第96話 変わらなくて良い

 今回はほぼ小説とは関係のないお話。


 もうひと月近く前になりますが、11月3日、剣道の全日本選手権(全日本剣道選手権大会)が開催され、広島代表の棗田選手が優勝しました。


 むかし、剣道をやってたので剣道日本一を決める全日本選手権だけは毎年チェックするんです。


 知らない人のために書いておくと、剣道は面(頭)、小手(左右前腕の前半分)、胴(腹)、突き(喉)を竹刀という刀の代用品で打突し合う競技(スポーツ、または武道)です。コテ、メン、ドーという掛け声と共に各打突部位を殴ったり突いたりします。(野蛮?)


 今年の全日本選手権を見てると、選手たちはお互いになかなか打ち合おうとしません。打たなければ、ポイントが取れないので打たないと勝負にならないのですが、なかなか打ち合いません。


 ――剣道ってこんなに打たなかったっけ?


 いやいやそんなことはないはず。以前はもっと打ち合ってました。いまはYouTubeでむかしの試合の様子を見ることができるので確認すると、90年代の全日本選手権はもっとバシバシ打ち合ってます。それに比べると、いまの試合は手数がとても少ない。


 YouTubeには、もっとむかし、60年代の骨董品のような全日本選手権の動画もありました。見てみると、90年代よりもずっと選手たちの手数が多い! むしろ打ちすぎだろ! ってくらい相手に打ち込んでいました。同じ剣道という競技なのに、時代によってまったく戦術が違うのです。


 ――どうしてだ?



 剣道は変わってきたのです。


 ただ。60年前といまとで剣道試合のルールはほとんど変わっていません。変わったのは、選手たちのマインド――試合に臨むときの心構えです。


 昔の指導者は、剣道を習いはじめた子どもたちに「相手の技を受けるな。相手より先に仕掛けなさい」と教えていました。先手必勝、攻撃は最大の防御――という戦術です。これは実際の刀を持って相手と対峙したとき、先制攻撃を仕掛けた方が心理的にも戦術的にも有利に立ち回れるケースが多いからだと思います。そのため、むかしの選手は遠間(相手との距離が比較的遠い間合)から相手より先に打ちかかるよう心がけていました。


 いまの剣道は、昔と違って防御することに躊躇しません。理由は「剣道は武道ではなく、ルールのあるスポーツ」と割り切った指導がされているからです。真剣の立ち合いでは、相手の刀を受け損なうと怪我したり、死んだりしてしまいますが、竹刀での打ち合いでそうしたことは起こりません。試合のルールでも防御すると減点されるわけではないのです。真剣での斬りあいでは合理的な「攻撃は最大の防御」も、竹刀での打ち合いでは合理的でなく、むしろ相手にポイントを許さないためには、防御を固めることこそ有効な戦術となるのです。


 そのため、現代の剣道では、先制攻撃の技以上に、「返し技」「応じ技」といった「相手の技を誘い出して、その後に自分が打つ技」が重要で、上達するためには防御から瞬時に攻撃に転じる技の習得が必須となってきます。


 全日本選手権に出場する選手たちは、剣道のTop of topsたちですので、鍛錬してきた返し技も超強力です。その返し技が強力すぎて「先に打ち掛かった方が負ける」というなんだかおかしな剣道になってしまってて、「なかなか打ち合わない」という現象が起こってるのではないかと考えてます。


 今年の全日本選手権決勝も、竹之内選手の繰り出した「突き」を棗田選手すかして「面」を決め、勝利しました。「応じ技」だったわけです。




 その時代その時代の価値観によって、正解は異なります。


 ルールが変わったわけではないのに「防御してはならない剣道」から「防御しなくてはならない剣道」へ変遷したのは、剣道が「真剣勝負のための稽古である」という価値観から、「ルールのあるスポーツである」へ変わってきたことに対応した結果です。


 どちらの戦術が良いとか悪いとか比べるのは意味がないですし、どちらが強いのか弱いのか比べることも同じく意味がないと思います。そのときどきによって、求められる正解が異なるのですから。


 ……と考えて、これって小説にも言えることだよなあ。いまもてはやされているベストセラーもいまの価値観の中で流行してるだけなんだろうな。。。そう思ったってだけのエッセイでした。長々とスミマセンでした〜?

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