にかられてもパニックにだけはならないように」


「ええ? そんなに怖いの?」

「逆に楽しみになってきたわ」


「それでは良い絶叫を!」


お母さん絶叫マシーンがゆっくりと動き始めた。

レールの先はトンネル状のモニターになり現実感がなくなっていく。


暗いトンネルをコースターは進んでいく。



「……あれ?」


目を開けたときには周囲はアフタヌーンティーのような場所。

楽しそうな声に満ちて、ママ友が話している。


「ゆうくんママどうしたの?」


「え? いえ……別に。なんでもないわ、あはは」


「そう? それならよかった。

 子供がいるとゆっくりできないから

 いまだけはうんと羽を伸ばしてね」


「ありがとう。それにこの紅茶、とってもおいしいわ」


「そうでしょう? フランスから取り寄せたのよ。

 あら、それよりゆうくんママ……」


「ん?」




「髪、うすくなってない?」


※ ※ ※


「「ギャアアアアアアアアーー!!!」」


マシンの最前列に乗る二人はガラスが破れるほどの大絶叫をかました。


「い、い、いまのなに!?」


「バーチャル体験なの!?」


「かかかかかか髪が薄いって!?」


「大丈夫! 大丈夫よ! あくまでバーチャルだから!!」


二人は必死にお互いをフォローしつつも、

けして髪の分け目だけは見せまいと鋼の意思をつらぬいた。


「絶叫って、こういう意味の絶叫だったの……!?」


「たしかに怖かったけど!」


「で、でも大丈夫よ。これ以上に絶叫することなんてないわ……」


「あ! また次よ! 次がくるわ!!」


トンネル状のモニターが仮想のシチュエーションを作り始める。

わかっていてもリアルすぎて現実との区別はつけられない。



「ここは……家?」


次は勝手知ったる自宅だった。


「ああ、よかった。自宅ならそこまで怖いことないわ」


他人に刺さる一言を言われるわけでもない。

専業主婦として長いことやっていると、家で起きるトラブルの多くは慣れっこ。


いわばここがホームグラウンド。


「戸締まりもしてる。火も出ていない……大丈夫ね。

 どこにも絶叫できる要素なんてないわ」


しっかりと防犯設備も確認したとき。

見知らぬ番号から電話がかかってきた。


出るか迷ったが、電話番号の表示に「学校」と出ていたので通話ボタンを押す。


「……もしもし?」


『〇〇さんですか。今、お電話大丈夫ですか?』


「ええ。給食費とかです?」


『いえそうではなく……その……』


「いったいなんですか?」


『落ち着いてきてくださいね。けして取り乱さないように』


「私は落ち着いています。早く言ってください」





『お子さんが、先ほど病院に運ばれました』



※ ※ ※


「「ギ ャ ア ア ア ア ア ア ア ア ー ー !!!」」


マシンの最前列の二人の大絶叫は、アトラクションの外にも轟いだ。


空を飛ぶ鳥は方向感覚を乱されて地に落ち、

地球の反対側では海底火山が噴火し、

地球へ視察に来ていた宇宙人はおそれをなしてUFOを引き返させた。


「うちの子が! うちの子が!!!!」


「落ち着いて! バーチャル! バーチャルよ!!」


「あ、え? そっ、そうよね……そうだったわ……!」


あまりの瞬間的な恐怖にふたりの額には汗がびっしりとついていた。

絶叫マシーンはまだ進み続けている。


「ま、まだこの先に絶叫スポットがあるの……!?」


「むむむむ、無理よ……これ以上は心が耐えられない!」


「次はもっと絶叫するシチュエーションに違いないわ!」


「下ろしてーー!! 誰かぁーー!!」


徐々にグレードアップするお母さん絶叫マシーン。

次の体験するのが恐ろしてく二人は安全バーを持ち上げようとあがく。


けれど無情にもお母さん絶叫マシーンは最後のトンネルへとさしかかった。





「びょ、病院……!?」


次の風景はうす暗い病院だった。

この時点でもう嫌な予感が漂い始めて絶叫が喉で準備運動をしはじめている。


「お母さんですか……? こちらへ」


「えっ……」


医者が深刻そうな顔で案内してくる。

この先の展開を知るのが怖くなって、口がガチガチと震え始める。


「残念なお知らせですが……」


「嫌……嫌よ……」


「我々も手を尽くしたのですが……」


「そんな……聞きたくない……!」


冷や汗が流れ始めて体温がぐんぐん下がっていく。

医者は心をきめて非情な言葉を告げた。




「旦那さんが……亡くなりました」



※ ※ ※


マシンが停車すると安全バーがゆっくりと持ち上がった。


「お疲れ様でした。お客様、すさまじい絶叫でしたね」


「え、ええ……」


「こんなに絶叫すると思わなかったわ」


二人のリアクションにスタッフは満足げだった。


「それはなによりです。怖かったですか?」


「それはもうっ……!」

「これ以上に怖い絶叫マシーンはないわ」


「怖がってもらえて嬉しいです」


立ち去るふたりにスタッフは最後に聞いた。


「あの、最後にひとつだけ聞いていいですか?」


「はい?」

「なんでしょう?」


スタッフは最後に響いた絶叫を思い出して訪ねた。




「どうして最後だけ、ギャーーじゃなくて

 ヤッターーって絶叫したんです?」

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