迷探偵登場

松丘 凪沙

問題編

 山口政秀の死体は、自身の探偵事務所のソファーの横に倒れ臥していた。

 死因はロープによる背後からの絞殺。犯人とは激しく争ったようで、普段は五十音順に整然と並べられていたファイルは床に散らばっており、棚にしまわれていた来客用のティーカップもその殆どが割れていた。それとは別に来客用テーブルの下には零れたコーヒーとともに二つのカップが見つかったものの、そこからは被害者本人の指紋しか検出されなかった。


 第一発見者は同じビルの下の階にテナントを構えている貸金業者の従業員で、食器の割れるような音を聞いて様子を見に来た事で死体を発見し、携帯電話を取りに階下へ戻り警察へ通報した。事務所内にも固定電話はあったが、気が動転していたのと事務所の真ん中を区切るパーテーションの裏に隠れていて見えなかったという。


 現場の状況から犯人と被害者は来客用テーブルを挟んで話している途中、後ろにある棚からファイルを取ろうと背を向けたところで首にロープを巻き付けられ殺害されたというのが警察の見解だった。


 容疑者としてリストアップされたのは、浮気調査の対象となっていた伊藤航大、被害者の妻である山口叶、不正献金疑惑のある政治家の西本豪太、そしてこの事務所の秘書の平井尚子の4人だった。

 事件当日の4人の行動は、伊藤は被害者が自分を尾行していた事に気付き自分が調査対象になっている事を知り、浮気の事は妻に黙っていて欲しいと直訴しに来たという。


 妻の叶は、夫婦関係の悪化から数ヶ月前から別居中だったのだが、この日は離婚届を書いてもらうために事務所を訪れていたという。離婚届を見せてもらうと、2人の名前と事件当日の日付が記されていた。


 西本は、不正献金疑惑の証拠を持っていると被害者から脅され、この日は事務所で不正の証拠となる書類と引き換えに小切手を書いて渡した事を渋々認めた。なおその小切手はデスクの引き出しにしまわれていた。


 秘書の平井は以前から仕事での待遇面の問題で辞めるかどうか揉めており、この日も現場で口論をしていたと、程度の差はあれど全員に動機があった。


 現場の状況についてもう少し詳しく書くと、事務所の扉を開くと正面に来客用テーブル、それを挟んで左右にそれぞれソファーが設置されていて、探偵の座るソファーの後ろの壁にはファイルの入った棚、来客の座るソファーの後ろの壁にはカップの入った棚、部屋の真ん中はパーテーションで区切られており、奥側には仕事用のデスクとコーヒーを淹れるための流し台などがあったがそちらは荒らされていなかった。



「なるほど、犯人がわかったよ」

 ここまで聞いたところで立花雅人は云った。

「これだけでか?他にも4人のアリバイとか……」

「必要ないね。厳密にはその4人以外の捜査線上に挙がっていない人物が犯人である可能性は否定出来ないが、その4人の中に犯人がいるのであればこの時点で3人が除外できるから、消去法で残る1人が犯人だ」


 立花が犯人以外の3人を除外した根拠とは何だろう?

 

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