幕間

定時を迎えた職場で皆帰り支度をしている中、直哉は時計の針を確認し、大きなため息をついた。


最近、家に帰るのが苦痛で苦痛でしかたないのだ。


だが、残業にうるさい昨今の職場ではダラダラと仕事を続ける訳にもいかない。

直哉は足取り重く職場を出て、自宅へと向かう。


(おかしい、こんなはずじゃなかった)


あの地味で冴えない、若さだけが取り柄のお堅い女を追い出して、直哉の生活は好転するはずだった。

料理なんて、掃除なんて、誰だって出来る。

現代の科学により便利な家電を使えば、誰だって出来る楽なもんだと、思っていた。

なら、妻となる者に求めるのはたった1つ。

夜の生活で夫を悦ばせること。

だから、直哉は水商売で出会った美香を妻にした。

華やかでお喋り上手、女性らしい豊満な体は直哉を大いに喜ばせた。


だから、澪を追い出して美香を妻にしたのに。


「ただいま……」

「んー、おかえりー」


あれほど綺麗だったリビングは脱ぎ散らかした服が散乱し、スナック菓子のゴミがそこら中に捨てられ、キッチンには空になったコンビニ弁当の山が出来ている。

肝心の妻は夫が帰宅したというのにテレビを見ながらポテトチップスを食べて、韓国ドラマに夢中になっている。


「今日は晩御飯を用意してくれてるんじゃなかったのか」

「冷蔵庫にあるよー」


仕事で疲れた夫に冷えた飯を食わすのかよ!


と怒鳴りたい衝動を堪え、直哉はしぶしぶ冷蔵庫を開けると、ほぼ何も入っていない冷蔵庫にはスーパーの惣菜が鎮座していた。


澪がいた頃は、こんなこと一度もなかった。

と言っても、直哉が澪の料理を口にすることはほとんど無かったが。


外食好きな直哉にとって、澪の食事は味が薄すぎたのである。


『これ以上濃くすると、お体によくないので……』


そんな生意気なことを言うものだから、直哉は澪の用意した食事をゴミに捨てたのだ。

それを今更、どうして名残惜しく思うのか。


(そうだ、料理なんて外で食べれば十分だ。俺が気にしてるのは、この部屋の散らかり具合なんだ)


直哉は何も見なかったことにして、冷蔵庫の扉を締める。


「美香、昨日洗っておいてっていったワイシャツは?」

「あっ、忘れてたあ」


ごめんごめーん、と言いながら美香は急いで洗濯機を動かす素振りは見せず、ポテトチップスを口に運ぶ作業に精を出している。


洗濯なんて、スイッチ1つじゃないか。


「なあ、美香ッ!」


イライラの頂点に達した直哉が大声を上げると、途端に美香はじわじわと目に涙をためる。

ヤバい、と気づいた時には既に手遅れだった。


「わーん!!なおきゅんが怒ったーー!!」

「あ〜、ごめんごめん!なおきゅんが悪かった!」


子供のように泣きじゃくる美香を慌てて抱きしめ、なんとか宥めるが、こうなると美香はなかなか泣き止まなかった。


「なおきゅんは美香が嫌いなんだ!上手にお片付けできない美香なんてもう嫌になっちゃったんだ!」

「そんなことない!そんなことないよっ」

「うそだあーっ」

「本当だって!家事なんて、家政婦雇えばいいんだし!」


そうだ、家政婦を雇えばいいんだ。

そうすれば家も以前の様に綺麗になるし、暖かいご飯だって食べられる。

直哉は咄嗟に出たアイデアに、我ながら感心した。


「本当……?」

「ほんとほんと!ごめんねえ、家事なんてさせたら美香ちゃんの綺麗なおててが荒れちゃうもんね」

「うん、ありがとう、なおきゅん!」


ようやく泣き止んだ美香に抱きつかれると、直哉はようやく安堵した。

そうだ、最初からこうすればよかったんだ。


「そういえばさ!前にゆってたバッグ、もうすぐ発売だよ!」

「美香ちゃんが欲しいって言ってたあのバッグだよね?じゃあ、今度の週末買いに行こっか!」


そうすれば、ようやく直哉の思い通りの生活になる。

きっと、前の女なんてどうでもよくなる。

直哉は胸の奥に湧き上がる違和感には気づかない振りをして、新しい妻の体に溺れるのだった。

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