解決編
「まず現場の状況と被害者、犯人がどう動いたかを考えてみよう。」
「テーブルを挟んで座る被害者と犯人、被害者が棚のファイルを取るために犯人へ背を向ける。そこで素早く犯人が近づき背後からロープで首を絞める」
「そう、そこまではいい。問題はその後、被害者はもがいて、暴れて、棚からファイルとティーカップが落ちて割れる。おかしいだろう?ファイルの入った棚とティーカップの入った棚はテーブルとソファーを挟んで部屋の反対側にある。もしもそれだけ激しく抵抗したのなら部屋の手前と奥を仕切っているパーテーションが倒れていないのは極めて不自然と云わざるをえない。つまり、棚のティーカップをぐちゃぐちゃに荒らしたのは犯人の偽装工作である」
「理屈は分かるが、その偽装は犯人になんのメリットがあるんだ?」
「まあ最後まで聞けよ。本来ならパーテーションも倒して、その奥のデスクにあるパソコンなんかも壊しておきたかったんだろう、後述するが死体も棚の前から動かしておきたかった。しかしここで物音を聞きつけた第一発見者が入って来てしまう。間一髪パーテーションの裏に身を隠すことでやり過ごしたものの、偽装が中途半端な状態で逃げざるをえなくなった」
つまり第一発見者は薄いパーテーションを挟んで犯人とニアミスしていたのか。もしも彼が事務所の中にある固定電話で通報しようとしていたら死体がもう一つ増えていたかも知れない。
「ここからが本題だ。犯人は何のために室内の物をぐちゃぐちゃにしようとしていたのか。木を隠すなら森の中、ファイルが床に散らばっている不自然さを誤魔化すためだ。被害者はファイルの棚の前で殺された。つまりファイルの中身が殺人の動機に関わると分かれば自分に辿り着かれる危険性がぐんと高くなるからね」
「散らばっているファイルなんて棚に戻せばいいだけじゃないか」
「そう、普通はそうなんだ。つまりそれが出来ない人間が犯人だ」
「頼むから俺にも分かるように云ってくれ」
「被害者は『この中にお前の弱みが入っている』なんて言いながらファイルを手に取ろうとしたところで背後から首を絞められる。暴れた拍子に棚のファイルが床に散らばった。それによって犯人は自分のファイルがどれか分からなくなってしまったんだ。犯人は失読症で文字の読めない人間なんだよ。普段は五十音順に並んでいるファイルがバラバラに戻されていては不自然だ。だから部屋を荒らそうとティーカップを割ったんだ」
「まず秘書の平井は除外できる。なぜならテーブル下のティーカップからは被害者の指紋しか出なかったからだ。探偵と秘書の2人きりの状況であれば普通は秘書の方がコーヒーを淹れるだろう?カップから秘書の指紋が出ていない以上コーヒーを淹れたのは被害者本人だ。」
「そして犯人が失読症である事を根拠に妻の叶と政治家の西本も犯人ではない。叶はこの日離婚届を書いているし、西本も小切手に金額や自分の名前を書いただろう。犯人足りうるのは伊藤航大ただ1人だ」
迷探偵登場 松丘 凪沙 @nagisamatsuoka
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